91章 一触即発
ゴッドサマーは仕事を受けるために、セカンドライフの住民に頭を下げる日々を送っていた。
裏世界の住民に攻撃された過去があるからか、住民の評判は地を這うレベルだった。頭を下げようとする、ゴッドサマーに対して、明らかな敵意を向けていた。
住民から敵意を向けられたとしても、ゴッドサマーは顔色一つ変えることはなかった。仕事を取るためには、プライドを完全に捨てていた。なりふり構わない姿勢に、アリアリトウの住民を助けるという強い意志を感じさせる。
アカネは現実世界にいたときに、本気で助けたいと思えたのは、自分の家族くらいだった。赤の他人を本気で救う気持ちは芽生えなかった。それゆえ、赤の他人のために頑張ろうとする者が滑稽に感じられる。
家のドアがとんとんされたので、アカネは扉の方に向かっていった。
ドアを開けると、憔悴しきったゴッドサマーが立っていた。顔色が悪いからか、ドラゴンゾンビさながらである。見慣れていない人なら、近づこうとはしないだろう。
「ゴッドサマー、おつかれさま」
ゴッドサマーは大きなため息をついた。
「人間の警戒心は強いのう。どうしたら解けるのかな」
人間はマイナスのことを、強烈に脳裏に焼き付ける生き物である。
「地道にやるしかなさそうだね」
ゴッドサマーは大きなため息をついた。
「頭を下げ続けてから、2週間が経過しようとしている。そろそろ成果を出したいのじゃ」
14日間も頭を下げているにもかかわらず、進展は全く見られなかった。このままでは、1ヵ月、2ヵ月たっても、厳しいような印象を受ける。
「私が助っ人として参加するよ。そうすれば、少しはよくなるんじゃないかな」
一人で状況を打開してほしいところだけど、このままでは埒が明かない。アカネが一緒に回ることで、状況が好転させていきたい。
明日は9~16時まで、子供に絵本を読む仕事がある。ゴッドサマーと一緒に回れるのは、それ以外の時間となる。
絵本を読む仕事の報酬は3000ゴールド。簡単な仕事ということもあり、報酬はかなり抑えられている。お昼ご飯を持参する必要があり、トータルはさらに安くなる。ただ働き同然の仕事とな
っている。
肩をがっくりと落している、ゴッドサマーに対して、アカネは温かい言葉をかける。
「ご飯を食べて元気を出そう」
精神的につらいときは、ご飯を腹いっぱい食べればいい。体内に回った栄養が、苦しみを軽減してくれる。
「アカネ、ありがとう」
ご飯の準備をしていると、玄関がノックされた。
「アカネ先輩、こんにちは」
「ユラ、いらっしゃい」
長時間労働で疲れているのか、身体が左右に揺れていた。
「18時間勤務の連続で、身体はクタクタです。回復魔法をかけてください」
「わかった」
長時間労働をした女性に対して、回復魔法を使用する。1分としないうちに、身体が元気になっていた。
「アカネ先輩、ありがとうございます」
18時間勤務を続けていたら、身体はあっという間に壊れることになる。労働環境の改善は急務といえる。
ユラはゴッドサマーを指さすと、
「このへんちくりんな生き物は何ですか?」
といった。ゴッドサマーは聞き捨てならなかったのか、眉間に皺を寄せていた。
「へんちくりんとは失礼な奴じゃ」
失言を発した女性に対して、アカネは注意をする。
「ユラ、失礼なことはいわないように」
ゴッドサマーの機嫌を損ねようものなら、一瞬で墓場行きとなる。長生きをしたいのであれば、機嫌を損ねてはいけないのである。
ユラは話を聞いていなかったのか、失言を連発することとなった。
「見た目が明らかにおかしいです。こちらの住民ではありません」
ユラの視線は、ゴッドサマーの角に向けられていた。
「ゴッドサマーはアリアリトウからやってきたの」
「アリアリトウ?」
「『セカンドライフの街』から遠いところにあるみたいなの」
「そうなんですね」
ゴッドサマーは頭にきているらしく、ユラを指さしていた。
「アカネ、この女は誰だ?」
「私の友達だよ」
現実世界の後輩といってしまうと、話がややこしくなる。ぼかした表現を使用することにした。
「ものすごく失礼な奴じゃのう」
ユラはむっとした表情になった。
「失礼も何も、本当のことじゃないですか。見た目、名前のどちらも、へんちくりんです」
見た目だけではなく、名前をけなしたことで火が付いた。コッドサマーの顔面は真っ赤になっており、本気で怒っているのが伝わってくる。
「ゴッドサマーは呪術を使えるんだよ。機嫌を損ねようものなら、タダではすまないよ」
ゴッドサマーに力があることを知り、ユラはあたてふためいていた。
「アカネ先輩、どうしたらいいんですか?」
現実社会の後輩を助けるために、ユラに変わって頭を下げる。
「私に免じて、ユラのことを許してあげて」
ゴッドサマーは腕組みをした状態で、数回頷いていた。その姿は現実世界の社長に、どことなく似ているように感じられた。
「アカネにはたくさんの恩がある。そなたがいうのであれば、水に流すことにする」
最大の危機を脱することができて、アカネは大いに安堵していた。家の中で暴れられたら、どうしようかと思っていた。