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4.ファントム・ショットゲーマー

「あ~。あいつらが製品作りたいって思う私なら良かったな」
 しっとりとした濃い茶色の木造空間。
 おしゃれな臨時レストランと化した、キャバレーハテノ。
 そこに似つかわしくない、押し殺したような怒声。
「どうせ国に帰って「訳が分かりませんでした」と言ったって、お金は何の問題もなくもらえるんだ」
 朱墨ちゃんの声は、この空間を凍てつかせるようだ。
 楽しいおしゃべりやおいしい料理を求める他のお客には目もくれず。
 暗号世界で作られた自分がテストパイロットをするはずのロボット、ロボルケーナ。
 その仕様が気に入らず、一喝した女の子が。
「うん。
 ……大体の経緯は、さっきの話を聞いてるよ。
 でも、もう少し具体的な経緯を聞かせてもらえないかな? 」
「具体的ぃ? 」
 ギロリと睨んでくる。
 私はエース。
 身長1千メートルほどの敵にも立ち向かった。
 佐竹 うさぎ。
 なのに、こ、こわい……。
「……最初に書面にしておいたことですよ。製造前に。
 機体の色は私の好きな青にしろ、とか、異能力系のシステムは使うな、とか。
 できると思ったんですよ。
 あのシロドロンド騎士団と言えば、今わかる暗号世界全体を見ても、トップブランドだし」
 よかった。落ち着きを取り戻したらしい。
 ロボルケーナのこと、期待してたんだ。
「……そうですね。
 あのメーカーの飛行ロボットって、評判いいんですよ」
 その言葉には、確かに尊敬の念が込められていた。
 そうだね。それは納得できる。
 私たち陸戦兵機使いにとって、空を飛べるのはで大きなメリットだね。

 彼女、九尾 朱墨について、ちょっと説明しておくね。
 九尾家は、霊狐と呼ばれる強力な異能力を持つ一族。
 人間じゃなくて、狐神と呼ばれる神の一族だよ。
 でも、彼女自身はただの人間だよ。
 朱墨とは、習字に使う赤い墨のこと。
 幼いころ、元の親から虐待されていたところを、養父母に逃がしてもらったんだ。
 お母さんが天狐と呼ばれる狐。
 お父さんはセカンド・ボンボニエールという4メートル台の人型ロボットのパイロット。
 その時の朱墨ちゃんは血だるま、だったらしい。
 傷が治ったころ、頭から赤いペンキをかぶる事件が起こった。
 そしたら彼女は、ネバネバのペンキで遊び始めた。
 その様子が楽しそうで、おかしくて養父母は大笑いした。
 血だるまと、ペンキまみれ。
 そして養父母は考えた。
 見た目は大して変わらないのに、笑ったり泣いたりする、その違いはどこにあるんだろう。
 それはきっと、元気かどうかだ。
 元気さえあれば、見た目は悲惨になっても笑い飛ばすことができる。
 そのことを忘れないために、女の子に赤ペンキに似た朱墨と名付けた。
 私は、その名付けのエピソードが好きなの。

「あ~あ。
 制服の袖がしわになってしまった」
 安菜が嘆いた。
 朱墨ちゃんの頭付きで、ブレザーの結んだ袖が固くしまっていたのを、ほどいていたんだよ。
 すると。
「ごめんなさい」
 朱墨ちゃんがあやまった!
 これは珍しいことではないだろうか?
 あの正義感の塊、公明正大、唯我独尊の朱墨ちゃんが!
 袖のことは私の決めたことだから、アイロンがけしてくるよ。
「そう。お願いね」
 夏だから、いつも着る義務はないから、すぐじゃなくてもいいよね。
「そうね。
 ところで、私が名乗る必要はないのかな? 」
 安菜に朱墨ちゃんはそう言われて、固まってしまった。
「……えっと……。
 名のあるハンター・キラーだとお見受けしてますけど……」
 自分をあっさり捕らえるなら、そう思ってもしょうがないか。
「あっ! 安菜・トロワグロさん! 」
 そういうと背筋を伸ばし、輝かんばかりに笑いだした。
 安菜の知名度すごい!
「シャイニー☆シャウツの動画、よく見てます!
 失礼しました! あなたのファンです! 」
 そう言ってあく手を求めているよ。
「そうかい、そうかい」
 そう言って安菜は快く手をにぎる。

 シャイニー☆シャウツってのは、私たちがやってる地域のクラブ活動のこと。
 主な活動は朱墨ちゃんの言うとおり動画配信。
 ローカルアイドルってやつだよ。
 オリジナルの歌やダンス、ドラマなんかを流してる。
 学校のクラブ活動の一環として認められてるの。
 そもそもやる人が少ないから、魔術学園や小学生、大人たちも交えてね。
 顧問は、安菜のパパ。

 誇り高く、安菜は誘う。
「このあとの公演は、猫たちはお留守番」
 猫たちというのは、シャイニー☆シャウツの一番人気のアイドルたちのことだよ。
「で、うさぎは会議優先で練習できなかったから出番がないの。
 主演はうちにパパだけど、いいかな? 」
 そういうとヨレヨレになったブレザーを着た。
 そしてバパッて右肩を脱ぎ、また戻す。
 激しいジャケットプレイだよ。
「良輔・トロワグロさんですか?
 あの人の腕なら、疑う事などありえません! 」
 そう言って2人は、ふたたびがっちりとあく手を交わす。
 ……全くかわいいな。

「お待たせしました。
 イカフライバーガーとポテト。チェリータルトとアイスコーヒー。ブルーベリーバームクーヘンとオレンジジュースでよろしかったですか? 」
 私たちのおやつがやって来た。
「「「よろしかったでーす」」」
 私がイカフライバーガーとポテト。
 安菜がチェリータルトとアイスコーヒー。

 
挿絵


 朱墨ちゃんがブルーベリーバームクーヘンとオレンジジュースなの。
 私も料理人の端くれ。
 その味は……。
 さすがにおいしい!
 悔しいけど、おいしい。

「それで、これからどうするの? 」
 私は訊いてみた。
「どうするの、というと? 」
 朱墨ちゃん、考えていなかったか。
「このままだとトップブランドに怒鳴った。
 「なに考えてるんだ! 」ということになるよ。
 仲裁を頼んで正式に抗議するなら、できるけど」
 私の提案に朱墨ちゃんは。
「お断りしてもいいですか? 」
 断った。
 それは、なんでかな?
「言いたいことは、自分で言いたいんです。
 他人に頼んでも、私の考えが正確に伝わらなかったら嫌だし」
 誇り高いんだね。
 それでも、私は言うしかない。
「でもね、暗号世界に限らずほかの組織に文句を言うときは、正規のルートで通してほしいの。
 それがルールだよ」
 朱墨ちゃんは、黙って聞いている。
 その眼には、恨めしそうな光が見えて……。
 それでも、やめない。
「その入り口に、私も含めてもいいよ。
 世界が代われば、ルールも違う。
 それがほんのわずかな雰囲気の違いでも、相手の世界では「話を聞く価値なし」とされちゃうかもしれないよ。
 正規ルートに話を通せば、それも調べてもらえるから」
 朱墨ちゃんが顔を伏せた。
 恨みの光が、目から消えたかな?
 だったらいいな。
「か、感動した! 」
 ホワット?
 安菜が、拍手とともに叫んだ。
「初めてうさぎが、すごいエリートに見えたよ! 」
 ……それはどうも。
 なんとなく、苦笑いがでるね。

 その時、入り口に目が入ったのは、本当に偶然。
 座った席がそこだったからなの。
 今、店に入ってきたのは。
 顔をひきつらせながらも背筋を伸ばした、シロドロンド騎士団だったの。

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