第39話 作戦会議※隼Side※
「はーやーとーくん!放課後ちょっと時間ある?」
昼食を終えて食堂から戻ってきた時、不意に清和さんから声をかけられた。
「放課後?部活の後でもいいの?」
「あれ?今日部活おやすみなんじゃないの?」
「あー…先生いないから本当は休みなんだけど、全国メンバーは2時間までなら打っていいって許可が降りてさ」
「なるほどね!じゃあその後でもいいわよ。テストも近いし図書室で勉強して待ってるわ」
「わかった。じゃあ悪いけど、2時間くらい待っててもらうね」
この会話を梨々も優も瑠千亜も五郎も聞いていなかった。
というか、周りに皆がいないタイミングを見計らって声をかけてくれたんだろう。
待ってくれてまで話したいことって、なんだろう…?
やっぱり昨日メールで話したことの続きかな?
けど俺も、清和さんに聞きたいことがあったからちょうどよかったのかもしれない。
一人でモヤモヤするよりは、きっとずっと良いアドバイスをくれる気がする。
「ごめん!おまたせ!」
部活の後。
結局2時間の練習の後、片付けたり着替えたりしていたら20分ほど経ってしまっていた。
「平気よ!たったの2時間だもの。勉強してればあっという間だったわ。」
「そっか、ありがとね」
「それに練習が2時間なら当然それより遅く来るに決まってるじゃない。そんなに申し訳なさそうにしなくても大丈夫よ。」
清和さんがふふっと笑う。
清和さんに優しく言われると、なんだか安心感がある。
同じ年なはずなのに、年上の余裕みたいなものを感じさせる雰囲気を持っている。
だからこそ、つい何でも話しちゃいたくなるんだろうか…
「それで本題なんだけどね?…………うーん、ここじゃちょっと………歩きながら話しましょ」
清和さんが周りを見渡しながらそう言った。
午後6時を回るこの時間でも、図書室にはちらほらと勉強している人がいた。
「そうだね。帰りながら話そう」
俺らは図書室から出て、薄く夕日が射した校舎を後にした。
「昨日は突然メールなんか送っちゃってごめんね!」
校門を出てから100mほど歩いたところで、清和さんが口を開いた。
「ううん、全然大丈夫だよ!正直、俺も昨日は驚いたことばっかりだったから……一人で悶々としてる時にちょうど共有できたからよかったよ」
「そう?それならいいんだけど。ところで昨日の続きなんだけどね、私、隼くんに行動しろって言ったでしょ?」
「うん…」
「きっと隼くんのことだから、難しく考えちゃったんじゃないかなーと思って。違う?」
「考えてた……!!結局俺はどうするのが正解なのか?とか…」
「やっぱりね。」
「すごいよ清和さん、よくわかったね!」
「あなたがわかりやすいのよ。……だからね、難しく考えなくてもいいよって話をしたかったの。隼くんは常にみんなの事を考えてるでしょ?でも今は敢えて周りのことを考えないでいたほうがいいと思うわ」
「周りのこと……考えられてたのかな」
「考え過ぎなくらいよ!!あなたが一番考えてる。
私や五郎や優くんなんかよりも」
「え、優も?」
「そうよ。梨々と隼くんは精一杯って感じ。瑠千亜もそうね。だけどその中でも隼くんは群を抜いて周りを見ようとしてるわ」
清和さんの言葉が信じられなかった。
この俺が、周りを見ていた?
いやまさか………
むしろ俺は、梨々に幸せになってほしいとばかり…
そしてそれも、自分の気持ちが報われないのなら、せめて梨々の気持ちは報われてほしい………そんな不純な理由からきていたものなのに。
「俺は自分のことしか考えてなかったよ?」
「うーん………レベルが違うわ。」
「レベル?」
「うん。あなたが思ってる以上にみんな恋愛に関しては自己中心的なのよ」
「それはないと思うけど……」
「あるのよ!全く、意外なところで頑固なんだから」
「えっごめんなさい…」
「ウソウソ。すぐ謝らないの!とにかく、あなたは本当に友達思いで優しくて素敵な人よ。」
「えっ?!え、、っと、ありがとう……」
「ほんとよ。お世辞じゃないわ」
「ありがとね、、」
びっくりした……!
梨々はよく他人を褒めている。
俺も褒めてもらえたことがあって、そのたびに心臓が跳ね上がるくらい嬉しくて恥ずかしかった。
だけど、普段はあんまり人を褒めているイメージのない清和さんに突然褒められると、梨々のときとは違う感覚で心臓が跳ね上がった。
もちろんすごく嬉しいけど、それよりも驚きが強い感覚。
そんな風に思ってもらえてたなんて思いもしなかったから……
「あー、その顔、私があんたのこと虫けらだとでも思ってると勘違いしてたでしょ!?」
「虫っ……!??そこまでは思ってないよ!」
「『そこまでは?』」
「あっ…えと、あの」
「てことはやっぱり私は普段他人を褒めない冷徹な人間だと思ってたわけかー」
「ちがうよ!ちがう!そういうことじゃなくて…」
「じゃなくて?なーに?」
「清和さんは自分にもすごく厳しいから、きっと世界をストイックに見てる人なんだろうなって思ってて……」
「うんうんそれで?」
「だから、そんなストイックな視点で褒められたら、
きっとそれは誇っていいんだろうなって。お世辞とか甘さとかを抜きにして褒められてる感じがするから…みんな褒められたときの嬉しさが倍で、すごく自信になるんだろうなって思ってるよ」
「それで隼くんは?」
「え?」
「隼くんは、そんな私に褒められて自信持てなかったの?」
「それは……」
「そっか~」
俺が清和さんの言葉を信じていないとか、喜んでないとか、そういうことでは決してない。
けど、清和さんの言うとおり、簡単には自信が持てないんだ…
俺は自分に興味がないのかもしれない。
それともちゃんと自分を見ていないのかもしれない。
他人に褒められても、何か結果を残しても、それが自分への絶対的な自信に繋がることはなかったんだ。
「ふーん。ま、仕方ないか!そういうところも隼くんの魅力なんだし」
「え、魅力!?」
「他人の言葉に簡単に靡かないからね~。なんとかして刺さる言葉を届けたい!って思わせちゃうような、そんな魅力」
「えーと……」
「ごめんねよくわからないわね」
「いや!俺の理解力の問題だよ!多分普通の人ならすぐに意味がわかるはず……」
「いいのよそんなに焦らなくて。」
また優しく笑われてしまった。
ああ、ほんとにどうして俺はこんなに全てにおいて鈍いんだろう………
これから先、大人になっていくのが不安だよ……
「あーっとタンマタンマ!私はあなたの自信の無さを加速させるために来たんじゃないわ!むしろ逆!
いい?とにかく隼くんは自分で思ってる以上に周りを見て行動できてるから、しばらくは自分の気持ちを優先してみてほしいの」
「自分の気持ち、か……」
「そう。優くんを応援したら梨々が、梨々を応援したら優くんが傷つくっていう状況なわけじゃない?
二人とも大事な隼くんにとっては、どちらかを選ぶことなんてできないはずなの。
だから、もういっそのこと自分を応援しちゃうのはどうかなーと思って」
「自分を応援?」
「そうよ。いい?隼くん、人生で本気になれる恋愛って、片手で数えられるくらいらしいのよ。もちろん1回もなく人生を終わらせてしまう人もいる。
だけどあなたは今、確実にそのうちの1回を経験しているのよ。
次にいつ本気の恋愛ができるかはわからない。
できないかもしれない。
だけど人生は一度きりで、しかも途中で巻きもどすこともできない。
それなら後悔なく……極端な話、明日もしこの世にいなくなっても後悔がなかったと言えるような生き方をしたくない?
今日までの当たり前が、明日からはそうじゃなくなってる可能性だってあるのよ」
確かにその通りだ………
明日もし俺がこの世にいなくなったら…なんて考えたことすらなかった。
だけど、清和さんの言うことは本当にそうだなと納得してしまう。
俺はこのままで、後悔しないんだろうか?
自分の気持ちもよくわからないまま。
他人の気持ちにも鈍感なまま。
幸せになってほしい人たちが、今何を考え何を求めているのか……そんな本人にしか分からないようなことを掴もうと右往左往したまま。
優や瑠千亜、五郎の会話の意味もわからないまま。
これで、いいんだろうか?
みんなに置いていかれるあの感覚をずっと感じ続けることに、俺は耐えられるのだろうか?
「ねえ隼くん。あなたはそのままでも十分に魅力的よ。私のお墨付きだもの。
でもそんな私が認めているからこそ、隼くんはもっともっと変われると思うの。
そしてもし変われたら、私や皆の褒め言葉をもっと素直に受け止められるようになると思うの。
そういう人生の方が、いいと思わない?」
他人の言葉を素直に受け止められるようになりたかった。
ずっとずっと、自分で自分を認めることができなかったから、他人の言葉にも素直に向き合うことができなかった。
だけどそんな自分を変えるなら、今しかないのかな?
このタイミングを逃せば、俺はこのまま変われないのかな?
それは嫌だ。
「俺は変わりたい……」
気がついたら言葉が口から出てしまっていた。
清和さんも一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「その気になってくれてよかった。隼くんなら絶対できるわ。私がずっと近くで応援するから」
清和さんの言葉が優しく胸に刺さった。
ほんの一瞬だけど、俺にもできるんじゃないかなって思うことができた。
「ありがとう清和さん。俺頑張るね」
恋愛は相手ありきのことだ。
だからこそ相手やその周りの環境に目が行きがちになるんだろう。
でも、その前に自分という存在に向き合えなければ何をしていいか分からなくなるのは当たり前だ。
「隼くん、やっぱり可愛いわねえ」
「え、かわいい!?」
「うんうん。母性本能くすぐられるわ~」
「ええっ今の会話のどこでそんな…」
「反応がいちいち可愛いからよ。さすがモテ男ね」
「いや…「いやじゃないでしょ!素直になるんじゃなかったの?」」
いつもの癖ですぐ否定しそうになったところをすかさず清和さんに遮られた。
「あ、ありがとう……ございます?」
「あははっ!なんで敬語なのよ!」
清和さんが珍しく大きな声で笑ってる。
こんなにゆっくり二人きりで話したことはなかったから、今日は清和さんの色んな面を見る事ができた気がした。
「よし!隼くんも無事自分を変えるために自己中心的になることを決めたことですし」
「自己中心になっちゃうの!?え、そこまでは言ってないよ!」
「まあ流石に言い過ぎたわね。いきなりそれは無理よね。ま、とりあえず、自分の気持ちに正直に生きることを決めたところで!私から一つ提案があるわ」
「提案?」
「そう。
隼くん。夏休みにある花火大会、梨々を誘ってよ」