結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑩~
そしてみんなそれぞれと話し終えた後、理玖は遠くに離れている未来たちを呼び寄せ、再び桜の木の下に集合させた。
集まると共に、この校庭は静かな場所から一気に喧噪の地へと変わる。
理玖たちがその声の方へ自然と目を向けると、そこにはたくさんの生徒たちが見受けられた。 どうやら卒業式が終わったようだ。
卒業生が卒業証書を持ちながら校庭へ出て、最後の小学生を味わっている。 次は中学のため友達同士が完全に離れることはないせいか、泣いている者はあまりいなかった。
そんな彼らのことを寂しそうな表情で見つめた後、理玖は再びみんなの方へ視線を戻し、小さな声で呟いていく。
「じゃあ・・・本当にもう、さよならだね」
そんな表情で言われては、未来も黙ってはいられなかった。
「理玖、離れていくなよ!」
「僕もみんなと離れたくないよ!」
「じゃあ・・・離れんなよ・・・ッ!」
今もなお泣きじゃくりながらそう言ってくる彼に、理玖は心苦しくても首を横に振ることしかできない。
「ごめん・・・。 ごめんね、未来・・・」
泣きながらも精一杯の笑顔を作り、続けてみんなに向かって言葉を発した。
「みんな、本当に今まで、楽しい時間をありがとうございました。 いつか絶対に横浜へ戻ってくるから、その時はよろしくね」
その発言に対し、未来は少しムキになって返していく。
「理玖が横浜へ戻ってきても、俺たちはもうここにはいないかもしれないぞ」
すると彼は一瞬困った表情を見せるが、再び無理に笑顔を作りゆっくりと言葉を綴った。
「それは・・・それで困るな。 でも大丈夫。 絶対にまた、再会できるよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「そんな気がするから。 僕たちはどんなに離れていても、見えない糸で繋がっている。 僕はそう信じてる」
柔らかな表情で口にしてきた理玖に、未来は何も言い返すことができなくなってしまう。 そして入れ替わるように、続けて悠斗が口を開いた。
「あ・・・。 そうだ。 理玖、引っ越し先の住所や電話番号って分かる? 分かるんだったら、僕たちに教えてほしい」
「「「・・・」」」
その発言を口にして――――数秒この場に沈黙が訪れるが、理玖はそれを勢いよく破るかのように慌てて大きな声で言葉を発する。
「あぁ! 聞くの忘れてた!」
「はぁ!? 何で!」
あたふたしている姿を見て未来が突っ込みを入れると、彼は両手で頭を抱え込みながら申し訳ない表情で返してきた。
「ごめん・・・。 みんなと離れることが嫌過ぎて、それしか考えていなくて・・・。 本当に忘れてた」
それを聞いて、俯き小さな声で一人呟く。
「マジかよ・・・。 じゃあもう、本当に会えないかもじゃんか・・・」
放たれた声を最後にこの場の空気が重くなってしまう前に――――理玖は苦笑しながら、更に言葉を続けた。
「いや、だからさっきも言ったじゃないか。 僕たちはまた必ず会える、大丈夫だって」
「・・・」
そのフォローに誰も口を開けずにいると、またもやこの場に沈黙が訪れてしまう。
この後をどうやって繋げていこうかと、この場にいるみんなが同じことを考え出した瞬間――――思いもよらなかった人物が、この気まずい空気を追い払ってくれた。
いや――――その者が来ても気まずい空気には変わりなかった、という方が正しいのかもしれないが。
「・・・理玖、行くぞ」
その人物とは――――朝比奈琉樹。 理玖の兄である。
琉樹はみんな集合しているのにもかかわらず、誰も口を開いていないという異様な光景を目にして不思議に思うも、
急いでいるのか弟にだけ視線を配り声をかけてこの場から離れていった。
突然近くから聞こえてきた声に自然と皆その方へと注目するが、彼が琉樹だと分かると咄嗟に視線をそらした少年が二人。 ――――夜月と理玖だ。
夜月は理玖に“琉樹からいじめを受けている”ということがバレて以来、琉樹とは一度も絡んだことがない。
そして琉樹に“夜月には手を出すな”と忠告した人物は、他でもない理玖である。 理玖は大切な友達に被害を遭わせた兄のことが、許せなかったのだ。
それぞれ事情がある中、二人揃って彼から視線をそらすが――――ふとあることを思い出し、理玖は兄である琉樹に向かって慌てて口を開く。
「あ、兄ちゃん!」
「何だよ」
この場にいることがそんなに嫌なのか、足を止めて不機嫌そうな顔をして振り向いてきた兄に、理玖は頑張って視線を合わせ言葉を発した。
「引っ越し先の住所と電話番号、分かる?」
一応夜月たちには兄弟の関係が今悪いということがバレないように、平然を装いながら尋ねる。 が――――相変わらずの口調で、彼は返してきた。
「さぁな。 俺が知るかよ。 ダチにも教えていないんだし」
「ッ、そっか・・・」
必要以上に関わりたくないのか、最低限の言葉だけで返事をする理玖。 それを横目に、再び琉樹は歩き出しながら弟に向かって言葉を投げかけた。
「いいから、早く帰るぞ。 理玖はまだ引っ越しの準備が終わっていないだろ。 間に合わなくても、知らないからな」
「琉樹にぃ!」
「あ?」
最後に名を呼んだのは――――理玖ではなく、未来だった。 またもや呼び止められた彼は、より不機嫌そうな顔をしてもう一度顔を理玖たちの方へ向ける。
そして未来は――――何を考えているのか、この場にそぐわない言葉を投げかけた。
「卒業、おめでとう」
「・・・」
それを聞いてこの場は少しの間静かになるが、琉樹は複雑そうな表情を一瞬みんなに見せ、視線を前へと戻す。
「・・・別に、お前らに祝われても嬉しくねぇよ」
ボソリ、と呟いた後この場から静かに去ってしまった。 兄が離れていくのをいい機会に、理玖もこのままだといけないと思い、みんなと別れる決意をする。
「じゃあみんな、元気でね! 僕もそろそろ行かなくちゃ。 仲がいいまま・・・ずっと、いてね」
「理玖・・・ッ!」
「ッ・・・」
そうは言うものの、身体は素直に言うことを聞いてくれず、より足が重たくなってこの場から離れることができない。
早くここから立ち去らないといけないのに、思い通りに動いてくれない。 その間にも未来たちから声をかけられれば、よりこの場から離れることができなくなってしまう。
そんな中――――遠くから、理玖に対する怒声が響き渡ってきた。
「理玖! 早くしろ!」
兄である琉樹のその言葉を聞いて、理玖は手に力を込める。
この場から離れる勇気をくれた兄に今だけ感謝をしつつ、目の前にいる大切な友達に向かって、満面の笑みで最後の言葉を彼らに送った。
「みんな、大好きだよ! またいつか、絶対に会おう! またね!」
「理玖!」
言い終えた後、みんなからの返事を聞かずに走ってこの場から立ち去った。 そして、最後に彼の名を呼んだのは――――夜月だった。
その声が夜月のものだと分かっていた理玖は、より振り向くことができない。 みんなの顔を見てしまうと――――また自分が、ここから動けなくなると思ったから。
未来たちは、理玖の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、彼の後ろ姿を最後まで見送った。 そして、その姿が見えなくなったと同時に――――未来はその場に跪く。
「どうして・・・! どうして、理玖なんだよ・・・ッ!」
誰もが思っていることを代弁するように、声を振り絞って小さく呟いた。
夜月は俯いたままずっと涙を流し、悠斗は立ったまま静かに涙を流し続け、未来は跪きながら今の苦しみを逃がすかのように地面を叩き続ける。
そんな中、空気を読まずに呆然と立ち尽くしている少年が一人。 ――――色折結人だ。 結人だけは涙を流していない。
結人は泣き崩れている夜月たちのことを一通り見渡した後、ふと頭上を見上げた。 その先にあるのは大きな桜の木。
薄いピンク色をしていても、こんなにも満開となればどこか力強さも感じられた。 そんな桜の木が、まるで夜月たちを優しく励ましているかのようにも見える。
当然結人は、理玖が離れていく寂しさは確かにあった。 だが、それ以上に――――理玖がいなくなってしまったこれからの日常に、懸念を抱いていたのだ。
理玖と琉樹の帰り道
この話は誰も知らない。 だけど特別にここでだけ、理玖と琉樹の帰り道の様子を教えよう。 そう――――夜月たちと別れた、その後の出来事だ。
「お友達には、ちゃんと別れの挨拶ができたのか?」
わざと“お友達”の部分を強調しながら口にしてくる琉樹。 その言葉を聞いて、理玖はふてくされたようにそっぽを向いた。 その反応を見て、呆れたように笑い出す。
「ふッ、相変わらず無視かよ」
「・・・」
そこで琉樹がふと理玖の方へ視線を向けると、弟の手提げのバッグからチラリと顔を覗かせている一つのモノに目が留まった。
「その手提げの中に入っているモノは何だ?」
「うるさいな。 兄ちゃんには関係ないだろ」
「あ、そう」
理玖は今までみんなと別れたことを寂しく感じていたせいで、手提げの中に入っているモノをすっかりと忘れていた。 兄によって思い出された、結人から貰った一つのモノ。
それをそっと取り出し、ケースを外してみた。 そしてゆっくりと、開いてみる。 これはどうやら――――一冊の、アルバムのようだ。
『理玖へ。
理玖が転校するかもしれないと思って、アルバムを作ってみたんだ。
先生から、クラスのみんなが写っている写真を何枚か貰って、一冊にまとめてみた。 1年生から3年生の分まで、ちゃんとあるよ。
僕たちのこと、絶対に忘れないでね。 そしてまたいつか、絶対に会おう。 みんな理玖が戻ってくること、心から楽しみにして待っているから。
色折結人』
アルバム1ページ目を開いた瞬間、それらの言葉が書いてある一枚の手紙が目に飛び込む。 その文章を読んだ途端――――理玖は全身の力が抜け、その場に跪いた。
琉樹は聞き慣れない音が突然聞こえ慌てて後ろへ振り向くが、何となく事情を察したのか再び視線を前へと戻す。
「・・・先、帰っているぞ」
そう言って彼は、この場から去ってしまった。 これは弟への気遣いなのであろう。 だが理玖は、今は兄のことを考えている場合ではなかった。
アルバムを地面に置き、ページをゆっくりとめくりながら、涙を流して心の中で思う。
―――結人・・・。
―――あの時は僕に気を遣って『転校することに気付いていたよ』って、嘘を言ってくれていたのかと思ってた・・・。
―――だけど本当に・・・気付いて、くれていたんだね。
アルバムをめくる度に現れる、クラスメイトの写真。 当然中には夜月や結人、悠斗も未来の姿も写っていた。 みんなの顔を思い浮かべながら、理玖は今までのことを思い出す。
―――みんな・・・ありがとう。
―――結人も、本当にありがとう。
―――みんなのことは絶対に忘れないし、いつかきっとまた戻ってくる。
―――だから、それまで・・・待っていてね。
理玖の涙はすぐに止まることはなく、この後もしばらく涙を流し続け、その場に小さくうずくまっていた。