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極寒の大地――グラス・ガヴナン。巨大な要塞の建物の中にあるタルタロスの牢獄には、幽閉されて何年も鎖に繋がれた少年がいた。彼には名前は無い。あったとしても彼にはもう、遠い記憶の過去の一部でしかない。ここでは彼はこう呼ばれていた。呪われた″異端の子供″と。
薄暗闇の牢屋の中に僅かな光が差し込む。少年は、その光を何年もずっと薄暗闇の牢屋の中でそれを見続けた。薄い布を纏った少年は極寒の大地に吹き荒れる冷たい風に幼い体を小さく震わせながら、じっと牢屋の中で耐え続けなければならなかった。
タルタロスの牢獄は、湿った空気と暗闇と異臭に満ちていた。時おり誰が歩く足の靴音が、鎖に繋がれた少年のいる牢屋の辺りまで聞こえていた。少年は一言も声を出さずにジッと牢屋の外を黙って見ていた。
少年はわかっていた。例え喉が渇れるまで泣き叫んでも、誰も助けにはこない事を。鎖に繋がれた両手で少年は小さな石の破片を拾い、石で出来た壁に何かを削るように壁に書いた。
壁には1の数字がひたすら並んでいた。少年は数字を書くことで、流れる月日数えていたのだった。暗闇の牢屋に閉じ込められた少年は、今が夜なのか昼かさえもわからない。僅かな光が差し込むことで今が昼だと少年はやっと気がつく。気が狂いそうな日常に少年は長い間ひたすら耐え続けた。そして、時おり爪を噛んでは、自分の中で混み上がる怒りの感情をおさえたのだった。
――その時の少年は、ろくに食べ物も与えられずに飢えに苦しんだ。痩せ細って動けなくなると、たまに看守が少年に食事を与えた。少年は食事を与えられると、あわてて無我夢中で貪りながら食べた。
その様子を看守は離れた所で冷たく せせら笑いを浮かべたのだった。そんなある日、2人の看守が少年に食事を与えにきた。少年は痩せ細ってしまって、また動けなくなっていた。すると1人の看守が少年に食事を与えた。
「そら、ありがたい食事をワザワザ持ってきてやったぞ! 俺達に感謝しろよな!?」
黒髪の若い看守は薄ら笑いを浮かべながら、あるものを少年の目の前に突きつけた。
「どうだ、見ろよ。うまそうだろ?」
黒髪の若い看守は少年の目の前に、死んだネズミの死骸を見せつけたのだった。少年はそれを目の前にして絶句した。看守は悪魔の顔をしながら少年を背後で殴りつけると、その場で地面に両手をつかせた。その様子をもう1人の看守が冷酷な表情で、くすりと笑いながら傍観したのだった。