29.失態を重ねる男、暴れる猛獣
自らの失態を声を張り上げて周りに知らしめてしまう失態。
時に、人は失態を重ねてしまう事がある。
それも最悪の状況下で。
「ま、まさか窒息死とかしませんよねぇ…」
「どんな匣なのか知らないけど、匣に入っている時点で窒息とかの心配は無いんじゃない?」
無責任極まりない状況判断ではあるが、取り乱しているアフロオヤジを落ち着かせることはできた。
そんな中。
「塚田ぁ、お前、こんな所に現れて香典泥棒でも働くつもりか?」
一人の若い男性が、葬儀に出席していた他の警察関係者に腕を掴み上げられていた。
その手にはスマホが握られている。
彼らのやり取りを見た限り、“塚田”という若い男性は、どうやら前科アリの方らしい。
「大胆ねぇ…警察関係の葬儀に泥棒に入るなんて。こういうの灯台下暗してとでも言うのかしら?」
大胆を通り越して、あまりにも無謀な犯行に呆れる傍ら、昌樹はまたもや声を張り上げた。
「違う、先生!アイツ、今、誰かに電話を掛けていたんだ」
と、そのままホールを飛び出して行ってしまった。
残された静夜には何が何だか。
取り敢えず状況を整理してみた。
たった今、取り押さえられた“塚田”なる人物は電話を掛けるフリをしてスリを働こうとして現行犯逮捕された。
で、マッキーはどうして慌てて出て行ってしまったのだろう???
自分たちの会話の直後という、根本的な事実を見落としている静夜には、昌樹の抱いた危機を知るには至らない。
荷物を預けている円町駅まで走って5分くらいの距離ではあるが、とにかく急がねば。
会話を盗み聞きされたとすれば、5分では時間が掛かり過ぎだ。
「エイジ!先に行け!」
昌樹の声と共に彼の体からAgのエイジが飛び出した。
宿主の昌樹よりも遥かに健脚なエイジは往来する人々をすり抜けて駅へと駆けて行く。
すると、駅の方から人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っているではないか。
逃げ行く人とぶつかりそうになりながらも、なおも駅へと向かう。
遅れること僅か、昌樹は異様な光景に胸騒ぎを覚えた。
「何が起きているんだ?こんな時に」
目的地のコインロッカーにたどり着くと、その原因に出くわした。
先に到着していたエイジはすでにFeのフィーエと戦闘状態に入っていた。
両腕がチェーンソーになっている鋼鉄のカマキリ、フィーエの猛攻を、手にしたダガーナイフで文字通り火花を散らせてさばいてゆく。
「バカな!?アイツ、この前エイジにやられたんじゃ…」
一瞬脳裏をよぎる“量産型?”なる不安は瞬時にして消え去った。
本体のスノーが近くにいた。
「あの男…すでに4分の1を失っているはずなのに」
スノーの正体よりも、4分の1を失った人間が普通に日常生活を送れるのか?その事が気になって仕方無かった…ではない!匣は!?
匣の無事を確認しようとコインロッカーへと目線を向ける。
「なぁんだ、そっちのコインロッカーか」
迂闊にも、スノーに匣の在処を悟られてしまった!
「そっちだって???」
何を言っているのかと、反対側のコインロッカーへと目線を向ける。
何と!!
何ととんでもない所業に及んでいる。
片っ端からチェーンソーでコインロッカーの鍵部分を破壊して扉を開けまくっているではないか。
コイツ、これでは、ただの物盗りじゃないか。