バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

(21)不穏な接触

 建国記念祝賀会である夜会は、国王であるヘレイスの勿体ぶった挨拶から始まった。延々と続くそれに参加者の多くがうんざりし始めた頃、「それでは我が息子である第四王子のカイルの成年の祝いも兼ねて、この夜会を開催とする」との台詞で、ようやく挨拶が終わる。
 家臣一同を代表して宰相であるルーファスが乾杯の音頭を取り、それが済むと人々は思い思いに移動し始めた。

「カイル、成年おめでとう。改めて個人的に祝いの場を設けるつもりで、お前の側近達と相談している。近々側近達も含めて、一緒に食事をしよう」
 王族であるカイルとアスランはヘレイスの開会の挨拶の間、共に広間の前方、玉座の周囲に列を作って控えていた。しかしこの国での王族の序列上、加護持ちではないアスランは後方に並び、カイルは一応加護持ちと認定されている上に、この夜会の主役の一人という位置付けであるため、玉座に近い最前列での位置となっていた。それについても申し訳なく思いながら、カイルは礼を述べる。

「その気持ちだけで嬉しいです、ありがとうございます。すみません、兄上が成年の時には、何もできなかったのに……」
「当時、子供のお前が気にすることではないさ。それでは俺は、知り合いと話をしてくる。時間があったら、後でまた」
「はい、また後で」
 親しげにカイルに声をかけてから、アスランは全く周囲を気にせず、堂々とその場を離れた。それと同時に、貴族達が序列に従って国王であるヘレイスの前に列を作っているのを横目で見つつ、カイルもさりげなく玉座の周囲から離れる。そんな彼に対して、実母や同母弟を含めたアスラン以外の王族達は、誰一人として祝いの言葉一つ贈らなかった。

(成年の祝賀行事すら執り行われなかった兄上と、公式行事の付け足しで間に合わされた俺と、どちらがマシなんだろうな? だが確実に実績を上げて、この国に益をもたらしている兄上に関しては、もっと重用されて然るべきなのに)
 常日頃から感じている不満を抱えながら、カイルは人混みを避けながら足を進めた。
 曲がりなりにも彼の成年を祝う場であるにもかかわらず、加護持ちでありながら冷遇されているのが明らかなカイルに、わざわざ進んで声をかける者は皆無に等しい。それでもカイルは煩わしい思いをしなくて済むと達観し、王族としての最低限の義務を果たすべく会場である大広間の片隅で一人佇んでいたが、そんな彼に物好きにも声をかけてきた者がいた。

「カイル殿下。成年、おめでとうございます」
 背後を振り返ったカイルは、相手がバルザック帝国駐グレンドル大使であるハリー・ランドシャー・ユーニスなのを確認し、驚きつつもなんとか笑顔で応じる。

「ありがとうございます、ユーニス伯」
 剣術大会の観戦時も、周囲の空気など全く気にせずランドルフを笑い者にした程の豪胆な人物であり、下手に付け入る隙は見せられないとカイルは神妙に頭を下げた。するとハリーは意外そうな表情になる。

「おや、私をご存知でしたか。殿下に直接ご挨拶するのは、今回が初めてだと思っておりましたが」
「確かに直にお目にかかるのは初めてですが、あなたを城内で何回かお見かけしています。大使がこちらに出向かれる時は陛下への謁見や宰相達との面会の為でしょうから、その妨げになってはいけないと思い、私の方から声をかけるのは遠慮しておりました」
「そうでしたか。これまでお会いできる機会を逃してしまって、残念でした」
(大叔父上いわく、羊の皮を被った狸らしいからな。何を考えて、こんな場所でわざわざ俺に近づいてきたのやら)
 にこやかに友好的に会話を続けるハリーに、カイルは同様の笑顔を保ちながら、内心で密かに警戒した。すると幾つかの他愛のない世間話の後、ハリーが唐突に話題を変えてくる。

「ところでカイル殿下は、今回のリトビアス国との停戦協定内容を、どう思われますか?」
「は? 互いの交渉担当者が合意したのですから、それで宜しいのではありませんか?」
「こちらの国王陛下の意向や、交渉担当者の思惑などどうでも良いです。この機会に是非、あなた個人の見解をお伺いしたい」
(なんだ? 急に言い逃れを許さない雰囲気が……。さすがにベテランの外交官だな。まあ、俺の意見など回りまわって誰かの耳に入っても、どうせ大した問題にはならないか)
 なぜ内政に全く携わっていない自分の意見などを聞きたがるのか、カイルは不審に思った。しかし、ここで敢えて大使の心象を悪くする必要はないだろうと割り切る。それで個人の意見を私的に顔を合わせた場で口にするくらいは良いだろうと判断した彼は、率直に私見を述べた。

「そうですね……。向こうが先にこちらの領地に侵攻してきたのを撃退して、捕虜も相当数に及んだと聞いておりますから、賠償金をもう少しむしり取れそうな気がしました。あとは最低でも向こうからこちらへの五品目の販売数量を、従来より二割増にさせるくらいは、粘って交渉するべきだったかと」
 それを聞いたハリーは、含み笑いで話の先を促す。

「ほう? 五品目……。因みにそれは?」
「ご冗談を。大使殿なら私のような若造に一々確認せずとも、それらについてはおのずとお分かりの筈です」
「それはそうですな」
(うん、やりずらいことこの上なし。さっさと退散したいが……、どう考えてもこの場に割り込んでくるような、神経が図太い人間はいないみたいだな。残念ながら)
 個人的な意見と言えども、下手に言質を取られたり曲解して広まるのは回避するため、カイルは内容の要の部分については明言を避けた。案の定、ハリーが踏み込んできたが、含み笑いで応じる。しかしハリーは気分を害した様子はなく、寧ろ一緒になって一癖も二癖もある笑顔を向けてきたことで、カイルは内心でうんざりしてきた。

しおり