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(3)懊悩

「あんの、くそ神官どもがぁぁぁっ!!」
 大神殿に到着してから再び馬車に乗り込むまで無言だった側近が、馬車が走り出した途端、後方を凝視しながら憤怒の声を上げた。それを見たカイルは、溜め息を吐いてから宥める。

「……落ち着け、リーン。あまり喚くと走行中でも、馬車の外に聞こえる可能性がある」
「あの連中の毎回の傍若無人さにはもう慣れていたつもりでしたが、言って良い事と悪い事がありますよ!?」
「私に向かって直接言わないあたり、まだ体面は保っていると思うが? それで? 連中、私達には聞こえない場所で、今回は何を言っていたんだ?」
「…………」
 苦笑しながらカイルは促してみたが、途端にリーンは面白くなさそうな顔で押し黙る。対するカイルはこれまでのあれこれを思い返しながら、推測を口にしてみた。

「そうだな……、『カイル王子の加護は、宝珠を派手に光らせる加護だろう』とか、『炊事、洗濯、料理など、女が与えられたら重宝する加護だろう』とか『あからさまな嫌味を美辞麗句に聞き取れる加護だろう』とかかな?」
「……笑い事ではございません」
 押し殺した声での訴えに、カイルの苦笑が深まる。

「その通りの内容だったか、当たらずも遠からずか。耳障りなものを聞かせてしまって悪いな」
 対外的には極秘扱いになっているが、リーンは《離れた場所から複数人の声が聞き取れる》加護の保持者であり、自分達が乗った馬車を見送った直後の、神官達の台詞を見事に聞き取っていた。自分のせいで、部下に不愉快な思いをさせてしまう事が多々あるカイルは、本心から申し訳なく思う。しかしリーンは、その謝罪の台詞に真顔で首を振った。

「殿下が謝る筋合いはございません。私が勝手に、周囲の声に意識を向けているだけです。私が尋常でない範囲内の音を聞き分けられる加護の保持者だと公言していないおかげで、これまでにも色々とカイル様のお役に立つ情報を聞き出せましたし」
「しかし私付きの従僕にならなければ、もっとお前の加護の、有効な使い道があった筈なのに……」
「ご冗談を。カイル様以外の方に仕えたりしたら、良くて使い勝手の良い諜報要員として使い潰されていましたよ。カイル様の従僕に配置してくれた義父上に、本当に感謝しています」
「ああ……。大叔父上には感謝のしようもないな。私がまだ五体満足で生きているのは、ひとえに大叔父上の配慮とお前達の献身故だ」
 先代国王の年の離れた末弟で、加護無しの為にあっさりと王位継承戦線から弾き出されたものの、その有能さを周囲に認められて既に二十年以上宰相の座にある人物を思い浮かべたカイルは、彼に対する感謝の念を新たにした。しかしカイルの言葉に、どこか自らを卑下する響きを感じ取ったリーンは、真顔で断言する。

「何を仰いますか! カイル様は六人いる王子達の中で、一番の努力家で能力のあるお方です。義父上もそれを認めて、私達を送り込んでいるのですから! 私はカイル様以外の方に、お仕えする気は毛頭ありません!」
「ああ、ありがとう。リーン」
(だがいい加減に、身の振り方を考えないといけない時期にきているな。できれば私に仕えてくれている皆を、巻き込みたくはないが……。近いうちに直に大叔父上と会う機会を作って、相談してみる必要があるか)
 疑う余地もない忠誠を捧げてくれる側近が、数は少ないながら存在しているものの、その彼らに自分は報いることができるのだろうかと、カイルは少々気が重くなりながら城へと戻った。


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