執事に馬鹿と言われたので作戦練り直します③
「そうですね……ルーカス王子だけは、絶対にアザレアのお相手としては認めません。いいえ、それどころか近づけさせたくもありません!」
「は、はあ……。でしたら、アザレア様のお相手探しは後回しにしましょう。アザレア様はお嬢様と同じくまだ十二歳。そのお話が上がるのはもう少し先になります。まずは、アザレア様の事を優先して作戦を考えましょう」
「ええ、そうしましょう! あんな奴らの事は後回しよ!」
絶対の絶っっ対にあの三人は認めるものですか! 特にルーカス王子……あなただけは!!
「では、お話を戻しますがお嬢様。俺が質問した事に対しては無視してもらって構いませんから、アザレア様をどうやってラナンキュラス家の養子に迎え入れさせるかを考えましょう。乙女ゲームが何なのかも、お嬢様のこの何とか大作戦とやらを読んである程度理解出来ましたから」
「あら、そうなのですか? そんなに早く理解できるものかしら?」
「ええ、まぁ……分かりますよ」
「ん?」
リヒトはそう言うとわたくしから目を逸した。そしてなぜか怒っている表情を浮かべると、手に持っている大作戦の紙束に目を通し始める。
「アザレア様が十六歳になられる頃にはもう、彼女はラナンキュラス家の養子になっている。と言うことは、ご夫妻がアザレア様の事を気に入ったと言う事になります。お嬢様ならそれがどうしてなのか、もちろんご存知ですよね?」
「ふっ……当然じゃない。わたくしを誰だと思っているの? わたくしは誰よりもアザレアの事を知り尽くしている人間よ! このわたくしに分からない事なんて――」
「お嬢様、自慢話は結構ですので話を続けてください」
「うっ!」
こ、こいつ……! 発言する事を許してからと言うもの、この態度は何なのかしら! 一応リヒトにとってわたくしは主と言う立ち位置なのに!
でも……これはこれで良いのかもしれません。
ゲームの中でカンナ・ロベリアの隣に立っていた彼よりも、わたくしは今のリヒトの方が人間味があって良いと思います。
「あれ……」
でもこの世界はゲームの世界……ですよね? でしたら……わたくしが知っているはずのリヒトはどこへ?
「お嬢様、どうされましたか? 壁をじっと見つめて」
「え……あ、何でもありません。そうですね……アザレアとご夫妻の出会いは確か、アザレアが街で籠に入った花を売っていた時に、偶然馬車に乗って移動していたカトレア様が見つけて、彼女が売っていた花をカトレア様が買ったのが二人の出会いよ。その日を堺にカトレア様はアザレアの事が気になって、毎日必ず花を買いに街に出かけるようになるのです」
「わざわざ花を買うためにですか?」
「ええ、そうよ。それもちゃんとしたお店で売っている花ではなく、アザレアが売っている花をカトレア様は買いに来るのよ。花う買う度にアザレアはカトレア様に嬉しそうに愛らしい笑顔を向ける。それがきかっけで、カトレア様はアザレアを養子にしたいと言う思いが強くなって、ユリウス様に相談するです。そしてユリウス様がアザレアの事について調べて行くと、彼女が奴隷としてある屋敷で働かされている事を知ります」
「それは……」
そう、これはリヒトの報告書にも書いてあった事です。
本来このブーゲンビリア王国では奴隷売買が禁止されています。奴隷売買もしくは、奴隷を使用人として働かせる事がバレた場合、相応の罰が与えられる。
爵位剥奪、国からの永久追放、最悪の場合は打首――
ユリウス様は直ぐに行動を起こして、その屋敷で働かされていたアザレアを含めた数十人の奴隷たちを開放した。
助け出されたアザレアはその後、ユリウス様とカトレア様に迎え入れられラナンキュラス家の養子となります。
「それから四年間貴族としてのマナーや作法やらを全て叩き込まれ、アムフィオの舞台である学園で物語がスタートします」
「なるほど……ではお嬢様。俺たちが出来る事はたった一つですね!」
「えっ! もう作戦がまとまったのですか!」
さすがリヒトですわ! この短時間で早くも作戦を考えてまとめ上げるだなんて、こんなこと他の人には――
「もちろん、話が早くて助かりました。なので俺たちがこれからすべき事は『何もしないこと』です」
「…………んんん?」
何もしないこと、ですか。リヒトにしては物凄く無難な作戦を思いつきましたね。
そうですね、リヒトが言うのですからここはあえて何もしない事に徹した方が――
「って! 何もしないですって!」
何もしないぃぃ?!? いやいや待って待って! 何もしない事ってそれはつまり。
「だって、お嬢様。アザレア様は俺たちが何もしなくても、ラナンキュラス家の養子になる事が決まっています。それだったらここは無駄に行動を起こして台無しにするよりも、大人しく待っていた方が良いのではないですか?」
「それじゃあまるで、わたくしが何もかも台無しにするって言っているように聞こえますが?」
「ははは(棒)、そんなこと思うわけないじゃないですか」
おい、何だその乾いた笑いは!
「よく考えて下さい、お嬢様。この世界がお嬢様の言うゲームの世界であると言うのなら、主人公であるアザレア様を中心に物語は展開されて行きます。でしたら俺たちは、これから起こるであろう物語のイベントを見越して、対策を練って本編に臨むべきです。その方がより効率的に、そして狡猾的に、アザレア様を幸せにする道へと近づいていけると思うのです」
「あ、あぁ……そう」
なぜかしら、わたくしの方が数多くの乙女ゲームをプレイしてきて経験豊富だと言うのに、乙女ゲーム未経験でありしかも攻略対象であるキャラクターから助言を受けるだなんて、ちょっとおかしくないですか?
しかも彼の発言に少なからず賛同しつつある自分の心が恨めしい……!
「し、しかしそれでは! アザレアを助け出す事が遅くなってしまいます! わたくしは……アザレアが悲しむところは見たくありません。だからじっとしているなんてわたくしには――!」
「それでしたらご安心下さい、お嬢様」
「えっ?」
リヒトはニヤリと悪戯を思いついたような笑みを浮かべると、右手を左胸に添えて深々と頭を下げた。
「この俺に考えがあります」