はわわわわぁ その2
「しかし、正体不明の巨大魔獣でござるか、腕がなりますなぁ」
「キ! ダーリンにいいとこ見せるチャンスッキ!」
魔法の絨毯の後方に座っているイエロとセーテンは互いに気合い満々な様子で会話を交わしています。
……まぁ、実際問題として……
小山ほどの大きさをしているデラマウントボアを楽々と狩ってしまう2人だけに、さもありなんなんですけどね。しかも、その周囲にはオデン6世さんと、グリアーナもいるわけですし、まぁ盤石といえる布陣ではないでしょうか。
仮に、謎の魔獣が、デラマウントボアの何倍も強力な魔獣だった場合、スアが索敵で気がついているはずですし、その申告がないってことは、ただ大きいだけの魔獣ってだけで戦闘能力はからっきしなのかも……
まぁ、このあたりは憶測しても仕方ありません。
本当のところは、謎の魔獣に実際に出くわしてみないことにはわかりようもありませんからね。
僕がそんなことを考えていると、スアが操っている魔法の絨毯がゆっくり下降しはじめました。
「……このあたり、よ……蟻人が言ってた魔獣の目撃情報が多い場所……」
「お、スア様、いよいよでござるな」
「腕がなるキ」
スアの言葉を聞いてイエロとセーテンが気合い満々の様子で立ちあがりました。
オデン6世さんとグリアーナも、武器を構え直しています。
そんな一同を乗せたスアの魔法の絨毯は、街道すれすれのあたりをゆっくり進んでいます。
ちなみにですが……
今回、パラナミオをはじめとした我が家の子供達を同行させているわけですが……これには理由があります。
と、いうのもですね、目撃情報を精査していた僕は、謎の魔獣に出くわした人達の中には必ず子供がいることにきがついたんですよ。
逆に、大人だけの集団は、この魔獣に1度も遭遇していなかったんです。
なので……魔獣が出るまではこうして同行してもらってですね、魔獣が出現したらスアの転移魔法で大至急家に戻らせようと思っているわけです。
「パパ、パパ」
パラナミオが、急に僕の足をひっぱりました。
我が家の子供達の中で、唯一この世界の成人に達しているパラナミオなのですが、我が家の一員に加わってすぐの頃よりは成長したものの小柄には変わりが無いもんですから、190センチを越えている僕の横ではかなり小さく見えてしまいます。
「ん? どうかしたのかい、パラナミオ?」
「このあたりに出現する魔獣って、人種族の3倍くらい大きいんですよね?」
「うん、そう聞いてるね」
「それで、なんかうねうね動くんですよね?」
「うん、どうもそうらしいよ」
「それでそれで、誰かと出くわすとすごい勢いで駆け寄ってくるんですよね?」
「理由はわからないけど、どうもそうらしいね」
「それにびっくりして逃げ出しちゃうと、それ以上は追ってこないんですよね?」
「そうだね。そのおかげで怪我人はほとんど出ていないんだ。その少ない怪我人にしても、走って逃げてる際に転んで擦り傷を負った程度みたいだし……」
「えっと……つまり、あんなのですか?」
「……は?」
パラナミオの最後の言葉の意味がいまいち理解出来なくて、僕は首をひねりました。
改めてパラナミオの方へ視線を向けると……パラナミオは何やら森の方を指さしています。
その指先をよく見ると……
森の木々の間を縫うようにして、人の三倍くらいありそうな何かが、上半身をうねうね左右に揺らしながらすごい勢いで走ってきているのが見えました。
「出たな化け物!」
「成敗するキ」
「……うむ」
「せ、拙者も頑張ります!」
イエロ・セーテン・オデン6世さん・グリアーナの4人は、すでに魔法の絨毯を飛び降りて駆け寄ってきている魔獣に向かって突進しはじめています。
……しかし……なんでしょう、あの魔獣
見た感じ、人型のようです。
両手で何か持っているようですが……その上半身が高速でうねうね動いているものですからよくわかりません。
そして、何か声をあげているような気がするんですけど……
「……ん? なんだあの声?」
耳を澄ましていた僕は、首をひねりました。
♪ウォウウォウ
♪ウォウウォウ
……なんでしょう……なんか、すごく嬉しそんな感じで歌っているような……
僕が、そんな事を考えながらその魔獣を凝視していると、スアが僕の横に歩みよってきました。
スアも、何やら首をひねっています。
「……スア、あの魔獣って……敵意があるようには見えないんだけど……」
「……うん、敵意はない……でも、必死な感じ、ね……多分、原因はこれ」
そう言うと、スアは手にしていた水晶樹の杖をその魔獣に向かって一振りしました。
すると……
僕達の目の前で、体をうねうねさせながら走り寄ってきていた魔獣の体がどんどん小さくなりはじめたんです。
「う、うぬ!? これは……」
「ど、どういうことキ?」
「???」
「い、イエロ師匠……い、いかがいたしましょう」
魔獣に向かって突進していたイエロ達も、その場で急停止すると前方の魔獣の激変ぶりに困惑しているようです。
で
スアの魔法で、みるみる小さくなっていったその魔獣なんですけど……手に持っている何かは小さくならなかったものですから
「うぉ?……きゅ~ん……」
体だけが小さくなっていった魔獣はですね、体だけがどんどん小さくなっていくに連れて、その手にしている何かを支えることが出来なくなって、とうとう地面に倒れこんで動けなくなってしまったんです。
完全に動きを停止した魔獣。
その周囲を僕達が取り囲みました。
よく見てみると……その魔獣は、犬のような姿をしていました。
犬の姿で二足歩行をしていたみたいですね。
で、その手には大きな木の実を抱えていました。
「なんでござろう、この木の実は……」
「はじめて見るキ」
「???」
「拙者もみたことがないです……」
その木の実を見ていたイエロ達も首をひねっています。
そんな中……
スアがその木の実を見つめていたのですが……
「……これ、魔法で大きくされてる、わ……この青犬狼(ブルードッグウルフ)が巨大化してたのも、この木の実の魔法のせい」
「青犬狼(ブルードッグウルフ)?」
「……うん、この魔獣の種族名……結構稀少な魔獣、よ」
「そ、そうなんだ……」
スアはそのまま森の奥に向かって歩き始めました。
その後を、僕達も一緒についていきます。
倒れこんでいた青犬狼(ブルードッグウルフ)はですね、
「……青犬狼(ブルードッグウルフ)は草食で野草や木の実しか食べないから、安心」
スアの説明を受けて、今は我が家の子供達と手をつないで歩いています。
気のせいか、すっごく嬉しそうな感じです。
そんな僕達が森の奥へと進んでいくと……ある場所でスアが立ち止まりました。
「……ここに、結界……ふぅん……結構よく出来てる」
スアは感心したようにそう言っているのですが……僕達の前には森が続いているようにしか見えません。
そんなことを考えている僕の前で、スアが水晶樹の杖を一振りしました。
すると
パリーン
周囲に、ガラスが割れるような音が響いたかと思うと、目の前の空間が砕け散っていったんです。
その奥に、別の景色が広がっていたのですが……その右奥に、巨木の家があったんです。
スアがプラント魔法を使用して家化している、あの巨木の家です。
まぁ、このプラント魔法は使用出来る魔法使いが少ないわけではないといいますか、このプラント魔法に関する書籍が魔女魔法出版から発刊されていますので、今では結構幅広い魔法使いに知られている魔法ですからね。
ちなみに、その本の著者はスアなんですけど……
「こ、こんなところに、こんな魔法が……」
その光景を見ていたイエロ達は目を丸くしています。
そんなイエロ達の前をとことこ進んで行くスア。
そして、巨木の家の前に移動していくと、その扉を
トントン
と、普通にノックしたんです。
すると
『は、はわわぁ!? お、お客様なのですかぁ!?』
ドンガラガッシャ~ン……
……なんでしょう……女の子の声と同時に、何かを派手にひっくり返したような音が聞こえてきたのですが……