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オーチスは目の前でその事を言われると椅子に座ったまま抗議した。しかし、ジュノーは真っ直ぐオーチスを見て答えた。
「あれは間違いなくオーチスじゃった。わしは耳はわるいが、目はそんなに悪くはないぞ。オーチス、お前は昨日は持ち場を離れてあの塔に一体何しに行ったんじゃ?」
ジュノーがそのことを言うと、オーチスは顔を青ざめながら戦慄が走った。
「嘘だ! それは私じゃない! 私じゃない! 何故、誰も私を信じてくれないんだ……!?」
オーチスは必死で訴えると、肩から力が抜けたように半ば放心状態になった。ケイバーは呆れた顔で黙って笑った。そして、これ以上の質問は聞いても意味がないとクロビスは判断すると隣にいたケイバーに一言命令した。彼に命令されるとケイバーは、ジュノーに持ち場に戻ってもいいと指示を出したのだった。老人の看守は用件が済むと、足早に出口へ向かって行った。そして、扉の前でうしろを振り返るとジュノーは不意に彼らに尋ねた。
「……オーチスはどうなる?」
ジュノーが不意にそのことを尋ねた。ケイバーは隣でクロビスの顔色をチラリと伺った。彼は何も言わずに黙ったままだった。ケイバーは自分の頭を片手でかきながら、あやふやな顔で答えた。
「さあな?」
年老いた看守はケイバーのその言葉に何も聞き返さず「そうか」と言って部屋を出て行った。老人の看守が部屋から去って行くと、ギュータスが戻ってきた。
「おい、クロビス見つけたぜ! やっぱりコイツは黒だ、間違えねえ!」
ギュータスがそう言って慌ただしく部屋に戻って来ると、彼は聞き返した。
「……ほう。何処にあった?」
「ベッドの脇の隅に落ちてたぜ、それも隠すようにな!」
彼の報告にクロビスは目を細めた。
「それはつまり、やはりコイツが黒というわけか――?」
そう話した途端、彼は鋭い目つきをさせた。
「飛んだ茶番をしてくれたなオーチス。お前にはツクヅク呆れてしまうぞ」
クロビスはそう言って鋭い目つきで彼を睨み付けたのだった。そこにいた全員の視線が一斉に彼に向けられた。オーチスは椅子の上で何故だと必死に訴えたのだった。それはまさに彼にとっては、悪夢のような状況だった。そんな彼に救いの手を差し伸べるものは誰もいなかった。絶望と怒りと恐怖が、彼の中を一気に襲った。それは荒波の如く押し寄せる、激しい感情だった。
「はやく紙を渡せ……!」
クロビスはギュータスから紙切れを受け取ると、さっそく中を確認した。
「ダモクレスの岬……!? ふふっ……あはははは……! あーっはっははははっ! ついに証拠を見つけたぞ! やはりお前は黒だったか! これを目の前にしてまだ私に言い訳をする気か!? なんて浅はかで愚かな奴なんだお前は! 滑稽すぎて言葉を失うぞ!」
クロビスはそう言い放つと大きな声で高笑いを上げたのだった。
「うそだぁ――っ! それは何かの間違いだ! 私では無い! それは私では……!」
オーチスの絶望に打ちのめされた慟哭の声は、拷問部屋の外まで響き渡った。だけどいくら嘆き悲しんで否定しても、目の前にある紙切れだけが真実を物語っていた。
「ええい、裏切り者の癖に今さら見苦しい言い訳はもう沢山だ! 私を散々コケにしやがって……!」
クロビスは躊躇いもなく、彼の顔を平手打ちしたのだった。オーチスは椅子の上で必死に訴えた。
「せ、せめて……! せめて筆跡鑑定をしてくれ……! そうすればきっとわかるはずだ、その字が私じゃないことが……!」
オーチスは取り乱したように必死にクロビスに訴えたが、ギュータスが横から口を挟んだ。
「ふざけんなこの裏切り者! これが何よりの証拠だ! テメーは看守の癖に俺達を裏切って囚人を逃がしたんだよ! 今さら泣き言を言ってるんじゃねぇ!」
ギュータスはその場で彼の腹部に鋭いパンチを一発くらわせた。オーチスは、椅子の上で苦しむと苦痛の表情を浮かべたのだった。
「わーった。わーった。んじゃあ、この俺が筆跡鑑定をしてやるよ! いいだろクロビス?」
ケイバーはひょうひょうとした口ぶりでクロビスにそう話した。馴れ馴れしいケイバーに舌打ちをすると、彼は勝手にしろと命じた。
「よかったなぁ~、オーチス。まだ信じてくれる奴がいてくれて、俺様に感謝しろよな? んじゃ、筆跡鑑定しますか!」
ケイバーはそう言うと早速ことを始めた。
「これはお前が書いた報告書だ。そしてこれは例の紙だ。字なんてものはどれでもいい、必要なのは字の照合だ。証拠が本人に結びつけば何んでもいいんだよ。お前が書いた過去の報告書から癖のある字を俺は選ぶ。なんなら紙とペンを渡してやるから、ここで書いてもいいぞ?」
淡々と話す彼を目の前にオーチスは緊張感で息を呑んだ。
「そうだな。ダモクレスの「ダ」の文字はお前は書き方に癖があるみたいだな。じゃあ、癖がある字の「ダ」をお前が書いた過去の報告書から1枚選んで照合してみようか?」
ケイバーはそう言うと淡々と作業を始めたのだった。
「……フン、茶番が!」
クロビスは呆れながら横で愚痴をこぼした。オーチスは緊張のあまりに、顔から異常なほどの汗を流した。
「さーてと、どうかな?」
ケイバ-はオーチスが書いた過去の報告書から「ダ」の文字を選ぶと、それを例の紙に書いてある「ダ」の文字と照合をしたのだった。
「ん~。これはやっぱりお前の字だな。ガルザ文字の「ダ」と、お前が書くガルザ文字の「ダ」は、やはり書く時に癖が出ているようだ。つまりだ。この紙に書いてある文字はどう見てもお前の字だ!」
ケイバーはそういうと、ニヤリと陰湿的な笑い方をしたのだった。