第一話
あの日から、急激に私の周りは慌ただしくなった。
初めからパーティーへと同伴するのが仕事だったはずだが、いっこうに準備をしてこなかった私は、西村室長に指示されながら、美容室やらエステやらへと行かされていた。
『少しでもマシになりたいでしょう』
冷たさの中にも、温かさを感じてこの人もまた不器用なだけかもしれない。
そんなことを思いながら、光輝さんの横に少しでも恥じない自分でいるためと、ありがたくその好意を受け取った。
幼いころの淡い記憶の中にあるような、ドレスサロン。
嬉しそうに選んでいたお母さんを思い出す。それが今自分の身に起こっていることが感慨深かった。
あたりまえに思っていた幸せは、一瞬でなくなることを知った。
とても悲しいことだったが、両親が亡くなったあの日から、健やかに生きることがどれだけ幸せなことかを気づけた気もする。
そんなことを思いながら、何着かのドレスを試着するもどれがいいのかわからない。
そんなことは言えず、ラベンダー色の素敵なドレスに映る自分を見てため息をつく。
「住吉様」
「はい」
フィッティングルームで長くいすぎたのだろうか、外から聞こえたスタッフの方の声に慌てて返事をしてドアを開けた。
「光輝さん……」
開けたその先には、スーツ姿の光輝さんが立っていて、私は驚いて目を見開く。
今は週末に向けてとても忙しいはずだ。最近、帰りが日をまたぐことさえある。
そんな光輝さんが、私のドレス選びの為だけにそこにいることが信じられなかった。
「いいね」
そんな私の気持ちを他所に、サラリと余裕の表情で私をジッと見つめる光輝さんに、少し露出の高いドレスを着ていた私は恥ずかしくて仕方がない。
「このドレスも届けてもらえますか。でも」
でも? でもなんだろうか。急に何かをスタッフの方に言っている光輝さんに不安が募る。
「光輝さん、何か問題でも?」
慌ただしく数名いたスタッフさんがどこかへ行ってしまい、私は不安になり問いかけるも、光輝さんは柔らかく微笑みを浮かべるだけった。
「いや、とっても似合ってる。きれいだよ」
臆面もなく言う光輝さんに、頬がカッと熱くなる。
「じゃあ、これで決まりですね」
そそくさとドレスを脱ごうとフィッティングルームに入ろうとすると、なぜか光輝さんも一緒に入ってきて、ドアを閉めてしまう。
「え? 光輝さん?」
狼狽する私を、光輝さんは目を細めて楽しそうに見た後、そっと露出していた肩に人差し指で触れる。
その感触にピクリと肩がはねてしまう。
「結衣、これはダメ。こんな露出が高いのは」
そっと触れながら、私の耳元で甘く光輝さんの綺麗なテノールが響く。
「で……も、他のもこれぐらいで」
しどろもどろに答えた私に、クスリと光輝さんは笑う。
「俺が結衣に一目ぼれした時、結衣の透き通るような美しさに惹かれたんだ。着物にしよう。着替えてきて」
そう言うと、光輝さんは私の肩にキスを落とし、出て行ってしまった。
私はズルズルとその場に座り込んでしまう。光輝さんが触れたところが熱く熱を持って仕方がない。
「もう」
誰にも聞こえないだろうが、私は独り言ちると手早く着替えた。