スターカの種
袋から出された種は、誰も見たことの無いものだった。エリゼオがそれを見て、袋の中身について言った。
「スターカという植物の種だ。説明するより実践したほうが早い」
「実践?」
「そうだ。ものは試し、食ってみな」
袋を差し出され、三人は困惑する。木の実を食べることはあっても、種を食べることはなかった。赤い光沢を放っており、ぱっと見で辛そうなものだと感じさせる。
とはいえ、断る理由もない。ギリーが恐る恐る袋に手を入れ、一粒とってみる。硬さはほかの種とさほど変わりはなく、食べられるものと認識できる硬さではない。よく見てみると種はマーブル柄で赤と濃いオレンジ色になっている。
ギリーは島にいた色の派手な虫やキノコを思い出す。警戒色。自然において、生物の持つ派手な色は主に有毒であることを示す。そうした記憶が蘇り、一瞬食べることをためらってしまった。
勿論エリゼオにそういった意図が全くないことは分かっている。だが、これは本当に「人間」が食べても大丈夫なものなのだろうか?エルフだから食べられる、なんてことがあったり…
「こんな派手な色をした植物の種があるのか」
レストリーがギリーの持っている種に見入っている。警戒、というよりは好奇の目だ。ギリーとは違って、食べることに対する恐怖も全くなさそうだ。
「お、坊主が先に食うか?」
「いいのか?なら貰うぞ」
レストリーは嬉しそうにスターカの種を受け取ると、一切の躊躇なく口へと放り込んだ。
「なんだ?美味いな、これ」
どうなるのか不思議そうに様子を見ているギリーとルーチャを他所に、バリボリと音を立てながら少年は感想を述べる。
「ギリーとルーチャも食べてみろよ。人間が食べても大丈夫そうだぞ」
「はは、見透かされてたか…」
聡いレストリーに促されるまま、ギリーは手元にある派手な色をした種を口に放り込む。ルーチャもそれをみて種の端をかじる。ギリーが口の中でかみ砕こうとした瞬間…
「ッ!!ひーッ」
突然情けない声が上がる。声の主は種を噛みしめ始めたギリー、ではなくレストリーだった。
「かっ、辛い!」
レストリーは目を強く瞑りながら舌を出している。開いた口には何もなく、すでに種自体は飲み込んだようだが、味が口の中に残っていたらしい。
レストリーがこうなったということは…
「うっ!」
「あっ…」
ギリーとルーチャがそれぞれ辛さに悶え始める。噛み始めた最初は口の中に旨味が広がるが、時間差で辛みが訪れる。舌にこびりつくような痛みを感じ、つばを飲み込もうか外気に舌を晒そうが痛みはなかなかひかず、水が欲しくなる。
「ははは。そう、この種は滅茶苦茶辛いんだ。黙って渡して悪かったな」
「悪かったと思ってるやつの顔じゃないんだよな」
「そんなこと言わずに、な?飲みもんをやるからちょっと待ってな」
辛さに悶えている三人から目を離し、エリゼオは少し離れた葉の生い茂る木の元へ歩いていく。
人の手のひらほどの大きさを持つ葉を見繕ってちぎる。それを持って三人の元へ戻り、エリゼオは腰に提げた袋から小さな水筒を取り出し逆さまにする。
「お、おい。そんなことしたら零れるんじゃ…」
咄嗟に声をかけたレストリーを他所に、エリゼオの水筒から濃褐色の液体が出てくる。が、粘性を持っているのか、水筒の口からなかなか落ちない。大きな一滴になったところで、中身を振り落とす。葉の上に乗った謎のプルプルと揺れる液体。三人はそれを受け取り、物は試しと口をつけてみる。すると独特の味と共に、口の中から辛みが拭い去られていった。
「ああ、助かった…」
「だな。ああいうのはもうこりごりだ」
「にしてもこれ、薬か?苦いな」
レストリーが顔をしかめながら渡された液体ののっていた葉を眺めている。すでに飲み干してしまっているが、随分と奇妙なものだった。
「確かに癖のある味だったけど、そんなに苦かったか?」
「ボクはこの味、好きだけどな。味だけで言えばボクのいた世界にも似たようなものがあったかも。ちょっと甘いような気もするけど…これってどういうものなの?薬?飲み物?」
ルーチャには思い当たるところがあるようで、確認を取るかのように尋ねる。
「カフワ、という飲み物に樹液を合わせたものだ。樹液を混ぜない原液は苦みが強いから通好みの飲み物として飲まれてるな」
「へえ、ならボクの知ってる飲み物はそれかもしれないな。豆を焙煎して作るんじゃない?」
「おお、そうだな。他の世界でも飲まれてるものなのか」
世界が異なっても、同じものが出てきたりすると少しうれしくなる。また、扱いも変わってくるためにその世界との価値観や文化の違いが見えて面白いというのもある。
「俺は原液の苦みが苦手だからこうやって混ぜたものを持ってるんだ。辛味にも効くからってことでこの種の付け合わせとして飲まれたりもしてる」
「そんな効果があるんだ!一緒なのかな、ボクの世界のものと」
「飲むと眠れなくなったりは?」
「するね」
「なら一緒なんじゃないか?飲み方が違うだけで」
「ならそうなのかも」
さっきの苦悶はどこへ行ったのか、呑気に話をしているのだった。