179章 回復魔法
アイコがタオルを絞ったあと、店長の頭の上に乗せている。親切な看病を見ていると、回復魔法をかけていいのかなと思ってしまった。
「アイコ、おとうさんの容態はどうなの?」
「39℃以上の熱のせいか、調子は良くないみたいなの」
39℃というのは、かなりの高熱である。早急に治療をする必要がある。
「数日前から、39℃くらいの熱が続いているんです」
「正確な熱はわからないんですか?」
「体温を測る道具がありません。それゆえ、正確な熱はわかりません」
店長の額に手を当てると、かなりの高温となっていた。この熱さなら、40度を越えても不思議はない。
「これはひどいですね」
「セカンドライフの街」には、医者もいなければ、風邪薬も存在しない。病気にかかってしまったら、長期化しやすくなる。
アイコはコップに入っている水を渡した。
「おとうさん、お水だよ」
店長は手を滑らせたものの、かろうじて受け取ることができた。
「アイコ、ありがとう」
胃が受け付けないのか、水を一口しか飲まなかった。
「アイコのおかげで、元気になれそうだよ」
声はこれっぽっちも、元気ではなかった。
「おとうさんは、2日くらい何も食べていないの」
通常の人間が、2日も食べなければ、命が危うくなりかねない。早急な治療が必要なのを察した。
「アイコ、アカネさんに治療をしてもらおう」
アイコは反対するかなと思っていたけど、すんなりと受け入れていた。
「アカネさん、お願いします。回復魔法で、父を助けてください」
回復魔法を使用すると、父親はすぐに元気を取り戻すこととなった。
「あれ、身体が元気になったぞ」
フタバが元気になった経緯を、わかりやすく説明していた。
「アカネさんが、元気になる魔法をかけてくれたんだよ」
店長はこちらに向かって、頭を深々と下げる。
「アカネさん、本当にありがとう」
元気を取り戻した店長は、4人の前でスクワットを始める。休み続けたことで、身体が運動を欲するようになったようだ。
アイコが身体を動かしている父親に対して、
「おとうさん、無茶をすると身体を壊すよ」
といった。身体を守ってほしいのが、はっきりと伝わってくる。
サラも続いた。
「そうだよ。身体を守らないといけないよ」
店長は娘たちに対して、
「衰えるような年齢じゃないぞ。俺はまだまだ働ける」
といった。衰えは自覚しつつも、他人の前では認めたくない。店長の心の中の心理が、はっき
りと伝わってきた。
現代社会で生きているとき、25くらいから衰えを感じるようになった。どんな人であっても、
避けては通れない宿命といえる。
「そんなことをいっているから、身体を壊してしまうんだよ」
サラの的確な指摘に対して、
「昔はできたんだから、今だってできるはずだ」
といった。この調子だと、短期間で身体を壊す確率は高そうだ。
フタバは父親の腕を掴む。
「アイコが結婚するんですから、しっかりと生きてくださいね」
一年半前が9歳だったので、現在の年齢は10歳か11歳である。
「アイコちゃんは結婚するんですか」
「はい。1ヵ月後に、結婚します」
お金を得られるようになっても、10歳前後で結婚する女性はいる。しみついてしまった伝統と
いうのは、簡単に変わらないのかもしれない。
「相手の男性はいくつですか?」
25くらいかなと思っていると、
「13歳となっています」
という答えが返ってきた。年の差婚ではなく、近い年齢の男性と結婚するようだ。
生活を気にしなくてもいいことで、近い年齢の異性と結婚できるようになった。結婚する女性
の選択肢が増えることとなった。
「数年間については、親の稼ぎなどでサポートできます」
13歳で生計を立てていくのは難しい。4~5年くらいは、親がサポートすることになりそうだ。
店長は左腕の力拳を突き上げる。
「娘のためにも、一生懸命働かないといけないな」
サラは父親に対して、呆れた顔を向けていた。
「39度の熱で倒れていたのに、よくそんなことがいえるね」
「過去は過去、未来は未来だ。体調不良にならないように、やっていけばいいんだよ」
「そんなことをいっていると、すぐに身体を壊すことになるよ」
アイコが鋭い指摘をする。
「回復魔法を受けられていなかったら、死んでいたかもしれないんだよ」
父親の声のトーンは下がることとなった。
「わかった。これからは無理をしないようにする」
アイコの瞳から、涙がこぼれる。
「私にとっては、たった一人のおとうさんだよ。いなくなったら、とっても寂しいよ」
サラ、フタバが小刻みにうなずく。言葉にはしないものの、二人の本心がはっきりと伝わってくるかのようだった。