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無駄な弁護と有用な雑貨

 閻魔庁に用事があって異世界通りに向かう。まだ日は高いので、妖狐の玄助が通っている。予想通り声をかけてくる。

「みゆみゆ~」

雪女の妖怪の格は高のに、この呼び方では、下っ端の小鬼並みに聞こえてしまう。妖狐の格も低くはないので、玄助になら仕方ないのかもしれない。

「深雪って強いんだよね?」
「どうしたのです?」
「この前雲龍入道の所で、大蛇丸って妖しにお金むしり取られたんだ」

他所(よそ)の雑貨店に行って恐喝されて帰って来た。大蛇丸は人間型の妖しで、目が蛇眼であるのと、舌が二股に分かれている。取り返してという話かもしれない。

「感触を知りたいものがあったから行ったんだけど、一緒に行ってもらうのも酷いよね」
「取り返してと言われるかと思いました」
「バッタン織機で織った平織りのマット仕入れてよ。大蛇丸より強いのは分かっているけどさ。平和主義だし」

玄助は閻魔庁とは反対方向に走り去っていく。

「こちらも姑獲鳥(うぶめ)さんの件に出向かないといけません」

代言人という弁護士はいるものの、この時代では頼りない。彼女は悪くなさそうなのに、有罪は決まったようなもので、憂鬱な気分で審理に参加する。

 代言人北村喜久雄は臆せずに小鬼を睨みつける。姑獲鳥(うぶめ)に付いたのは妖しの代言人ではない。代言人制度が始まったのは明治5年。刑事事件に至っては15年にならないと付かない。閻魔庁では刑事事件の代言人をいち早く付け始めた。新政府から派遣してもらって付けられるというわけだ。

「異議申し上げます」

欧州から知識を取り入れた。しかし人材育成は追い付かず、法律も覚えていないような奴が代言人をする。小鬼はそんな奴の弁護など恐れるに足りない。

「申してみい」

喜久雄は二言三言弁護をしたのだが、全て却下された。深雪は自分から動くことの大切さを感じる。

「何の弁護にもなっていません。時間かかるだけです……」

 深雪は帰ってくる。今日の雑貨店は特に寒い。隣の建物に工事用の壁が作られていて風の出入りが減っている。いつもより5度は下っている。

「寒くなりすぎはしてないかしら」

定期的に来てくれる木村さんに渡す注文表の束の作成は終わっている。
 次何をしようと思った時、裏口の呼び鈴が鳴る。猪笹王(いっぽんだたら)という妖しだ。一つ目一つ足の猪で、こんな時間にはいるはずのない強力な悪鬼だ。猪妖怪は暑がりらしく、深雪の雑貨店の温度に目を細めて気持ち良さそうな顔をする。

「珍しいお客さまですね」

深雪の言葉が不安そうだったのか、猪妖怪のほうからフォローがある。

「歯ブラシなんですけど、豚毛のものばかりで不快なので、他の毛のものを頼みたいのです」

歯磨き習慣ができたのは最近のことだ。猪妖怪もするようになったというのは驚きかもしれない。カタログを見て手近な注文表に書き込む。

「馬毛のものを発注できます。……納品の際は襲わないでくださいまし」
「雪女の妖力は確かに興味はありますが、注文する手前襲いません」

玄助は妖力に興味あるのかよと眉をひそめ、それを見た深雪は返り討ちですけどと涼しい顔をする。猪からすると、同族の豚からむしり取った毛のものは使いたくないのだろう。

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