なにやらきな臭い話
俺達はラニーさんが治療を終えるまでの間、ここであった事をベンさんに話した。と言っても俺が見たのは事故直後ぐらいなので、大した事は言えなかったのだが。
「……大まかな状況は理解しました。後はあの二人から話を聞くとして、あなた方はもうお帰り頂いて結構です。ご協力感謝します」
ベンさんは一通りの当時の状況を聞き出すと、そう言い残して治療を終えた二人の方に歩いていく。
いやここでほったらかしっ!? 帰るってラニーさんが戻らないと動けないんだけど。ひとまず馬車の中に戻りラニーさんの帰りを待とう。
「ふぅ。牢獄で尋問された時に比べれば楽だったけど、それでもやっぱり堪えるな」
「疲れた」
「……まったくね」
馬車に乗り込むなり、皆して心なしぐで~っとした感じになる。セプトは無表情に座り込み、エプリまでどこかうんざりした感じで立っている。アシュさんとジューネは大丈夫そうだ。話し合いには慣れているって事か。
「それにしてもな~んか感じ悪いよな。何か耳打ちされてたみたいだけど……どう思うジューネ?」
待っている間暇なので、比較的元気そうなジューネに話を振る。
「おそらく荷物の中のアレが問題になったんでしょうね」
「そう言えばさっき荷物を見て何か言ってたよな。一体何が入ってたんだ?」
「はい。あの荷物の中には……魔石が入っていました」
魔石? 魔石を持っていると何か問題になるのだろうか? 確かに以前イザスタさんに、長い間放っておくと凶魔になると言われたが。
「……その顔だとご存じなかったみたいですね。魔石は
「な、なんだって~っ!?」
今明かされる驚愕の事実。つまり、
「……俺はまた牢獄行きかもしれん」
「牢獄行きって……その様子だともしかして持ってます? 魔石」
俺は力なく頷く。黙っていれば良いのかもしれないが、自分がうっかり犯罪を犯していたとなると心穏やかではいられない。
「ちなみにどのくらいのサイズの物を?」
「……これくらいだ」
俺は『万物換金』で鼠凶魔の魔石を一つ取り出してジューネに手渡す。大きさは小指の先の爪くらいの物だ。ジューネはそれを受け取って掌の上で転がしながらじっくり見る。
「……成程。他にはありますか?」
「同じのがあと三十ばかし。サイズは全部同じようなもんだ」
「そうですか……ちなみに手に入れたのはいつ頃ですか」
牢獄にいた時だから十日前だと言うと、ジューネはしばし考えこんで軽く息を吐いた。これはどっちだ? 良い方か? 悪い方か?
「トキヒサさん。残念ですが」
「そうか。ちなみにどのくらいだ?」
ジューネはややオーバーなくらい残念そうな顔をする。どうやら刑は免れないみたいだ。知らなかったとはいえ罪は罪だもんな。罰は受けないといけない。
「どのくらい? ……あぁ。このサイズなら……おそらく百くらいだと」
百日か。約三か月もまた牢獄生活なのか。勘弁してくれよ。三日ぐらいでなんとかならないかな?
「しかし安心してください! 少しでも良い結果になるよう私も手を尽くします。まず全ての魔石を私に預けてもらってですね」
「からかうのもそこまでにしとけよ雇い主殿」
「そうね。……そろそろ勘違いを正しても良い頃合いかな」
そこにアシュさんとエプリが割り込んでジューネの頭にダブルチョップを食らわす。と言っても全然力など込めておらず、ジューネも笑いながら軽く頭を押さえただけで何も言わない。
「分かっていますよアシュ。エプリさん。軽い冗談ですとも」
「え~っと。何がどうなってるのでしょうか?」
からかうって何の事だ? 勘違い?
「確かに未加工の魔石を所持するのは違法だが、それは
アシュさんはそう言って指で輪っかを作って見せる。大体五百円玉くらいの大きさだ。俺の魔石より明らかに大きい。
「……それに手に入れてからしばらく、魔石に魔力が溜まるまでに決められた場所に持っていく猶予期間があるの。そうじゃないと手に入れた瞬間違法になるから。……十日程度なら問題ないわね」
「なんだ。そうだったのか」
俺はどうやら犯罪者にならずに済みそうなのでホッと胸をなでおろす。
「からかうなんてひどいぞジューネ。じゃあジューネが言ってた百って言うのは」
「この都市で売る場合の値段の見立てですよ。一つおよそ百デン。三十ほどあるなら三千デンですね。まあ私に任せてもらえれば値上げ交渉をしてみせます。勿論仲介料は頂きますが」
「なら先にそう言ってくれよ。……ちなみに仲介料ってどのくらいだ?」
からかわれたのは腹も立つが、冗談だったようだし置いておこう。今は値段の話だ。
魔石を『万物換金』で換金した時の値段は一つ六十デンだった。換金額はアンリエッタの采配次第だし、こういうのは場所によって値段が変わるのは良くある話だ。全ての場所で一律だったら交易の意味がなくなるからな。
なら手数料はかかるけど全部元に戻して、改めてこっちで売った方が利益は大きい。しかし俺は商売の素人だし、どうやらパイプを持っているらしいジューネに任せた方が何かと良さそうだ。
「そうですね。私の取り分は……これくらいでは如何です? 失敗したらお代は頂きません」
ジューネはリュックサックから算盤を取り出して弾く。少しして提示された額は、全体からすれば微々たるものだった。
「値上げできなかったらそのまま渡すだけですからね。成功すれば儲けもの。失敗しても損はなく。なのでこのくらいの額が妥当ですよ」
やけに安いけど良いのかという意図が伝わったのだろう。ジューネはそう言って笑った。しかしその目を見ると、失敗する気は微塵もなさそうだった。
「分かった。じゃあやる事が一段落したら頼む。からかった分しっかり値上げしてくれよ」
「おっと。普通に提案した方が良かったですね。お任せください
こちらも久々商人モードで返すジューネ。そうして俺の小さな商談がまとまった所で、ようやくラニーさんが戻ってきた。
「そう言えばジューネ。結局荷車の荷物にあったって魔石は何が気になってたんだ?」
「あれですか。大きさは基準値内でしたが全て未加工でした。あれだけの量になると許可があっても見とがめられます。それに護衛らしき方も無し。あれだけの数ならかなりの額なのにです。妙でしょう?」
「そうだな。そんな妙な荷車が、
更に考えてみれば、事故った場所は
「……なにやらきな臭い事になってきたな」
「そうですか? 私にはお金の匂いがしますねぇ」
もう戦いはこりごりだってのに。神様仏様。どうかもめ事は無しでお願いします。俺は心中でどこかにいるかもしれない相手に神頼みをするのだった。
あっ!? 神様と言ってもアンリエッタだった。これはダメかもしれない。
俺達の乗る馬車は何事もなかったかのように走りだす。しかし念の為という事で、暫くアシュさんとエプリが周囲に気を配る事になった。この二人なら何かあればすぐ察知してくれるだろう。
「ところでラニーさん。さっきの人で何か分かった事はありませんか? 個人情報を話せないのは分かってますから事故の時の様子とか」
「そうですね。それなら問題ないでしょうか。先ほどの人はラッドさんというらしいのですけど、どうやら走っている最中に急に車輪の軸の部分が壊れたそうです」
ラッドさんの話によると、急に車輪が壊れて何とか制御しようとしたが横転してしまったという。それだけなら部品劣化による事故か何かなのだが、気になるのはこの後の証言だ。
「それが、車輪はつい先日新品に換えたばかりで壊れるとは思えないそうです」
「部品の劣化じゃないとすると、原因は別にあるってことですか?」
「そこまでは流石に。それにあとはベンさん達の仕事。部外者がこれ以上詮索をするのはよろしくないと思いますよ」
「それは……そうですね」
俺達は探偵でも警察でもない。それなのにこれ以上首を突っ込むのは筋違いか。
「ラッドさんは医療施設に送られるという話ですし、荷物や荷車はベンさん達が一時的に預かるようです。怪我が治り次第返却するという事ですから、多分大丈夫ですよ」
「それならまあ安心か」
日本で例えるなら警察に荷物が押収されたようなもんだ。そこらにほったらかしにするよりは相当安全だろう。
「一つ気になるんですが、魔石の輸送許可を出したのは誰なんでしょうね?」
そこでジューネがふと思いついたように呟いた。
「それは流石に話してくれませんでした。聞いていたとしても私もそこまでは話せませんが」
「ですよねぇ。ここで手詰まりですか。折角金の匂いがプンプンするのに」
ジューネも少し落ち込んだ様子だ。金の匂いがしても危険も大きそうだけどな。ホッとしたような残念なような。
「え~い落ち込んでいても仕方ありません。手に入らなかった儲け話はスパッと忘れて、次の儲け話を探しましょう。……そう言えばさっきの件でうやむやになっていたのですが、トキヒサさんの腕に着けている物を見せてもらう話でしたね」
そういえばそうだった。俺は腕を伸ばしてジューネに見えるようにする。
「時計なんて言ってましたけど、さ~て一体何が……えっ!?」
ジューネは腕時計を見て急に言葉を止め、そのまま何も言わずに食い入るように見つめる。ずっと腕を伸ばしているのも微妙に疲れるので、一度腕時計を外してからジューネに手渡した。
何故かジューネはそれを両手で捧げ持つように受け取り、そのまま穴が開くんじゃないかってぐらいの勢いでガン見する。……何? どうしたのジューネ?
「……トキヒサさん。一体どこでこれを?」
「どこでって」
地球のフリーマーケットで買ったとは言えないしな。ちなみにアナログ式のものだ。針に夜光塗料が塗ってあって、暗い所でも時間が分かるやつ。
一部わざと内部の歯車が見えていて、その部分が逆に洒落ていると思って買ったんだ。値段は二千円。多少傷有だったから安く買えた。
「なるほど言いたくないと。……それはそうでしょうね」
俺がどうしたもんかと黙っていると、何やら勝手に何か納得したようにジューネが言う。
「え~っと、これなんかマズいものなのか?」
「マズイと言うよりスゴイものですよこれはっ!」
ジューネは半ば叫ぶように俺に詰め寄ってきた。……ジューネ顔が近い近い!? 一体何だって言うんだ全く。