2
「し、信じられません……! これがあの人形ですか……!?」
アーバンはピノと握手をすると、思わずローゼフに聞き返した。
「ああ、そうだとも。お前が私にそう言ったのではないか、何をそんなに驚いているのだ?」
ローゼフがそう言って尋ねると、商人は少し焦った表情でこたえた。
「確かに愛玩ドールです。私も初めてこの目でみるので驚きました…――」
「そうなのか?」
「はい」
アーバンはそう答えると興味津々な顔でピノのことを見つめた。
「なんて素晴らしい……まるで作りが人間のようだ。いや、人形とは思えないくらいの出来ばえだ」
彼はそう呟くと、いきなりピノの右腕をガシッと掴んだ。
「見た目は人間のようですが、よくみると人形のような関節がありますね。いやぁ、実に興味深いです……」
商人が体に触れてくるとピノは嫌がって手を払いのけた。
「やだ、触らないで!」
「やめろアーバン! ピノに触るな!」
嫌がるピノを目にすると、ローゼフはアーバンに向かって怒鳴った。すると、彼ハッと我に返った。
「すみませんローゼフ伯爵、無礼をお許し下さい――」
アーバンはそう言って自分の帽子を脱ぐと、頭を下げて謝った。
「確かに愛玩ドールです! 実に素晴らしいですよローゼフ様、貴方様が描いたドールはまさに美の彫刻品ともいえます!」
アーバンはそう話すと嬉しそうな顔で笑った。
「あ、でもなぜ男の子に?」
「さあな。それが私にもわからんのだ……。あの時、理想を描くのが精一杯で人形の性別までは深く考えていなかった。それに半信半疑だったしな――」
彼はそう答えるとピノを自分の膝の上に乗せた。
「そ、そうですよね……! 確かに疑われても当然です!」
ローゼフは思っていたことを不意に口にした。
「ところアーバン、お前に1つ聞きたい事がある。この人形について教えろ」
「お、教えるも何も……。以前、貴方様に教えましたでしょ?」
「そうじゃない。この人形は誰が作った?」
「さあ、私も詳しくは知りませんが……。噂によるとその人形を作った者は少し変わった人間らしく、人間は愛せなく、逆に人形しか愛せない偏愛者だったそうです。なんでもその者は愚かな愛を人形に抱き、人ではく人形に愛を求めたのです。それが愛玩ドールが誕生した秘話とも言えます。いくら人形に愛を注いでも、愛を返せなくては意味がありません。彼はその偉業を成し遂げようと、自分の人生をかけて愛玩ドール作りに一生を捧げたのです――。まぁ、これはあくまでも噂なのでどこまでが本当の真実かはわかりませんが、私はそうだと信じております」
商人から愛玩ドールの話を聞くと、ローゼフは複雑な表情で聞き入った。
「そうだったのか。愛玩ドールにはそんな話が…――」
「まあ、そうですね。私だったら自分の一生をかけて慰めの人形作りに励むくらいなら手っ取り早く奥さんをみつけますけど」
彼はそう言って冗談混じりに話すと、テーブルの上に置いてあるクッキーのお皿に手をのばして一口食べたのだった。
「彼がどんな風にして愛玩ドールを作り上げたかは知りませんが、実際この目で今いるのですから彼は偉業を成し遂げたのでしょう――」
アーバンはそう言って話すとピノを興味津々な顔でジッと見つめた。
「その者はどうなった?」
「さあ、私にはわかりません。生きてるのか死んでいるのか……。彼の名前さえも、誰も知らないんですから――」
商人はそう言って答えると、座っていた椅子から立ち上がった。
「ではローゼフ伯爵、今日は素敵な骨董品のお買い上げありがとうございました。次回は東洋からあつめた珍しい骨董品などをお持ちします」
「ああ、次も頼んだぞアーバン」
商人はそう言って話すとローゼフに握手を求めた。そして、帰り際にピノに一言話しかけた。
「ではピノ、ご機嫌よう――」
アーバンはそこで優雅にお辞儀をすると、彼の部屋から出て行った。ピノは彼がいなくなるとローゼフの首に両手を回してぎゅっとしがみついてきた。そしてボソッと呟いた。
「ローゼフ、ボクあの人嫌い…――」
「ピノそんなことを言うんじゃない。まあ、確かにアーバンは少し変な男だか……」
ピノは急に頬っぺたを膨らますと、彼の膝の上から降りて部屋から出て行った。
「おい、どうした? 戻って来なさい。まったく、ピノの奴どうしたんだ? それにしても愛玩ドールか、実に興味深いな…――」
彼はフと呟くと椅子の上で考え込んだ。