値上がり千倍と副隊長
俺の腕時計を見るなり急に興奮し出したジューネ。一体どうしたってんだ?
「十分や五分刻みではなく一分単位の細工。秒数までこのサイズでしっかりと。加えてここはやや暗いのに、針が僅かに光を放っているのではっきり見えます。それにこの歯車の小ささときたらもう驚愕の一言です。これが世に出たら時計業界に激震が走りますよっ!」
そう力説するジューネの勢いに皆引き気味だ。アシュさんだけはニヤニヤしながらこの様子を眺めている。笑ってないで止めてくださいよっ!
「ジューネ、怖い」
「……失礼しました。いかなる時でも取り乱すなんて商人にあるまじき失態。ですがこれは本当にそれだけの価値がある品なのです」
セプトまでビビってそうポツリと漏らしたのを聞き、少し落ち着いたのかジューネも軽く咳払いをして俺から離れる。
「よく分からないが、つまりこれは相当な値打ち物だと」
「そのものの価値もそうですけど、技術的な面から見ても欲しがる方は多いと思います。商人からしたら金の生る木と同じですね」
ジューネがそこまで言うとはよっぽどだ。ひとまず腕時計は返してもらおう。……ごねて返してくれないかと思ったが、すんなりと返してくれるジューネ。
「ハハッ。そりゃあ返しますよ。私は商人で盗賊ではありませんからね。……売却とか考えてます?」
考えていた事が顔に出ていたのか、ジューネは笑いながらそう言う。だけど微妙に目が笑ってない。
「う~ん。お気に入りなんでやめとく。だけどそれじゃあもう下手に着けられないな。価値があると分かったら盗られそうだ」
「いや。それは多分問題ないと思いますよ。これが時計だなんて言っても普通信じませんし、ただのアクセサリーだと言った方がまだ信憑性があります。下手に隠したら逆に怪しまれますよ」
それもそうか。じゃあこのまま着けていても良さそうだ。
「しかし時計といい『万物換金』の加護といい、つくづくトキヒサさんの近くには儲け話の気配が漂っていますねぇ。本当にお近づきになれて良かったです」
ここまで下心満載の言葉もそうそう無いな。なんかジューネの目がお金マークになっている気がするし。まあ商人として誇りを持ってるっぽいので簡単に裏切るって事はなさそうだけどな。
「……ちなみにそれってどのくらいの値が付きそうなの?」
「そうですねぇ。なにぶん初めての品なので断言できないのですが、伝手を生かしてなるべく高く、そして長期的に見て最大限の利益になるように立ちまわったとして……」
周囲の警戒をしながらエプリがそう尋ねると、再び算盤を弾き始めたジューネ。やがて計算が終わったのかせわしなく動いていた指が止まる。
「即金で二十万デン。時間をかけて宣伝が出来るなら五十万デンは堅いと思います。勿論純益で」
「……へぇ」
「…………えっ!? えええぇっ!?」
ジューネが提示したのは驚きの額だった。聞いたエプリ本人も少し驚いたような顔をしているけど、一番驚いているのはこっちだからな。
だって二十万デンだよ二十万デンっ!! 日本円にして二百万円。フリーマーケットで買った二千円の品が二百万円。値段が千倍に跳ね上がってるって!!
「それだけこの技術には価値があるのですよ。魔法などに拠らず技術のみでここまで出来るという証明ですからね。どうです? 任せてみませんか?」
「二十万デン……二十万デンか」
ここまで具体的な数字を聞かされると売っても良いかなという気分になってくる。気に入ってはいるけど、それだけあったら一気にお金問題の大半は解決だ。
課題の分とイザスタさんに借りた分にはまだ足らないが、エプリに払う分と当面の生活費、旅費等は解決する。だけど、しかしなぁ……。
「あの~。そろそろ目的地が見えてきましたけど?」
御者さんのその言葉を聞いて、俺はハッと我に返る。そうだ。今はこっちの方が優先だ。ジューネがもう一押しだったのになんて言っているが気にしないでおこう。
さあて。いよいよ都市長のいる館に到着する訳だが、ここで根本的な疑問が一つ。都市長ってどんな人だろうか? 俺偉い人相手の礼儀作法とか知らないけど大丈夫だよね?
辿り着いたのはこれまでの建物と同じく大部分が石造りの屋敷だった。ただ他の建物に比べて確実に二回りは大きい。偉い人ともなると客人用の部屋とか色々と必要なんだろうな。
馬車は屋敷の入口の少し広い場所に停車する。どうやらここは馬車や荷車で来た人用のスペースのようだ。俺達は次々と馬車から降りる。
「私達が来る事は調査隊の拠点から連絡しているので、普段ならこの屋敷にいる筈ですが」
ラニーさんは屋敷の扉に備え付けられたドアベルを数回鳴らして待つ。すると少し経って扉が開き、どうやら使用人らしき人が数名出てきて深々と一礼する。
「ダンジョン調査隊副隊長代理、ラニー・クレイルです。調査の経過報告に参りました。都市長はご在宅ですか?」
「ラニー様ですね? お話は伺っております。生憎と主人は所用で席を外しておりまして。お戻りまで中でお待ちいただくようにとのことです。どうぞこちらへ」
「分かりました。皆さん。行きましょう」
ここで初めて知ったが、ラニーさんも名字持ちだったらしい。ラニーさんは俺達を伴いながら屋敷へと入っていった。どうもお邪魔します。俺も軽く呟きながらおっかなびっくり入っていく。
後ろを見ると御者さんは馬車で待っているようだ。長くなりそうだったら使用人の人に馬車を預けて後から来るという。留守番よろしくお願いします。
「皆様はこちらでお待ちを。御用があれば何なりとそこの者達にお命じください」
案内されたのはどうやら客間のようだった。外観が石造りだったから中も全て石造りかと思ったが、壁や床はともかくテーブルや他の家具などは基本木製だ。
先ほどの使用人さんは部屋を退席し、部屋付きのメイドさんが二人残る。
そう。
俺はあまりメイドに詳しくはないのだが、クラシックメイドと言うタイプだったかな?
まあそれはどうでも良いのだ。マニアでも専門家でもない俺から見れば、服装はそこまで気にすることではない。どちらかと言えばメイドさんの存在は中世よりも近世じゃないかというのも些細なことだ。
問題なのはその所作、仕える者としての在り方だとも。
俺達は椅子に座りながら都市長が戻ってくるのを待つ事に。その間俺はチラリと視界の端にメイドさん達を捉えるのだが……まるで微動だにしない。
椅子に座ろうとした時にさりげなく椅子を引いてくれたり、いつ終わったのか分からないほど静かに紅茶の配膳をしてくれた以外は、部屋の壁際にビシッと立って動かない。……なんか気になるけど今はこっちを優先するか。
「待っている間に聞いておきたいんですが、都市長ってどんな人なんですか?」
「……そうね。相手を事前に知っておくのは大事だわ」
今の内に少しでも情報を得ようとラニーさんに聞くと、エプリも話題に食いついてきた。アシュさんとジューネは既に知っているらしくあまり反応しない。セプトに至ってはどうでも良いとばかりにちゃっかり俺の隣に陣取っている。
「どんなヒトですか? そうですね……ご立派な方ですよ。このノービスは交易都市群の中では歴史が浅い方なのですが、他の都市に決して見劣りしません。それは都市長や町の方達の努力の賜物だと考えています」
ラニーさんが語ってくれた事を纏めると、都市長のドレファス・ライネルさんは相当なやり手らしい。
この都市は地理的に魔族の国デムニス国に最も近い。ヒト種と魔族が相当種族的に仲が悪い中、敢えてドレファスさんは魔族とも交易を進める事にしたという。
なのでこの町では、他の都市に比べて魔族の数はかなり多いとか。それでも色々なしがらみがあるから全体で見れば一割もいないらしいが。
また町の発展や整備にとても力を入れていて、町人からの人気もとても高い。話だけ聞くと出来過ぎじゃねって言うくらいスペックの高い人のようだ。
「なるほど。確かに立派な人みたいですね」
「はいっ! ただ多忙なため今回みたいに急に出かけるのもしばしばで。はっきりとこの時間に行くという連絡を事前にしておかないと居ない事もしょっちゅうです」
フフッと笑うラニーさんを見て、どうやらそのドレファス都市長さんは本当に色んな人から慕われているんだなと感じる。出来過ぎた人には疑ってかかるのがお約束だが、どうやらその心配はなさそうだな。
「っと、ちょいと飲みすぎたな。待ってる間にトイレに行ってくる」
「用心棒が雇い主の傍を離れてトイレって……すぐ帰ってきてくださいよ」
「へいへい。分かっておりますよッと」
待つこと二十分。仄かにリンゴっぽい香りの紅茶を飲みながら待っていた所、アシュさんがそう言って席を立った。そのままジューネとメイドさん達に一声かけて、部屋の外に出てスタスタと歩いていく。
……おやっ? アシュさんを見送って少しして気になる事に気づいた。
「ジューネ。アシュさんってこの屋敷に前来た事あるのか? トイレの場所も聞かずに行ったけど」
「……そう言えば妙ですね」
どうやらジューネも知らなかったらしい。
「ああ。それは私から説明します。アシュ先生は以前」
「おやっ!? そこに居るのはラニーじゃないか?」
事情を知っているらしいラニーさんが話をしようとした時、部屋の外から割り込むように声が聞こえてきた。何かと思ってそちらを振り返ると、一人の男がアシュさんとは反対側の通路から入ってくる。
見た所俺と同じくらいの歳だろうか? しかし僅かに俺より背が高い。……くっ! 羨ましくなんかないやい。いかにも仕立ての良さそうな服を着こなしていて、少し長めの茶髪をかきあげながらラニーさんに向かって歩いてくる。
誰だこの人? もしやこの人が都市長じゃあるまいな。
「どうしたんだいラニー。もうダンジョンの調査が終わったのか? それなら僕に連絡をしてくれればすぐに迎えを寄こしたというのに」
「いえ。まだ途中経過の報告ですから終わった訳ではありませんよ。ヒース
副隊長っ!? もしかしてこの人が今ラニーさんが兼任している調査隊の本来の副隊長!? 見えないなぁ。
俺が内心驚いていると、ヒース副隊長が今気づいたようにこちらを見る。
「誰だい君達は? どうも調査隊という訳でもなし、貴族という風にも見えないな」
「その方達はダンジョン調査の協力者です。今回の報告に同席してもらう為お呼びしました」
「……ふん。まあ良いさ。それよりラニー。折角戻ったんだ。あとで食事にでも行かないか? 先日良い店を見つけたんだ」
協力者と聞いても特に態度を変える事もなく、そのままラニーさんに話し続ける副隊長。な~んか態度悪いな。
エプリは何も言わずフードを深く被り直し、ジューネは何か知っているようで微妙に苦い顔。セプトは……無表情でイマイチ分かりづらいが気にしていないようだ。前の主人がクラウンだからだろうか、こういう態度には慣れているみたいだ。
しかしヒースはそんなことお構いなし。どこ吹く風とばかりにぐいぐいラニーさんを誘い続けている。周りからの態度を分かっていないならただの鈍感だが、分かっていてやっているのなら大した面の皮だ。
「なあ。良いだろう? 食事が要らないと言うならどこかに遊びに行くというのでも良いさ。ダンジョンの調査はかなりの心労があるはずだ。たまにはそんな事忘れて休まないと身が保たない」
ヒースは話しながらドンドン距離を詰めていって、もうラニーさんとは互いに顔に息がかかるくらいの距離だ。そしてさりげなくラニーさんの手を取っている。
これはアレだな。完全に口説きにいっているな。しかしラニーさんも押されっぱなしという訳ではない。優しく諭すように話しながら手を離していく。
「いえ。結構です。これでも薬師ですからね。自分の体調くらい管理していますよ。……それよりヒース副隊長。そろそろ離れてもらえませんか?」
「そんなつれないことを言わないでくれ。ここしばらく会えていなかった上に、丁度ゴッチの奴もいないんだ。今の内に二人だけで友好を深めようじゃないか」
しかしヒースも諦めない。再度ガンガン押し込もうとする勢いだ。だが、
「いやぁスッキリした。待たせたな。……ってあれ!? そこに居るのはヒースじゃないか!」
そこへアシュさんがトイレから戻ってきた。すると、
「この声は……げぇっ、アシュ先生!!」
ゆっくり振り向くと、なんかどこぞの三国志で使われそうな声を上げながら驚くヒース。
そう言えば調査隊の人達から先生と言われているんだから、こうしてヒースとも面識があって当然だよな。都市長が来ていないのにどんどんややこしいことになってきたぞ。