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88章 仕事地獄を押し付けられそうになる

 ゴッドサマーは負けたにもかかわらず、腕組みをしている。負けたときくらいは、謙遜になった方がいいのではなかろうか。

「アカネのことを、わらわの世界に轟かせておく。おぬしの仕事を100倍にできるぞ。稼ぎは現在の10000倍くらいになるかもしれないぞ」

 ただでさえ忙しい仕事を100倍にされたら、スローライフは完全に崩壊する。それだけは、絶対に阻止する必要がある。 

「やめてください。私はスローライフを楽しみたいんです」

 第三者に干渉されることなく、ゆったりとしたマイライフを楽しみたい。誰かの依頼を受けるために、こちらに転生したわけではない。

「力を確認するためにやってきたんでしょう。用件が済んだなら、帰ってください」

 家に戻ろうとする前に、ゴッドサマーは話しかけてきた。

「わらわの街では、いろいろなものが暴れまわっておる。アカネにそれを退治してほしいのじ
ゃ」

「そちらの住民でやればいいでしょう。私の手を煩わせる必要はない」

 スローライフを楽しむためには、まったく必要のないことである。アカネは一ミリたりとも、やりたいとは思わなかった。

「わらわの街は強いものがたくさんいるのは事実だ。ただ、それだけではどうしようもないのじ
ゃ」

 アカネはいつにもなく声がとがっていた。

「どうしてなの」

「魔物退治をするところは、空気がないのじゃ。それゆえ、立ち入ることすらできないのだ」

 ゴッドサマーの街に住んでいる住民は、空気を必要とするのか。その部分については、人間と同じだ。

 裏世界の住民は空気が必要なかったはず。アカネは彼らを紹介することにした。

「裏世界の住民に要請するのはどうですか」

「あれくらいの力では、魔物に太刀打ちするのは無理だ。全員でかかったとしても、100パーセントの確率で瞬殺される」

 裏世界の住民を一瞬で全滅させる能力を持つのか。魔物の強さはかなりのレベルに達しているようだ。

「おぬしは絶対防御のスキルを持っている。魔物の攻撃をすべて無効化できるのであれば、勝機はあるはずだ」

 ゴッドサマーの話を聞いていると、魔物はとてつもなく強いことが伝わってきた。そんな相手と戦ったら、スローライフは完全に崩壊する。

「こちらの仕事で手一杯なの。そちらにかまっている余裕はない」

「そちらの仕事が終わったら、わらわの業務を引き受けてほしいのじゃ」

「50年先まで仕事は埋まっている。あなたたちにかまっている余裕はない」

 これからも仕事は増え続けていき、100年後、200年後まで仕事する状況になるはずだ。スローライフは幻に終わった。

「アカネは大変じゃのう。わらわが力になれることはないか」

「なれるかもしれないし、なれないかもしれないね」

「わらわたちに依頼内容を聞かせるのじゃ。できそうな業務なら、喜んで協力させてもらうぞ」

 第三者は勝手に入ってくるなといいたいところだけど、猫の手を借りたい気分であるのも確かだった。アカネは仕事の依頼リストを、ゴッドサマーに見せることにした。

 ゴッドサマーは仕事の依頼リストに目を通すと、首を縦に何度も降っていた。

「なるほど。多くの仕事はできそうじゃ」

 仕事をしようとしている魔物に対して、冷たい視線を送った。ゴッドサマーは意図を汲み取ったのか、顔をしかめていた。

「仕事を与えられるのは名誉なことじゃ。わらわの世界では、仕事のない者で溢れかえっておるからのう。アリアリトウの90パーセントはホームネインじゃ」

「ホームネイン?」

「自分の家を持たないもののことをさす」

 ホームレスをホームネインに置き換えたのか。言い方を変えるだけで、意味はまったくわからなくなる。

「家のないものの大半は、ご飯を食べることすらままならないのじゃ。それをどうかしたいのじゃが、仕事がないことにはどうしようもないのじゃ」

「働かざる者は食うべからず」は、どこの世界においても共通だ。これだけは変わることはなさそうだ。

「おぬしの仕事をいくらか分けてくれんか。収入さえあれば、たくさんの貧しい人に食料を届けることができる」

「そちらの国には溢れんばかりの仕事があるんじゃないの」

「アカネのような特別な能力を持った者だけができる仕事ばかりなのじゃ。空気のないところによる魔物退治、誰も入れないくらいに汚染されたところの水質調査、大量の地雷撤去、核爆弾除去といったものが大半を占めておる。報酬はいいのじゃが、誰も手を出せないものばかりなのじゃ」

 仕事があまりにも特殊すぎる。コンビニやスーパーの店員といった、働き方は用意されていないのだろうか。

「誰でもできる仕事はないの?」

「昔はあったんじゃが、コンピュータに奪われてしまったんじゃ。残っているのは、誰もやれないようなものばかりじゃ」

 コンピュータを進化させたことで、人間の仕事がなくなってしまうとは。便利になることはいいことづくめではないのかもしれない。

「魔物退治、地雷撤去、核爆弾の除去は長年の課題となっておるのじゃ。アカネ、やってくれないか」

 地雷撤去は地雷を爆破させるだけなので、5分とかからない。それにもかかわらず、まったく乗り気ではなかった。

「善処しますね」

「善処します」は最初から、やる気のない人間のいう言葉だ。アカネには仕事を引き受けるつもりはなかった。

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