雑貨店の小物
雑貨店は新しい年間商品を選ぶ季節になっている。控え室に「会議中」と大げさな張り紙を貼って、玄助と会話する。どうしてここまで大げさにするかというと、やるとやらないとでは利益が倍も違う。
「それに1年に1回だし」
勝ったほうはドヤ顔が止まらないし、負けたほうは1年中惨めな気分になる。
先攻は深雪。
「桐生織のハンカチーフなんていかがでしょうか?」
明治になると洋装に似合わない手ぬぐいは使われなくなり、ハンカチが輸入され始めた。新政府は輸出入の大事さを理解し始め、国内でも作れるように政策を打っていく。
後攻の玄助はこういうときの深雪を知っている。100%自信のあるときの言葉だ。人気のある同じような商品は思いつくけれど、それでは勝てない。誰も使ってない真逆のものがいい。
「ハンカチお洒落だよね。他って言うとネクタイ?」
江戸時代にはネクタイなどという装飾はなかった。玄助に感心する。
「
庶民は誰もしていないし、すぐに売れるものではない。販売場所も服屋が妥当だ。しかしネクタイが流行り始めることは予感できる。
「投票箱の結果が楽しみだね」
塔季や木村などが投票して結果が決まる。
最近の雑貨店では容器が結構売れる。玄助は店の片隅に積んである缶を持ち上げる。中は何も入っていない。
「こんな大きなブリキ缶何に使うんだろうね」
「牛乳が入るそうです」
牛乳は牛になるという迷信があって、明治まであまり使われなかった。玄助はあまり興味がなさそうだ。
「牛乳ね……珈琲のほうが好き」
白い飲み物より黒い飲み物がいいらしい。
珈琲に入れる調味料には容器が必要だ。
「砂糖入れって何がいいのかな?」
容器に入れる乾燥剤だが、シリカゲルはまだ発明されていなくて生石灰が使われている。一度溶けかかった砂糖は、乾燥剤を入れるともっと固まってしまう。
「可愛い見た目より、ぴったり閉まるのが大事です」
陶器、ガラス、磁器、どれでもいいけどぴったり閉まるのはなかなかない。パッキンは付いていない。
「紙を挟むとぴったりくるけど出し入れに邪魔だよね」
商品を選んでいると、医師の大石文吾がやってくる。新しい歯ブラシを入れたと聞いたらしい。
「入院患者に歯ブラシを提供するのですよ」
大石は内科だが、肺炎は口内の汚れから来る病気でもある。深雪は他の病気で必要なアイテムがあるかどうか気になる。
「他の病気の患者さんはどうしているのです?」
「色々な病気がありますが……」
明治維新頃の寿命が現在より極端に低かったのは、疫病が広まったせいもある。例を挙げると
倫理で間違っているとは思う。しかし医者でもない深雪は否定はしない。彼より患者に何かできるわけではない。診断できるだけでも凄いと思う。