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バックアップと教会


 時は俺達が都市長の頼み事を聞いた所まで遡る。

「喝を入れるって……どういう事ですか?」

 やけに曖昧な頼みに、つい気になって質問を返してしまう。他の皆もよく分からないといった感じだ。

「うむ。先ほどのやり取りで察したかもしれないが、この所ヒースは鍛錬や勉学をさぼりがちでな。時々ふらりとどこかに姿をくらましては、夜中近くになって帰ってくるという始末だ。どこへ行っているのか問い質しても、頑として話そうとしない」

 それは……確かに気になるよなぁ。ちゃんとした理由があるなら良いけど、話してくれないとなると心配になる。

「その上なまじ剣術も学問も出来るため、大抵の相手を自身より下に見る悪癖がある。下手な教官では舐められて終わるということもしばしばだ」

 うわっ! 何その絵に描いたみたいな良いとこの坊ちゃん像。本か何かで読む分には良いけど、実際に居たらかなり扱いに困るよな。

「そんな中またアシュ殿が来たのはある意味丁度良かった。彼はヒースが自分から教えを乞うた数少ない男だからな。アシュ殿が連れて行かなかった場合、私からまた頼むつもりだった」
「……つまり、アシュさんがヒースを足腰立たなくなるまで鍛えたらそれで終わりってことですか?」
「そうだ。今のアシュ殿の雇い主はジューネなのだろう? ジューネから頼んでくれればよい。どのみちセプトの診察や治療にもかなり時間が掛かる。それに君達もしばらくこのノービスに滞在するのだろう。その間だけで良いのだ」

 意外に何とかなりそうだな。……あれっ!? でもこれって俺達は特にする事が無いような。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。これでは結局根本的な問題の解決にはなっていないのでは?」
「そうだ。これでしばらくは大丈夫だろうが、アシュ殿がいなくなればまた同じ事の繰り返しだろう。そこで喝を入れるのはアシュ殿に頼むとして、君達にはヒースにさりげなく近づいて調べてほしいのだ」

 なんかさらに滅茶苦茶なお願いをされた気がする。多分こっちの方がメインの頼み事だな。

「頼む。私の私兵では面が割れていて、近寄るだけで気付かれる恐れがある。この為だけに新たに雇い入れるのもよろしくない。その点君達ならアシュ殿の知り合いという事で近づく切っ掛けもある。……それに一日中一緒に居ろという訳でもない。鍛錬のついでに話をするくらいで良いのだ。それ以外は自由にしてもらって一向にかまわない」

「そんなこと急に言われても……やってはみますけど」

「おお! 引き受けてくれるのか」

 俺は素直に頷く。セプトの事があるからな。金も無いし肉体労働で支払うしかない。問題は他の皆がどう動くかだけど。

「俺は引き受けようと思うけど、他の皆はどうする?」
「……私は遠慮しておくわ。……ただどちらにしても、護衛としてトキヒサの近くにはいるけど」

 エプリはそう言って俺の後ろに立つ。まず人と接すること自体があまり好きじゃなさそうだしな。まあ護衛としては一緒にいるみたいだし、これまでと変わらないと言えば変わらないか。

「私もやる。私の、事だから」

 セプトは珍しくやる気だ。自分の身体を治すために必要なのだからある意味当然だが。

「ジューネはどうする?」
「もちろん引き受けますとも。セプトちゃんの為ですから」

 ジューネは任せておいてくださいとばかりに軽く胸を叩く。……意外だな。いくらセプトの為とはいえ、それ以外はあまりメリットはないけど。

「ちなみに都市長様。当然何らかの協力と言うか手助けをしてもらえるのでしょうねぇ?」
「勿論だ。セプトの治療は調査が成功しなくとも引き受けた時点で行うし、成功すれば何らかの報酬を用意するつもりだ。他にも必要な物があれば手配する」
「そうですか。それは良かったです。報酬の細かい内容は後で詰めさせていただきますね」

 ジューネはその言葉を聞いて、以前ダンジョンで見せた営業用天使のスマイルを見せる。

 ……待てよ? 考えてみれば、都市長という権力者と面識が出来ただけでジューネにとってはかなりのメリットだ。それに成功報酬と必要なバックアップも約束させた。これなら多少のデメリットを受けてでもやる意味がある。流石ジューネ交渉に関してはしたたかだ。

 あとはラニーさんだけど、

「すみません。私は今日中にはここを発たねばなりませんのでご一緒は出来ないのです。力になれず申し訳ありません」
「とんでもない。ラニーさんには色んな事を助けてもらいました。こっちこそすみません。気を使わせたみたいで」

 どこかすまなそうにするラニーさんに、俺も静かに頭を下げる。

 ラニーさんはこれから支度を済ませ、セプトの診察を見届け次第調査隊の所に戻ることになる。ほとんど休むことも出来ないハードスケジュールだ。これ以上は頼れない。

「引き受けてくれるのだな。この度の急な頼み事を引き受けてくれた事に感謝する。では早速セプトを医療施設に連れて行くとしようか」
「あ、少し待ってください。先にアシュと合流してこの事を説明しないと」

 支度の為に部屋を出ていくドレファス都市長に、ジューネがそう言いながら追いすがっていく。残った俺達も急いでジューネ達の後を追いかけた。




「という事がさっきまであったんです」
「なるほどねぇ。それはどうにも難儀なことだ」

 場面は戻って都市長の屋敷の中庭。ヒースの鍛錬の休憩中に、アシュさんにこれまでの経緯を説明する。

「何ですか他人事みたいに。アシュだって関わっているんですよ?」
「関わっているって言っても、俺は奴の鍛錬の相手をしているだけだしな」

 ヒースは木陰に設置された長椅子で横になっている。傍らで座っているラニーさんが診た所、意識もはっきりしているし怪我も軽いという。と言うよりラニーさんに看病されて微妙に嬉しそうに見える。

「いっそ俺が問い質した方が早くは無いか?」
「それはやめた方が良いかと。都市長様の話では、下手に聞くと警戒するかもしれないとのことです」
「流石に黙りこくられると俺にも分からないな。となると難しいか」

 ジューネとアシュさんが話し合うが、どうにもうまいやり方は思いつかないようだ。かくいう俺もアイデアが浮かばない。エプリは我関せずといった感じだし、セプトも頭を捻っているがダメみたいだ。

「……まあ一日で終わるとは思っていませんから、気長にするとしましょうか。幸いこの屋敷に滞在用の部屋を用意してもらえましたし」

 都市長からのバックアップが受けられるのは大きな利点だ。その一つが、この屋敷の客用の部屋を幾つか無料で使わせてくれるというものだ。

 宿屋は宿泊費も馬鹿にならないのでとてもありがたい。普通の宿屋に泊まってみたかったという気持ちもあるが、それは資金に余裕が出来てからで良いだろう。

「そうだな。どうやらヒースも鍛錬をさぼっていたみたいだし、その分を取り返すために少し時間が掛かりそうだ。都市長さんのご要望通りたるんだ心と体に喝を入れてやるとするか」

 まず他の教官に会って教える内容を決めないとなと張り切るアシュさん。ただ闇雲に教えればよいのではなく、他の教官達の鍛錬内容にも沿わなければいけないので大変らしい。

「今回は都市長の覚えがめでたくなるかどうかの一大事ですからねアシュ。もう気合を入れてビシバシしごいちゃってください。そうしてヘロヘロになった所を私達が話を聞き出しますから」

 ジューネが提案したのはつまりアメとムチ作戦だ。上手くいくと良いけど。そこにラニーさんがヒースと連れ立って歩いてきた。

「ヒース副隊長ももうそろそろ大丈夫ですので、私達も出発するとしましょうか」
「そうですね。アシュは……」
「済まないがもう少し居させてくれ。どうせ一度ここに戻るんだろ? その時に拾ってくれればいい」
「だから用心棒が離れては意味が……もういいですよ。こういうヒトだって分かってますとも」

 出発しようとするが、アシュさんはここに残るようだ。ジューネは諦めたように軽くため息をついて許可を出す。この二人の関係も謎だよなぁ。用心棒と言う割にはちょくちょくジューネの傍を離れるし。

「もう行ってしまうのか? ラニー」

 出発しようとする俺達に……正確に言うとラニーさんに呼びかけるヒース。もう大分回復したようで、多少ふらついてはいるものの自分の足で立てている。

 あの一撃をもらってもう回復したのはスゴイ。地球に居た頃の俺だったら、一時間くらいまともに動けないんじゃないだろうか?

「はい。このセプトちゃんを医療施設に連れて行って、引継ぎを終えたらまた調査隊に合流しなければ。……鍛錬、頑張ってくださいね。でも()()()()()()()()()()()()()。アシュ先生もその点は気を付けてくださいね」
「……あ、ああ。分かってるよ」
「鍛錬に怪我はつきものなんだが……まあ上手くやるさ」

 どこか凄みのあるラニーさんの言葉に、男二人は揃ってうんうんと頷いた。こういう時女性の言葉に逆らってはいけないのだ。

 そうして鍛錬の続きを行うアシュさん達を残して、俺達は屋敷を出て再び馬車に乗り込んだ。目指すはこの町の医療施設。

 しかし一体どんな所だろうか? もしや拠点にあった仮設テントを大きくしたようなものじゃないだろうな? 




「皆さん。着きましたよ」

 馬車に乗り込んでしばらく経ち、今度は事故が起こる事もなく目的地に到着した。そこは、

「……教会か?」

 規模としてはそこまで大きくはない。一戸建てよりも少し大きいくらいだ。これまで見てきた建物と同じ石造りで、一際高く伸びた屋根の部分にそこそこの大きさの鐘と十字架が飾られている。

 まあ教会と病院というのは深い結びつきがあるし、教会が医療施設であっても驚きはしないけどな。

「うむ。来たな」

 入口の扉の前にはドレファス都市長ともう一人、穏やかな顔をした老シスターが待っていた。

 顔は皺だらけだが背筋はまっすぐ伸び、修道服も年季が入っているけど傷やほつれは見当たらない。品の良い老婦人といった感じだ。

「お待たせしました。ドレファス都市長。皆様をお連れしました」
「ご苦労。ラニー。……ではエリゼ院長。よろしく頼む」
「はいはい。分かっていますよ。ドレファス坊や」

 エリゼさんと言われた老シスターは、歳を感じさせないしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。……って言うかドレファス坊やって!?

 都市長が僅かに顔を赤くしている。どうやら恥ずかしかったみたいだ。

「皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ」

 エリゼさんはそう言って明るく笑う。優しそうな人だ。俺達も各自で自己紹介をする。……おや? ラニーさんだけ自己紹介をしない。すでに顔なじみなのだろうか?

「……それで? ここでセプトを診るの? ドレファス都市長」
「ああ。凶魔化絡みの事を下手な場所で調べる訳にもいかないからな。エリゼ院長なら口も堅く信用できるのでここを贔屓にしている」

 エプリの疑問にそう答える都市長。確かに情報漏洩は怖い。下手に大きな施設だと人目に触れやすいし、このくらいの規模の方がバレにくいのかもしれない。

「さあさあ。いつまでもこんな所に居ないで。中へお入りなさいな」

 エリゼさんが扉を開けて中に入り、そのままこちらを手招きする。教会というとどうも荘厳な感じがして苦手なんだけど、まあセプトのためだ。俺達は扉の中に入っていった。

 御者さんはまたここで待機だ。……すみません。

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