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「ふざけるな、それは断じて私ではない……! 何故だれも私を信じてくれないんだ……!?」

 オーチスは嘆くと椅子の上で深い悲しみに暮れた。そこにケイバーは追い討ちをかけるように一言言い返した。

「馬鹿かテメー? 字が物語ってんだよテメーがやりましたってな! この字は明らかにテメーの字だろ!?」

 彼はそう言い返すと目の前の机をバンと叩いた。

「泣きついてくるから仕方なく筆跡鑑定してやったのによ、なんだその態度は!? 普通はありがとうございましたじゃねーのかよ! 舐めてんじゃねーぞジジィ!」

 ケイバーは怒鳴り散らすと、彼の座っている椅子を足で蹴っ飛ばした。

「せめてもう一度、筆跡鑑定をしてくれ……! 頼む、このとおりだ……!」

 オーチスは椅子の上で必死に食い下がった。その哀れな姿に、クロビスは口を開いた。

「……フン、くだらん! 実にくだらんぞオーチス! 貴様はもはや黒だというのに、見苦しい足掻きをいつまでも続けて……! 私はお前の茶番に付き合ってるほど寛大ではないぞ!」

 クロビスは鞭を地面に叩きつけると怒りを露にした。

「くだらない余興はここまでだ、どいつもこいつも私を舐めやがって……!」

 彼はそう話すと、瞳を鋭くさせて言いはなった。

「だったら最後のチャンスをお前にくれてやる! ケイバー、紙とペンを渡してやれ! 私が直々に鑑定してやる! ただしこれが最後のチャンスだと思え!」

 クロビスがケイバーに指示をだすと、彼は紙とペンをオーチスに渡した。

「オーチス、テメーは等々クロビスの逆鱗に触れたようだな。大人しく足掻くのをやめとけば、今よりは楽に死ねたのにな。きっと死ぬ時は壮絶な苦しみを感じながらテメーは死ぬんだろうな。哀れな奴だよ本当に――。ま、頑張って最後まで足掻いてくれ。その方が俺は面白いからな。クククッ……んじゃ、がんばりな!」

 ケイバーは紙を渡す際に彼の耳もとで皮肉混じりに呟いたのだった。その言葉にオーチスはいかに彼らがこのタルタロスの中で恐怖の存在だということを思い知らされたのだった。体は凍りつき、背筋は冷たく血の気さえも引いてきた。

 なんて恐ろしい奴らなんだ……! 
 奴らは狂っている……! 
 まるで悪魔だ……!

 言葉では言い表せない恐怖がオーチスをさらに震えあがらせた。そして、恐怖の余りに持ている紙とペンが小刻みに震えた。オーチスは右手にペンを持ち、左手には紙を持たされた。研ぎ澄まされた緊張感が、彼の中に一気に押し寄せた。口元は震えて、歯がカチカチと歪な音をたてた。それは肌寒い寒さからの震えではなく緊張からの震えだった。

――これを書いたら私はどうなる? 

 オーチスの脳裏に不穏な予感が過ぎった。

 この世界に神がいるなら私を助けてくれ! 死にたくない! 死にたくない!

 オーチスは自分に襲い掛かる死の恐怖に全身の震えが止まらなかった。震えがピークに達したとき、左手に持っている紙が地面に落ちた。それをケイバーが拾うと彼の右手に持たせた。クロビスは冷酷な顔つきで話した。

「この紙に書いてある内容をそのまま同じように書け! 下手な小細工はしないようにな! 私は茶番が嫌いなんだ、わかったな!?」

 クロビスは紙に書いてある内容をオーチスに伝えると、それを彼に書かせた。周りの視線が彼に向けられた。迫りくる死の恐怖は確実に背後まで迫っていた。彼は恐怖に支配されながらも言われたとおりにそれを書くと、右手に持っているペンを書き終えたと同時に地面に落としたのだった。緊張の糸が切れたかのようにオーチスは椅子の上で疲れ果てた。ケイバーは背後でお疲れさんと一言言うと両肩を叩いて紙を回収したのだった。彼は精魂尽き果てた顔で、椅子の上で遠い故郷にいる家族のことを思った。

 あぁ、愛しき妻と子供たちよ。
 私は帰れそうにない。
 お前達を残して、私は先に死ぬかもしれない。
 不甲斐ない父親ですまなかった。
 もっと父親らしいことをお前達にしてやればよかった。
 そもそも家族を残して、こんな所に働きに来なければよかった。

 ここは悪魔の巣窟だ。
 人の仮面をかぶった悪魔が此処にはいる。
 それは冷酷で非道な悪魔達だ。
 この大地には法もなければ秩序もない。
 あるのは不条理な…――。

 私は無実だ。私はけして囚人を逃がしたりはしてない。
 この命にかけても……!

 オーチスは心の中で瞑想するとそのことを不意に思ったのだった。それは彼にとっての遺書であり、遺言のようなそんな想いだった。クロビスはケイバーから紙を手渡されると、それを見ながらもう一つの方も確認した。そして両方の確認を終えると、彼は口を開いてオーチスに告げた。

「フン、小賢しい真似を色々としてくれたな……! 手間を省かせて、この私をみくびった挙げ句がこれか!? 私をなめるなよ、何が無実だ! 何が私はしていないだ! 笑わすな! 私を散々こけにしやがって……!」

 その言葉にオーチスは、全身から血の気が退いて青ざめた。

「これを見ろ、この字は紛れもなく貴様の字ではないか!」

 クロビスはそういうと怒りを露にしながら、紙を地面に投げ捨てたのだった。

「信じて下さいクロビス様、わたしは本当に……!」

「ええい、うるさいうるさい! 私は信じると言う言葉が大嫌いなんだ! 何が信じるだ! 虫酸が走るとはまさにこの言葉だ! 信じた挙げ句がこのザマか、この愚か者め!」

 彼は怒りを露にしながら怒鳴り散らすと、鞭を大きく振り上げて力任せにオーチスを叩いた。再び彼の悲鳴が部屋の外にまで響いた。しかしここは閉ざされた恐怖の箱庭。恐怖と絶望だけが支配して、救いの者は誰も現れない。それが神にかわって現れる救いの天使さえも、この狂気が渦巻く牢獄には決して現れないだろう。それが絶望と呼ばれる極寒の大地。グラス・ガヴナンの死と恐怖の牢獄であった。暗黒のようなこの閉ざされた大地に神はいない。あるのは正気を失った人間の恐怖の支配だった――。

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