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これってハーレ……な訳ないよね


「それにしても『どこでもショッピング』って便利な能力だよな。これがあれば食料とかに困ることもなさそうだし、エプリやジューネなんかとても欲しがりそうな能力だ」

 大葉が出してくれたポテチの懐かしい食感を皆で堪能しながら、俺はふとそんな言葉を口にする。

「……そうね。食料が常時手に入るのは良い能力ね」
「どれも、おいしい」

 エプリは素直にそう頷く。毎回よく食うから食料問題は切実なのだ。ジューネも商人として喉から手が出るほど欲しい能力だろう。だが大葉は困った顔で笑いながら首を横に振る。

「そこまで凄い能力でもないっすよ。ショッピングだから金が無いと買えないし、買える量や種類にも制限があるっす。()()()()()()()()()()()()()()()()()品じゃないとタブレットに出てこないみたいっすからね。こんな事なら護身用グッズでも買っとけばよかったっすよ」
「催涙スプレーやスタンガンとかか? 確かにあった方が便利かもしれないな」

 なにぶん物騒な世界だからな。俺は心強い護衛がついていてくれるから安心だけど、一人だったら護身用グッズも欲しくなるかもしれない。……モンスター相手に効くかどうかは別としてだけど。

「それに……多分もうすぐ元の世界の品を買えなくなるっすからね。こっちの世界の物は買えると思うっすけども」
「どういう事だ?」
「どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなんすよ。日本の物を買おうとしたら日本の通貨が必要になるし、こっちの物を買おうとしたらこっちの通貨が必要になるっす。……財布に入ってた分はもうそんなに残ってないっすからね」

 大葉はジャージのポケットから財布を引っ張り出して振って見せる。そこには少しの小銭と千円札が一枚あるっきり。

「ほとんどからっけつじゃないかっ!? そんな状態で俺達に分けてくれたのか?」
「それだけ嬉しかったんすよ。自分が一人じゃないって分かったから。そういう時にこそ奮発するもんっす。それにこちらの世界の金も少しはありますから、食うだけなら何とかなるっすよ」

 俺の言葉に大葉はアハハと笑ってそう返す。自身の生命線である日本円を、俺達をもてなす為に使って一切の後悔もなし。俺の目の前にいる少女はつまりそういう事が出来る人だ。

 間違いない。大葉は良い奴だ。

「それにしても、ついつい話し込んじゃいましたっすね」

 気がつけばもうすぐ午後五時。日も少しずつ傾き、外の景色もやや薄暗くなってきている。

「そう言えばセンパイ。どうしてここまで訪ねてきたっすか? 偶然って訳でもないっすよね」
「ああ。つい話が弾んで本題を忘れてたな。俺がここに来るきっかけになったのは……これなんだ」

 俺は荷物からスマホを取り出して大葉に見せる。

「これは……この前売り払ったあたしのスマホっすね」
「俺は物の買取をして金を稼いでいるんだけど、これが持ち込まれた時はビックリしたな。慌てて出どころを聞いてなんとかここまで辿り着いたんだ」
「そうだったんすか。これ明かりとか時計に使ってたんすけど、バッテリーが切れちゃって仕方ないから売りに出したんっす」

 やっぱりか。まあそんなところだろうとは思ったけどな。

「だからって三十デンはないだろう。通話は出来なくても明かりとかカメラ機能はあるんだから、その点で売り出せばもっと高値で売れただろうに」
「そもそもそんな高値で売れる伝手が無かったんすよ。それに充電が出来ないっすからね。あとでクレームが来ること間違いなしっす。だから仕方なく安値で売るしかなかったんすよ」

 高値で売ってそのままとんずらという考えはなかったらしい。まあ俺でもその手は使わないが。相手によっては追いかけてくる可能性があるからな。騙して売るのは互いの為にならないのだ。

「と言ってもこのスマホのおかげで場所が分かったんだけどな。他の参加者には興味があったし、会ってみようと思ったんだ」
「そう考えるとスマホを安値で売ってよかったとも言えるっすね。ツイてたっす!」
「そうだな。正直持ち主が大葉で良かったよ。おっかない相手だったらどうしようかと思ってた」

 同年代で話も合うし、どうみても悪人ではない。少し話のテンションは疲れるかもしれないが、それくらいは大なり小なり他の人と一緒に居ればある事。なら、

「なあ大葉。もし……もし良かったらなんだけど、一緒に行かないか?」

 俺は意を決して大葉にそう告げる。これはイザスタさんやエプリの時と同じように、これからの流れを大きく左右する選択肢。

 だけどこれまでと違うのは、()()()()()()()()()()()()




 大葉を誘うその言葉に、エプリとセプトがピクリと反応する。

「悪いな二人共。相談もせずに勝手に誘って。今回のは完全に俺のわがままだ」
「……はぁ。仕方ないか。トキヒサなら誘いそうな気がしたし、利点も多そうだしね。……でも護衛として言うなら事前に一言欲しかったわ」
「私は別に良い。嫌いじゃ、ないから」

 エプリは軽くため息をつきながら、セプトは相変わらず無表情にそう返す。戻ったらまた説教コースかもしれん。だけどここで誘わなかったら後悔する。そう思ったら自然に口から言葉が出たんだ。

「お出かけっすか? もうすぐ夕食時だし食事にでも……はっ!? もしやセンパイ。後輩にたかろうってんじゃないっすよね? 奢ってくれるならゴチになるっすよ!」
「えっ!? 俺が奢るの? 久々にポテチとかにありつけたしその分は奢っても……じゃなくてっ! しばらく一緒に行動しないかって言ってんの! ……一つ聞くけど、元の世界に帰りたいか?」
「当たり前っすっ!! 帰れるんならすぐにでも帰りたいっすよ」

 ハッキリと、そして切実に大葉はそう答える。そこには今までのおちゃらけた様子は微塵も見えなかった。もしこの世界の方が良いって言うなら別の誘い方をするつもりだったけどこれならそのままいくか。

「ならやっぱり一緒に行こう。どうしてこうなったのか今アンリエッタが調べているから、上手くすればそっちの方面から帰してもらえるかもしれない。もし難しいって事になっても、俺が課題を終わらせて帰る時に一緒に行けるよう頼んでみるよ。ほらっ! 少し帰れる目途が立ってきただろ?」
「確かにここに居るよりは可能性がありそうっすね。渡りに船って奴っす。だけど良いんすか? 正直あたしあんまり役に立ちそうにないっすよ? 『どこでもショッピング』ももうすぐ日本円が尽きるっすから、こっちの物を買うぐらいしか出来ないっす。……荷物持ちと賑やかしくらいしか出来ないっすよ?」

 大葉はどこか遠慮する様に自分をそう評した。この瞬間、ふと俺が牢獄でイザスタさんに誘われた時を思い出す。イザスタさんも今の俺のような気持ちだったのだろうか?

「荷物持ちは俺の仕事だから取らないでくれよな。賑やかしはまあ必要だけど、それが出来なくたって誘ってるぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉に大葉は首を傾げる。そういえば俺の加護を細かく説明していなかったな。良い機会だから実際に見せるとするか。俺は貯金箱をちゃぶ台の上に置く。

「俺の加護は『万物換金』。さっきの話の中でもあったように物を金に換える加護だ。使う道具が貯金箱なので金を貯める事も勿論できる。取り出しも可能だ」

 俺は貯金箱の中に入っている金の内五百デンを取り出してみせる。それを見てふむふむと頷く大葉。

「さて、ここからが本題。これは金であれば結構様々な応用が効く。例えば、こちらの金を日本円に両替したりとかだ。こんな感じにな」

 今度は取り出した五百デンに光を当てて一度換金した後、設定を日本円に変更して再び五百デン分……つまり五千円を取り出してみせる。俺の手でひらひら動く千円札五枚に大葉は目を奪われる。

「つまり日本円が無くなるなら補充すれば良いんだ。これなら大葉は加護を最大限発揮できるし、こっちも日本の物の恩恵を得られる。……具体的に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()。互いに良いこと尽くしだと思うんだ。……どうだ?」
「おおっ!! それは良いっすね! そういう事なら喜んで同行させてもらうっす! この大葉鶫。お役に立つっすよ」

 先ほどの遠慮するような様子から一転。大葉は一気に元気になった。互いに一番の好物がかかっていると話が早くて助かるな。

「ありがたい。交渉成立だな」
「はいっす!」

 こうして俺がこの世界で初めて会った同郷の人。大葉鶫も同行する事になった。なにやらややこしい事になっているけど、一緒に行こうと誘ったこの選択は多分間違っていないと思う。ただ、

「では改めまして、この度センパイの一行に加わりました新人の大葉鶫っす! なんとか元の世界に帰るべく日々頑張って生きてます。どうぞその時まで、皆さんよろしくお願いしますっす!」
「セプト、です。よろしく、お願いします」
「……エプリよ。あなたの加護はかなり有能そうね。物資の補充が出来るのは強みだと思うわ。……ところで、護衛としては実力についても聞きたいのだけど」
「お二人ともよろしくっす! あと実力って言ってもこの通り、あたしときたらただの女子高生っすからね。()()()()()()()()()()()()()()()
「…………そう。分かったわ」

 エプリは大葉をジッと見つめると、何か納得したように軽く頷いた。今のやり取りで何か分かったんだろうか? 二人に挨拶し終わると、大葉はこちらに近づいてムフフと揶揄うように笑う。

「服の中にいるボジョ……くん? さん? まあどちらにせよよろしくっす。それとセンパ~イ! いよいよハーレムっぽくなってきたんじゃないっすか? よっ! この色男っ!」
「だぁからそんなんじゃないってのっ! 何がハーレムだってのまったく」
「またまた~。綺麗どころを侍らせてそんな気が一切全くないとでも言うんすか? そしてこのあたしもその内センパイの毒牙にかかり……キャ~っすよ♪」
「トキヒサ。ハーレムって、何?」
「え、え~っとだな。セプトにはまだ早いと言うか何と言うか」
「セプトちゃん。ハーレムっていうのはっすね」
「わぁ~っ!? それ以上言うんじゃないよ大葉」
「……賑やかな事ね」

 大葉を誘った選択は間違っていないと思う。でもずっとこのテンションだと俺が疲れまくる気がする。特に精神的に。

「まあこんな感じっすけど。よろしくお願いしますね。センパイ!」
「ああ。よろしくだ」




「さて早速しゅっぱ~つ……といきたいんすけど、そう簡単にはいかないんすよね。センパイ。ひとまず近日中に遠出する予定とかあるっすか?」
「そうだな。あくまで予定だけど、近い内に別の交易都市に行く事になる。今はその為の旅費を貯めているってとこだな」

 キリが戻ってくる日にちとヒースの鍛錬が終わるのがどちらもあと五日。それから一日か二日余裕を持ってそのくらいに出発だと思う。

 単純に解呪師がいるというラガスに行くだけなら今の所持金でも何とかなるけど、実際は滞在費やら何やら色々物入りなのだ。

「なるほど。こっちも色々あるから余裕が有るのは助かるっす。こんな場所だけど知り合いも出来たっすからね。別れの挨拶もしておきたいっす」
「そっか。……そうだよな。じゃあこっちも一度出直そう。次はいつ頃来れば良い?」
「この町を一緒にぶらつくだけならいつでも。遠出には少し準備がいるってだけっすから」

 そう言えば明日はヒースの鍛錬は午前中からだったな。午後からはアシュさんもジューネも予定が空くはず。顔合わせと金稼ぎ(資源回収)も兼ねて誘ってみるか。

「じゃあ明日の昼頃、遠出する面子で市場に食べ歩きに行くんだけど一緒に行くか? ポテチとジュースの礼に奢るぞ」
「奢りっすか! 良いっすね! 喜んでゴチになるっすよ!」

 大葉は喜色満面で喜んでいる。ふっふっふ。言質取ったぞ。ようこそ食べ歩き(資源回収)の旅へ。顔合わせも兼ねてみっちり手伝ってもらうぜ。

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