13
「その手……その手についてるのはなんだ……?」
ジャントゥーユがそう言って手を掴むと、ギュータスは思わず自分の手を見て確認した。自分の手をみると、指先に黒いものが付着していたのだった。
「なんだコレ?」
鉄格子をさっき触っていたせいなのか、黒い煤のような錆のようなものが指先に僅かについていた。
「どうせ赤錆か汚れか何かだろ!? 気持ちわりぃ、その手を離せ!」
ギュータスは掴まれた手を振りほどくと触るなと言って手を振り払った。手を振り払われると、ジャントゥーユは再びギュータスの手を掴んだのだった。
「しつこい、俺に触るな!」
彼は強い口調でそう言ったが、ジャントゥーユは掴んだギュータスの手をジッと見たのだった。
「なっ、なんだよ……? まさか俺の爪が欲しいとか言う気じゃねーよな?」
ギュータスが冗談半分でそう話すと、ジャントゥーユは不気味にニターっと笑った。そして、何かをボソボソと話し始めた。
「これ違う……なにか違う……錆じゃない……でも違う……煤でもない……でもそうかも知れない……」
ジャントゥーユは突然意味不明なことを話すと、その場でブツブツと呟いたのだった。
「あああっ……これは……これは……」
ジャントゥーユは挙動不審になりながら、何かを繰り返しに呟いていた。ギュータスはそこで呆れると、一言言い返した。
「お前さっき壁に頭ぶつけてただろ? さっきので頭イカれたんじゃないのか、少し休めよ?」
彼は呆れながらそう話すと、手を振り払って牢屋の中に入って行った。ギュータスは牢屋の中に黙って入るなり、ボソッと呟いた。
「まったくよ、あいつの顔といい。ますます不気味だぜ…――」
牢屋の外では、ジャントゥーユが独り言をまだブツブツと呟いていた。
「ひょっとしたらアレかもしれない……いや、違うかもしれない……あれはまるで……まるで……赤い……赤い……そう、アレだ……赤いやつだ……!」
ジャントゥーユは不気味な独り言を呟くと、どこかの天井をポカーンとした顔で見ていた。そして、再び独り言を呟いた。
「皆……俺のこと……影で悪口言っている……アイツも俺のことバカにした……俺わかった……でもオーチス助けてやらない……アイツが死ぬところみたい……ウへ……ウヘヘヘ……」
ジャントゥーユは壊れた感じで不気味に笑うと、口からだらしないヨダレを垂らしてニタニタ笑ったのだった。ギュータスはジャントゥーユが使えないと判断すると、囚人が部屋のどこかに隠した紙切れを1人で探すことにした。
ギュータスは部屋の中を手当たり次第に物をひっくり返して、紙切れを再び探した。
「ちっ、どこだ!? どこに隠しやがった!?」
短気で気が短い彼は紙切れを探すのに苦戦をしていた。それもそのはず、チェスターの証言は本当に信用出来るとは限らなかったのだった。
実際に証拠をみるまでは信用が出来ないギュータスは必死でそれを探した。オーチスが囚人に渡したとされる紙切れはなかなかみつからなかった。そして、闇雲に時間ばかりが過ぎて行った。
役に立たないジャントゥーユは、今だに牢屋の外でブツブツと何かを呟いていて全く使えなかった。部屋の中を派手に荒らすと、ギュータスは怒りに震えた声で雄叫びを上げた。
「畜生、チェスターのあの野郎! 紙切れなんて全然みつからねえじゃねえか!? 頭にきたぜ! オーチスと纏めてアイツも一緒にブッ殺してやる!」
ギュータスは怒鳴り散らすと、部屋に備えてあった古い木のベッドをガシッと掴んだ。そして、力任せに投げ飛ばした。壁にぶつかるとその弾みで木のベッドは半壊したのだった。地面には壊れたベッドの木片が散乱していた。牢屋の中でギュータスが暴れていると、ジャントゥーユは再び我に返って牢屋の中に入って行った。
「ギュータス、紙切れはみつかったのか……?」
ジャントゥーユが不意に尋ねると、ギュータスは荒れた感じの口調で一言言い返した。
「ああん? 紙だと……? うるせぇ! こっちはさっきから必死で探してるのに呑気なことを俺に聞いてくるんじゃねぇ! だったらテメェが紙を探せ! 退け、交代だ!」
ギュータスは怒りを露にすると、ズカズカと牢屋の外に出たのだった。ジャントゥーユは黙って牢屋の出入口から退くと何も言わずに直ぐに牢屋の中に入って行った。ギュータスは牢屋の外から話しかけた。
「ボサッとしてねーで早く探せよ、次はお前が探す番だ!」
彼がそう言って急かすとジャントゥーユは牢屋の中で無言で佇んでいた。牢屋の中は滅茶苦茶に荒れていて、物が所々に散乱していたのだった。ギュータスはジャントゥーユに向かって、小バカにした感じで話した。
「この俺でさえ探すの手こずってるのに、お前ごときが簡単に見つけれるかよ! 第一、本当に紙切れがあるのかさえ嘘くせえ話だぜ!」
ギュータスはそう言って舌打ちしたのだった。そんな彼の態度とはうって代わりジャントゥーユは牢屋の中を冷静に見渡した。そして、自分の腰にぶら下げている絹の袋をあけるとそこからチーズの欠片を取り出して、もう片方の手でジャントゥーユは指を使って口笛を吹いた。するとその音にどっからともなくガサガサと、2匹のネズミが現れたのだった――。