希少性、実用性、そして危険性
「さて、希少性という点はあえて触れずとも分かるな?」
「そもそもトキヒサさんしか用意できない以上、大々的に売るのはまず不可能……という事ですか。希少性についてはよく分かりました。しかし実用性と危険性とは? そんなに使用用途が限定されましたか?」
「いや。寧ろ逆だ。
「高すぎて?」
これにはジューネやアシュさんも不思議そうな顔をする。使えないから売れないのは分かるけど、使えすぎるから売れないってどういうことだ?
「私の選んだ者の調査により、ある程度アルミニウムの特性は判明した。おおよそはトキヒサの話した通りの物だったよ」
以前売り込みに行った時に話した事だな。簡単に言うとアルミニウムはとても軽いとか、やや金属にしては軟らかくて加工しやすいとかだ。
「金属そのものも細工などでは中々有用だが、問題は別にある。
「……っ!?」
「ミスリルっ!? あのほとんど出回らない希少金属ですかっ!? 加工が困難で一流の鍛冶師でも手こずるものの、一度加工できれば何十年もその状態を保ち続けるというあの?」
「ああ。純粋な度合いでは劣るが、代用品としては十分使用可能な代物だった。加工のしやすさという点だけで言えば数段上とも言える。……硬度そのものは低いので武器や防具としては使えなさそうだがな」
説明ありがとうジューネ。しかしミスリルかぁ。よくファンタジーもので見かける伝説の金属だけど、アルミニウムがそんな大層な代物の代用品になり得るとは驚きだな。
ミスリルと聞いて少しエプリが反応したが、何か気になる事でもあるのだろうか?
「付け加えれば、ミスリルは数が少ないので一部の有力なヒトの装備や道具に使用されています。一流と言われる冒険者や王宮に勤める近衛兵等ですね」
「ミスリル装備は一種の憧れだからな。持っていれば自慢できる品だと思えばいい。魔法の触媒としても優秀だ」
「ジューネとアシュ殿の言う通りだ。そしてそれだけ実用性のある品を下手に売り出したらどうなるか。分かるかねトキヒサ」
そこで急に都市長さんに話題を振られる俺。授業中に急に指名されて答えさせられる気分だ。えっとつまり、
「……元のミスリルの価値が下がる……とかですか?」
「それもある。しかしもっと問題なのは、同じような他の代用品もまとめて値下がりする事だ。値段設定を誤れば市場に大きな影響を与えかねない。故に大々的には売り出せないという事だ」
実際一円玉にコストはそれほどかからない。だからと言って安値で出すと、皆そればかり買ってしまい他の品が売れなくなる。
自分の利益だけ考えて短期的に稼ぐのであれば問題はないのだろう。しかし長い目で見れば良い事ばかりじゃない。都市長さんとしてはそれを懸念しているのだろう。
「そして三つ目の危険性についてだが……これはある意味実用性とも言えるものだ。このアルミニウムだが、以前より少し数が減っているのは理解していると思う」
それは俺も気になっていた。机に置かれているのはざっと俺が以前渡した分の七、八割くらいだ。まあサンプルだから好きに使って良いのだけども。
「調査の過程で使用したという事でしょうか? 都市長様」
「その通りだジューネ。魔力そのものを通す実験だけではなく、それぞれの属性にどう反応するか等も調べていた。その結果粉末状にしてから火属性の魔法、または普通の火で燃やすと、強い白色の光を放ちながら燃える事が分かった」
「……? それだけなら危険性ではないのでは?」
「それだけならばな。その後火を消すために水を掛けた所、
その言葉を聞いてふと粉塵爆発という言葉が頭をよぎる。まあ小麦粉なんかのそれとは少し原理が違うかもしれないが、似た何かの原理が作用したのかもしれない。それはそうと、
「あの、その調べてた人達は大丈夫でしたか?」
「その点は心配いらない。幾重にも安全措置を取るのが調査の基本だからな。怪我人は出なかった」
「良かった」
俺の渡した物で怪我人が出たら責任を感じるからな。本当に無事で良かった。
「だが、少量を粉末状にして燃やした上で消火しようと水を掛けたらこの有様だ。使いようによっては武器としても使えそうだが、何かのはずみで事故になる可能性は十分にある。故にある意味実用性でもある危険性という訳だ」
取り扱い注意の危険物になってしまったわけか。魔力を良く通すとか、市場に出回ったら影響が出るとか、異世界では大いに一円玉は重要になってしまった。……地元では一番安い通貨なのに出世したな。
「以上の事からアルミニウムの大々的な販売は許可できない。ただしこのサンプル分と、追加である程度の量を
交渉はこれで終わりかと思ったら、都市長がそう続けてきた。別にサンプル分はただで渡した物だから良いんだけど……追加?
「個人的にですか? それに追加って?」
「危険だからと使わないというのも惜しい品だからな。安全管理さえすれば問題はない。それに調査も引き続き進めておきたいのでな。加工して魔力の触媒として使う方向性でも進めたいので、量自体は多ければ多いほど良い」
「なんだ。そういう事でしたらすぐに追加を」
「あの。少しよろしいでしょうか都市長様?」
追加を用意しようとした時、横からジューネが口を挟んできた。何か気になる事でもあったかな?
「何だね?」
「個人的にということですが、そこまでして買い取る理由は何でしょうか?」
「ほう!? 有用な品を欲しがる事に何か問題でもあるのかね?」
ジューネの言葉に都市長さんはあくまで態度を崩さない。しかし一瞬、ほんの一瞬だけ都市長さんの表情が動いたのをジューネは見逃さない。
「アルミニウムが有用なのはあくまで代用品としての話。純粋な価値はミスリルに及ばないし、調査にしてもまだサンプルがこれだけ残っているのなら追加は必要ない筈。加工しやすい点は優れているものの、魔力の触媒にしてはそこまで大量に必要とする理由が分かりません」
一つ一つ挙がるその疑問。考えてみれば確かにそうだ。アルミニウムは良い品ではあるけど、絶対に必要って訳ではない。有ったら便利くらいのものだ。なのに都市長さんはさっき多ければ多いほど良いと言った。
「都市長様が悪用するとは思えません。しかし危険性云々は都市長様自身が言われた事。安全管理という点を踏まえた上で大量に追加を欲しがる。……その理由を、お答えいただけませんか?」
「……ふむ。最初に忠告したのが仇となったか。流石はあの二人にしごかれただけのことはあるな」
そのジューネの問いかけに、都市長さんは紳士らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。どうやらまだ交渉は終わっていないらしい。
「さて。どうしたものか。私としては理由を聞かずこのまま取引に移ってもらった方が助かるのだが……気付かれてしまったらそれは難しいか」
「ま。そうでしょうな。ジューネはこういう隠し事に食らいつくとそう簡単には離しませんから。ちなみに俺は今回
「下手な嘘は吐くだけ無駄……か。つくづく敵に回すと恐ろしい男だよ」
「ただ嘘を見破るのが少し得意な用心棒ってだけですよ」
アシュさんと軽くそんな会話をすると、都市長さんは机に肘を軽くついて困ったように口に手をやる。とは言え余裕を崩している訳でもなく、どうしたものかと思案しているようだった。
「ふむ。ならばトキヒサはどうだろうか?」
「えっ!? 俺?」
「そうだ。この交渉、あくまでもトキヒサの代理人としてジューネ達は立っている。トキヒサが一言、何も聞かずに取引を進めると言ってくれるのならそれに越した事はないのだが……どうかな?」
「確かに……トキヒサさんがこのまま取引を進めると言うのであれば、私としては止める権利はありません。最終的な決定権はトキヒサさんにありますから」
そう言って二人の視線がこちらに集中する。いや違うか。この部屋にいる全員の視線だな。だから俺は交渉は苦手だってのに。
しかしどうするか。ジューネの言葉通り都市長さんはおそらく何か隠している。調査の為が嘘って事はないだろうけど、それ以外にアルミニウムを大量に欲しがる目的があることは確かだ。
アシュさんもジューネの側につくと言っているし、このまま問い詰めればもしかしたら話してくれるかもしれない。ただ、
「……あの、都市長さん。アルミニウムを大量に欲しがる理由って悪い事の為じゃないんですよね?」
「誰にとっての悪、誰にとっての善かはおいておくが、私がアルミニウムを大量に手に入れることによって直接被害者が出るというのはおそらくない。私は都市長として、このノービスの為に行動していると断言しよう。自分自身の為でもあるのは否定しないがね」
アシュさんの方を見ると「嘘は言っていない」と真面目な顔で呟く。そうか。なら……良いかな。
「ジューネ。このまま取引を続行しよう」
「よろしいんですか? どうにもこれには大きな出来事の匂いがします。上手く流れを読み切れれば凄い儲け話に繋がると思いますけど?」
「ああ。取引の結果怪我人とかが出るのなら止めるけど、そうじゃないみたいだしな。それにジューネだってこれ以上無理に聞き出して都市長さんとの関係を壊したくはないだろ?」
「それはそうですが……分かりました。依頼人のご要望とあれば従いましょう」
ジューネは一瞬未練を見せたものの、軽く顔を振って未練を振り払う。単純に金が欲しいだけならもっと深く切り込む事も考えたんだけどな。あんまり人の隠し事を暴きすぎるのも考え物だし。
「という訳で都市長さん。取引はこのまま続行したいと思います」
「……すまないなトキヒサ。本来なら持ち主であるトキヒサには語るべきなのだろうが、これからやろうとしている事はなるべく知っている者が少ない方が良い事だ。それを踏まえて、代金の方は多めにさせてもらおう」
「ありがとうございます!」
こうして都市長さんとの取引は順調に進んでいった。何の為に都市長さんがアルミニウムを欲しがった。それを聞いておくべきだったのかどうかは……この時はまだ分からなかった。
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ちなみに最初の先制パンチを食らっていなかったら、ジューネはそのまま話を通していた可能性が高いです。
こう見えて都市長の前で緊張していましたが、最初の失態で逆に冴え渡っています。