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――その日のお昼頃、2人はオーランドの屋敷へと向かった。森の中を馬車で揺られている道中、ローゼフは一人黙ったまま気乗りしていない様子だった。彼は持っているステッキを握ると、何かを思い詰めた表情でため息をついた。その隣でピノは馬車の中で無邪気に明るく、はしゃいで楽しんでいた。
「わーいわーい! お外だー! はやーい! 馬車って面白い乗り物だね、ローゼフ!?」
ピノは大きな声を出して騒ぐと無邪気にはしゃいで喜んでいた。そして、窓から身を乗り出して外の景色を眺めた。
「ピノ、少しは黙ってなさい……!」
「え~! だって初めてお外に出られるんだよ!? ボクね、今凄く楽しい気分!」
「あー、わかったから少しは落ち着きなさい! いいかピノ。今日は舞踏会に出席するんだ。向こうについたら礼儀正しくしてなさい。いいね?」
「うん、わかった!」
ピノはローゼフの話を理解すると、素直に元気良く返事をして手を挙げた。
「まったく、なんて能天気なんだ。まあ、いい……。それよりあとひとつ伝えておく。周りにお前が生きた人形だと言うことは決して話すな、わかったな?」
「うん! ボク誰にも話さないから安心して?」
ピノはそう言って答えるとローゼフの不安をよそに窓を覗いて楽しそうに歌い始めた。ピノは初めて外に出られる喜びに感動していた。
「ピノ…――」
「何、ローゼフ?」
「服のことなんだか……」
「ボク、この服大好き! 貰った服は全部、大事に着てるよ!?」
「そうか、ならよかった……」
ローゼフの思い詰めていた表情を見て、ピノは彼の袖口をクイッと引っ張って聞いてみた。
「ねー、どうしたのローゼフ。お顔暗いよ?」
「なんでもない……。いや、お前にひとつ伝えておくことがある。どんな時でも、人前では肌をさらすな。お前が人形だという事が直ぐにバレてしまうからな。そしたら大変なことになる。いいね?」
「うん、そうだね。ボク気をつけるよ!」
「ああ。それともう1つ言っておく。オーランド公爵には気をつけなさい。彼は変人で人形愛好家だ。お前が生きた人形だと知られたら、彼に狙われるかも知れないからな。だからいいな?」
彼はそう言って話すと、どこか心配そうな顔で見つめてきた。ピノは膝の上に乗ると近くで話しかけた。
「大丈夫だよローゼフ。ボクはマスターだけの愛玩ドールだよ? マスターしか好きになれないよ。それが愛玩ドールなんだからね?」
ピノは彼の方を見つめると、無邪気にニコリと微笑んだ。ローゼフはその言葉に頷くとピノの頭を優しく撫でた。
「ああ、そうだな……。お前は私だけの生きた人形だ。愛される為に生まれてきた特別な人形。だから、私がお前のマスターの間は決して離れるな。どんな時でも私の傍にいろ。いいな…――?」
ローゼフはピノの髪を優しく撫でると、愛しそうにオデコにキスをした。彼の優しさが心から伝わった。ピノは彼の然り気無いキスに頬を赤く染めると、嬉しそうな顔でローゼフにギュッと抱きついた。
「なんか最近ローゼフ優しいね……? ボク、幸せ過ぎて怖い…――」
「フッ、そのほうがお前も嬉しいだろ?」
「うん! ローゼフ大大大好き!」
ピノは笑顔で言い返すと嬉しそうに抱きついた。ローゼフはピノに触れることで、少しずつ自分の心が穏やかになっていくのを感じた。