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執事に任せたら物語が短縮されたので推しに早く会えそうです

リヒトの『俺に考えあります』と言う発言を聞いてから数日後――

「お嬢様、お喜び下さい。たった今ユリウス様とカトレア様が、アザレア様を養子としてラナンキュラス邸に迎え入れたそうですよ」

「……っ!」

わたくしは持っていたティーカップをそのまま下に向けると、中に入っていた紅茶を全て地面へと流した。

それから数秒間体を硬直させていたわたくしは、はっとして我に返りティーカップを勢いよく机に置いた。

「ちょっ! ど、どういう事ですか?! アザレアがもうラナンキュラス家に入ったですって?! で、でも本来ならもう少し先のはずです! なのに一体……」

一体何があったと言うのですか?

まさか本当にリヒトが何かしたの?!

「思ったよりも慌てた様子ですね。てっきり直ぐにお喜びになって、その辺をピョンピョンとうさぎの如く飛び回るのかと思いましたよ」

「あなたはわたくしを何だと思っているのよ……!」

わたくしは額に手を当てながら椅子に座り直した。そして軽く溜め息をこぼす。

まさかこんな短期間で、アザレアがラナンキュラス家に入る事になるだなんて予想していませんでした。もちろんこれは喜ばしい事ではあります。

しかし納得が行かなかった。

「リヒト。もちろん報告はしてくれるのですよね?」

「ええ、もちろんですお嬢様。だからこうして、報告書と一緒にお嬢様の元へ来たのですから」

リヒトはあの発言をしてから直ぐまた、わたくしに別の使用人を付けると三日間ロベリア邸から離れていました。

お父様にリヒトの行方を聞いても全然教えてくれなくて、夜にこっそりと彼の部屋に忍び込んでみても、行方を示した手掛かりは見つからず、仕方なくこうしてリヒトをの帰りを待っていたわけですが。

わたくしはリヒトの右手の中にある薄い報告書を見て嫌な予感を走らせた。

前にアザレア探しを頼んで持ってきた報告書は、一冊の本に出来るほどの量だったと言うのに、今回はそれよりも薄い量で済んでいる。

ぱっと見て報告書三枚分ってところかしら?

と言うことは、今回の事で彼がこの件に費やした時間は極わずかと言う事になります。

その極わずかな時間の中で、彼はアザレアをラナンキュラス家に入れる事までして見せた。

これは……彼の話に期待が出来ると同時に、話を聞くのが少し怖いと思ってしまう。

本当に彼はカンナ・ロベリアの執事として有能すぎるのです。

「では、俺が何をしたのか簡潔に説明させて頂きます。ダラダラと長々しく話しても、お嬢様のお時間が無駄になってしまいますから」

「そうね、この後は久しぶりにヴァイオリンのレッスンも控えてますし、手短にお願いします」

「………はぁ、分かりました」

と、何故か溜め息をついているリヒトに首を傾げていると、彼は持っていた報告書の蓋を開けた。

「とは言いましても、俺はほとんど何もしていません。俺がしたのは情報の共有と時間短縮です」

「情報共有と時間短縮?」

「はい。まず俺はお嬢様の側を離れた後、そのままラナンキュラス邸へと足を運びました。するとそこでタイミングよく、カトレア様が街へ花を買いに出かけようとしているところに遭遇しました」

リヒトはそう言って持っていた報告書の紙を一枚めくる。

「俺はカトレア様の話に合わせて、『今日はユリウス様とご一緒ではどうでしょうか?』と助言したところ、ちょうどカトレア様に用事があったユリウス様が屋敷から出て来られ、俺が『カトレア様が花を買いに行くそうですね』と言ったところ、ユリウス様が『では我も行こうか』と言い、俺もお二人に付き添う形で、一緒にアザレア様のところへ花を買いに行きました」

「ちょっっっと待ったぁぁぁぁ!!! あ、あなたまさか!! このわたくしよりも先に、アザレアと顔を合わせたと言うのですか!?!」

わたくしは体を震わせながら青い顔を浮かべた。

な、何てことなの……! 本来ならまだ会うはずのない二人だと言うのに、リヒトは……リヒトは勝手に一人でアザレアのところに!!

「ちょっと落ち着いて下さい、お嬢様。確かに俺はご夫妻に付き添いましたが、アザレア様とは会っていません」

「えっ……じゃ、じゃあどうしてご夫妻に付き添ったのよ?」

「それはこれをユリウス様にお渡しするためです」

そう言って彼はわたくしのために用意した報告書の紙束と、数人の顔写真が移されたアルバムを机の上に置いた。

「こ、これってあなたがわたくしに書いた報告書じゃない。それにこれは……子供の顔写真?」

「ええ、俺はこれをユリウス様にお渡しするために、わざわざお二人に付き添ったんです。この報告書はカトレア様と別れた後にお渡しした物ですが、この顔写真が写った物は、俺からお二人に『養子候補』として提示させて頂いた物です」

「よ、養子候補?!」

な、何でリヒトがそんな事するのですか?! しかもわざわざお二人が居るところで……!

「まぁ、これはあくまで俺がお二人の養子になる気はありませんと言う意思表示であったんですけど、狙いはそこではありません」

「で、ではどうして?」

「それはカトレア様ご本人から、養子にしたいと思っている子の話をしやすくさせるためです」

「えっ……えぇぇ……」

そんな回りくどいことする必要ありますか? そこはもう直球に養子についての話に触れれば良いのでは?
 
「お嬢様、何事にもきっかけと言う物は大事です。ただ何も考えず猪突猛進に突き進むのではなく、一回冷静になって周りを見てみるべきです。そうすればきっと、目の前に居る人が自分に何かを伝えようとしている事に、気づく事が出来るのですから」

「ねぇ、とても良いこと言っているように聞こえるけど、何故かしら物凄く腹が立つんだけど?」

遠回しにフィリックスの事を混ぜて話してない? これは気のせい? 気のせいで良いのかしら?

「ユリウス様は俺が出した養子候補を出して表情を歪めましたよ。そして直ぐにカトレア様が何かを言いたげにしている事に気が付きました」

「はいはい、話し続けなさいよ」

リヒトは二枚目の報告書をめくると話を続ける。

「ユリウス様はカトレア様の話を聞いて、直ぐにアザレア様と会う事を決めました。俺は街に着いたと同時に、直ぐにお二人から離れて影で様子を伺っていました。しばらく様子を見ていたところ、お二人共笑顔でアザレア様と楽しくお話をされていました。そして後は上手く事が運びお嬢様が願った通り、ラナンキュラス家の養子として彼女は迎え入れられました」

「なるほど……ね。あなたがやった事はつまり――『物語の短縮』なのね」

「はい、その通りです」

物語の短縮法――ただゲームの本編に忠実に行くのではなく、物語の一部を端折る事でお話が一気に進む方法。

確かにこの方法を取る事で、アザレアは予定よりも早くラナンキュラス邸に入る事が出来ました。

と言う事はつまり――

「わたくしがアザレアと早く会う事が出来るようになったじゃない!」

わたくしは瞳をランランと輝かせて椅子から立ち上がった。

「リヒト! 直ぐに手紙を出すから紙とペンを持ってきてちょうだい!」

「はい、かしこまりましたお嬢様」

そう言ってリヒトは軽く頭を下げると、持っていた報告書やらをまとめると屋敷の中へ戻って行く。

「あれ……でも」

リヒトはどうやってアザレアを奴隷から開放させたのよ? なんて考えが一瞬頭を過ぎったけど、きっとリヒトから報告を受けたユリウス様が早急に対処したのですね。

そう思ったわたくしはアザレアと会える事を心待ちにしながら空を見上げた。


☆  ☆  ☆


「本当にお嬢様は人の話を最後まで聞きませんね」

そう言いながら俺は『養子候補』と書かれたアルバムをめくった。確かに養子候補と書かれたアルバムの表紙には、数人の子供の写真が載せてある。

しかし中身はまったく別の内容が書かれている。

俺がお嬢様に見せた報告書はフェイクだ。本当の報告書はこっち、養子候補に書かれた内容だ。さっき報告書を見ながらお嬢様に色々と報告していたが、その紙には文字なんて何一つ書かれていない。

これを見せた時のユリウス様の真面目な顔。そこにはアザレア様に関する全ての情報が記載された上、ある貴族が奴隷売買をしているという情報も添えて、カトレア様が居る前で差し出した。

さすがのユリウス様もびっくりしていたが、カトレア様の話を聞いてどうして俺がそれを渡したのか直ぐに理解したようだった。

そればっかりは、さすがだと思わざるを得ない。

そして俺は先に行動を起こした。

別にご夫妻とアザレア様の事など見守る必要なんてない。結果はもう分かりきっているのだから。

俺はお嬢様に言われた物を取りに行く前に、一回自室に戻ってから養子候補と書かれたアルバムを暖炉の中に放り込んだ。

そして服の中に隠していた銀のナイフから血を丁寧に拭き取り、元のあった場所にそっと戻す。

「お嬢様が俺の部屋に忍び込む事は想定内なんですよ。だから――」

彼女に見られてまずい物は、早急になかった事にしなければ。

ふと窓の外を見ると、楽しそうにしているお嬢様の姿が見える。そんな彼女の姿を見て、軽い笑みを浮かべた俺はきびすを返して部屋から出て行こうとする。

部屋の中でメラメラ、チリチリと、報告書が燃えていく小さな鳴き声を聞かなかった事にして。

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