108章 親にとっての子供
キッチンに別の女の子が姿を見せた。身長がサラよりも高いこと、顔の形が似ていることから、サラのおねえちゃんと思われる。
女の子は店長に優しい声をかけた。
「おとうさん、身体をしっかりと休めよう」
おとうさんと呼んでいることから、サラの姉であるのは確実だ。フタバの家族は二人以上のきょうだいがいるようだ。
アカネはちいさいときに、親の体調を気遣ったことはなかった。それゆえ、アイコはものすごくしっかりとしているように感じた。
娘に心配されたからか、父親の頬が緩んでいた。娘から心配されるのは、本当に嬉しいことなのかもしれない。
「アイコ、ありがとう」
サラ、アイコか。女性らしさを感じさせる、とってもかわいい名前だと思った。
アイコはこちらに視線を向けると、瞳をときめかせていた。
「もしかして、アカネさんですか?」
サラとは異なり、アカネのことを認知している。8歳くらいになると、年齢の識別をつけられるようになるのかな。
「うん。そうだよ」
アカネであることを知ると、アイコは瞳をウルウルとさせていた。
「プライベートで会えるなんて、感動で胸がいっぱいです」
大人だけでなく、小さな子供からも英雄扱いをされるとは。そのことに対して、気分は大きく落ち込むこととなった。
「アカネさん、握手をしてください」
アカネは手を差し出しながら、アイドルの握手会を思い浮かべる。彼女たちはどのような心境
で、手を差し出しているのだろうか。
「うん、いいよ」
アイコは勢いよく、アカネの掌を掴む。子供とは思えないほどの、パワーが秘められていた。
「パパ、アカネさんと握手できたよ」
店主の目尻の皺が緩む。厳格な父親は、優しい父親へと変化を遂げていた。ラーメンを作って
いるとき、子供と接しているときで表情を変えているのかもしれない。
子供の手は大人と比べると、小さめとなっている。そのことが、かわいらしさをおおいに演出している。
アイコはゆっくりと手を離す。
「アカネさん、ありがとうございます」
これで終わりかなと思っていると、アイコは握っていないほうの手を差し出す。
「左手も握ってもらえますか?」
アイコが左手を差し出してきたので、アカネも同じ方の手を差し出す。
「アカネさんの手はとても温かいです」
子供と手を繋いでいると、出産したいという気持ちが少しだけ芽生えることとなった。五年
後、一〇年後には母親になろうかな。
アイコの左手が離れると、寂しさを感じることとなった。
「アカネさん、ありがとうございます」
アイコは握った両手を見つめていた。
「今日は両手を洗いません」
無邪気に喜んでいるところを見て、自分の少女時代を思い出す。8歳くらいのときは、人生に
大きな希望を持っていた。絶対にできないことであっても、叶えられると信じていた。
「子供はとってもかわいいなぁ」
子供を褒められたことが嬉しかったのか、店主は満面の笑みを見せる。
「サラ、アイコは自慢の娘たちなんだ。かわいさだけでいうなら、よそには絶対に負けない」
ココアが同意する。子供を持っている親同士で通じるものがあるのかなと思った。
「そうですね。自分の子供は本当にかわいいです」
「ココアさん、次は子供をつれてこないかい」
「はい。かわいい子供たちを連れてきたいです」
二人は子供自慢大会をしていた。その様子を見ていると、親バカというのはどこにもいるのかなと思ってしまった。