バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第五話

「寛貴!」
呼び止めた私に、光輝さんはクスリと笑みを漏らした。

「結衣もすぐに行けばいいよ。このレジデンスの一番上の階だから」
「はい」
光輝さんの優しさが嬉しくて笑みを向けると、光輝さんは小さく息を吐いた。
「結衣、今までと違うその表情やばすぎるんだけど……」

「え? 私変ですか?」
なんだろう、気持ちが通じたと思ったことで気が緩んで変な顔でもしてるのだろうか?

狼狽する私の頬をそっと光輝さんは掬い上げると、スッと空気が変わる。

「なんで? どうしてその雰囲気になるの?」
おたおたしながら慌てる私を他所に、光輝さんは私との距離を詰める。
「結衣、この方が俺にドキドキするんじゃない? こっちの俺の方が好きなのかと思って」
ニヤリとイジワルそうに笑いながら、そっと私の頬にキスをする。

「そんな……そんなこと…」
この光輝さんにはまったく太刀打ちが出来ない、光輝さんのされるがままに降って来るキスを受け止める。

「俺だって、結衣に触れるのは緊張するんだよ。これぐらい許して」
優しく聞こえた声に私は驚いて光輝さんを見ると、少し困った顔をした光輝さんがいた。

「どっちの光輝さんでもいいです」
私はそう言うと、ギュッと光輝さんの大きな背中に腕を回した。

温かな光輝さんの温もりに、とっても幸せな気持ちになった。

「これ以上はダメだな。寛貴も待ってるし……」
一人ごとのように光輝さんは言うと、私をそっと離す。
離れがたい気がするが、いきなりこのまま身体を繋げるのは少し勇気がいるし今日は寛貴もいる。
そんな私の気持ちが分かったのか、光輝さんは柔らな笑みを浮かべる。

「焦らないから」
そう言ってチュっともう一度触れるだけのキスをする。
「ねえ、結衣。どうしてもと社長令嬢なのに、あんなに苦しい生活してたの?」
既にいつもの光輝さんに戻っており、私に疑問を問いかける。

「研究バカの父は、かなり研究費に費やしていたそうです。それで会社にかなりの損害を出したって……。勇逸母方の祖母の名義だった家だけは残ったんです。それを売却して寛貴の学費や生活費に充ててきたんです」
説明した私の話を、光輝さんは特に表情を変えることなく聞いていた。

「弁護士とかにその時相談は?」
今思えば、もう少し私も色々すればよかったのかもしれない。
「両親が亡くなって、私もその時はそんな精神状態じゃなかったのかもしれないです。当時の副社長であった加納さんの言われるがままに……。寛貴がまさか父の後をと考えていたなら、かわいそうなことをしてしまいました」

「結衣だってまだ若かったし仕方ないよ。今まで頑張ってきたんだから」
優しく言ってくれた光輝さんに、少し気持ちが楽になる。

「ありがとうございます」
勇気を出して、初めて自分から背伸びをして光輝さんの頬に唇を寄せる。

「結衣……」
真っ赤になった光輝さんはやっぱりかわいい。そんな思いでジッと光輝さんを見つめた。
「寛貴の所に行ってあげて」
口元に手を当ててまだ照れている光喜さんに、私は「はい」と返事をすると簡単に荷物を持って寛貴のところへと向かった。
高級ホテルのスイートのような部屋に唖然としつつ、色々な話をして久しぶりに寛貴と楽しい時間を過ごした。

翌朝、私は家に戻り朝食を作っていると、光輝さんがいつもより早く起きてきた。

「光輝さん、今日は早いですね」
キッチンから声を掛けると、光輝さんは目を丸くする。
「あれ? もう戻ってたの」
そう言うと、ダイニングテーブルで勉強をしていた寛貴に視線を向ける。

「おはようございます。昨夜はありがとうございました」
かしこまって挨拶をした寛貴に、光輝さんはクスリと笑いながら「おはよう」と返事をする。

「姉貴、光輝さんは朝が弱いから起こさないとって……」
そう言いながら寛貴は光輝さんをジッと見つめた後、にやりと笑った。

「寛貴」
低い声で光輝さんは寛貴を軽く睨みつける。

「やっぱり。かなり腹黒だよな。姉貴もやっかいな男につかまったもんだ」

「え? なに? どういうこと?」
何やら不穏な空気に私は慌てて火を止めてその場に駆け寄る。

「なんでもないよ。姉貴。光輝さん、姉貴をよろしくお願いします」

「言われなくてもわかってる」
さっきまでの空気とは違う光輝さんに、安堵しつつも何が何かわからない。

男同士にはなにかあるのだろうか?
頭のなかは?だらけだが、光輝さんを送り出さなければと、私は朝食をテーブルに並べた。


にぎやかな食事を終えると、二人で光輝さんを見送る。

「寛貴、また会おう」
「本当にいろいろお世話になりました。これからもよろしくお願いします」
完璧なスーツ姿に、寛貴も貫禄を感じたのか、きちんと姿勢を正すと光輝さんに頭を下げる。

「ああ。じゃあ結衣行ってくる」
柔らかな笑顔を向けると、そっと私の手を引き寄せ触れるだけのキスをする。

「おい、弟の前でやめろよ!」
「光輝さん!」
さっきまで尊敬のまなざしで光輝さんを見ていた寛貴は、シスコンぶりを遺憾なく発揮すると、光輝さんを睨みつけていた。

そんな寛貴をみて、光輝さんは大笑いをしている。

両親の死後、こんな風に誰かと一緒に笑いあったことがあっただろうか?

私は嬉しくて、泣き笑いで光輝さんに手を振った。


しおり