バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

魔法は使えない

 部屋にはギリーとルーチャ二人。こうして部屋でゆっくりと話すのは鳥籠の世界以来だ。

「しかしまあ、随分と面白いものが見れるな、ここは」
「そうだね。最初捕まってた時はどうなるかと思ったけどね」
「全くだ。こうやって仮にも自身らの住居を与えてもらえたことを鑑みれば、大当たりってとこだな」

 こうして世界から世界へと根無し草のように移動していく中でも、到着早々衣食住が揃ったというのは大きい。それはここの世界の住民が優しかったことに他ならない。怪物退治の条件付きではあるが。

「明日は怪物退治の作戦会議、だったか?」
「そうだね」

 アルフィオが自身らと別れる前に伝えていた。明日の朝からは今日のようにゆったりとした観光のようなことは出来ないだろう。ただ今は、与えられた休息の時間を十分に活用するべきだ。
 食後ということもあってか、二人とも瞼が重く、床にごろりと寝転がる。

「とりあえず、今はゆっくりするか」
「うん」

 寝転がったまま二人は話す。瞼を閉じてしまえば一瞬で眠ってしまいそうだ。少なくとも風呂の順番が来るまでは眠るわけにはいかないと思うものの、どうしても眠い。

「そういえば、この世界だと魔法が使えないのかな」

 ルーチャの声でギリーの意識は少し戻ってくる。こうやって話しておけば少しは眠くはならずに済むのかもしれない。

「そういえばそうだな。ちょっとやってみるか?」
「そうだね」

 二人は体を起こす。

「洗面台の方に行くか」

 二人は歩いて洗面台の方に行き、魔法を唱えてみる。
これまでの経験により、どのくらいの規模の魔法が撃てるのかは世界によって違うという仮説が立っている。火の魔法だと大きさを間違えてしまえば延焼してここら一帯を地獄絵図にしかねない。
というわけで試すときは基本水の魔法、机の辺りでやると生活空間をびしょびしょに濡らすことになるため、洗面台の辺りでやるのが一番だ。

「ウォル」
「ウォル」

 二人がそれぞれ唱えてみるが、魔法は出ない。姿の変わったギリーならともかく、ルーチャが使えないというのは何なのだろうか。そう言って数回唱えてみるが、やはり魔法は出ない。

「もしかしたら、ここだと使えないのかもしれないね」
「そうだな」

 昼間、エルフの男たちの目の前で空撃ちをし、脳裏によぎったことが、現実のものとなった。すなわち今、異世界から持ち出し、使うことのできるようになった武器というのはルーチャの鞄にあるスタンガンと狙撃銃のみ。
世界を移動すると使えない場合がある。魔法にはこういったデメリットがあるらしい。以前の世界では生命線となっていたが、場所によっては使えないという場合もあるようだ。そもそも世界間移動をする前提の上で考えるのがおかしいのかもしれないが。

因みにレストリーはいまだに一切魔法が使えない。決して練習が足りないからとかではない。生命線になりうる以前の世界では、毎日暇があれば練習しており、ギリーやルーチャも教えたりしていたが、結局一週間以上たっても使うことは出来なかった。これにはまた別の原因があるのかもしれない。

「あがったぞ」

 レストリーが風呂から上がって出てくる。体から湯気が立っており、髪が濡れたままだ。残念ながらドライヤーまではないため、自然乾燥に任せるしかない。風呂があるなら、また空いたときにタオルや寝間着を探してみようと考える。

「どうだった?!」
「最高だな」
「でしょ?お気に召されたようで何より!」

 ルーチャが作ったものではないのだがまあ…

「じゃあボクの番だね」

 そう言って機嫌よくルーチャが風呂場の方へと歩いていく。代わりにレストリーが机につく。湯船につかって体が温まったからなのか、血色がよくなっている。

「いいもんだな。ここでの生活も」
「全くだ。というより、ここの植物がすごいだけな気もするが…」
「そうだな。こんなもの本には載ってなかった。一から育ててみてやりたいよ」
「はは。レストリーは植物が好きなんだったか?」
「ああ、ここは俺にとっちゃ夢の国みたいだ。バームルですら早く見れないかワクワクしてる」
「明日が待ちきれないってクチか」
「そうだな。作戦会議って言ってたが、地形の把握って体裁で自由に移動させてもらえないかな」
「見に行くつもりか?」
「それもだが、もっといろんな植物が見たい。それと図書館もだな」
「それは同感だな。また機会があれば見に行くか」

 今日は興味の赴くままに店を回ったりしたが、明日以降は情報収集を行っていきたい。生活に欠かすことのできない本やエルフたちの知恵の記された本があると言われる図書館に行くのは必須事項だろう。

「そういや、あの本屋ってよく成り立ってるよな。立ち読みで全部読んでしまおうと思えばできるんじゃないのか?」
「あれは試し読み用だったぞ。だから内容もほとんど序盤についてだけ書かれてたりするんだ。続きは店主に預けてあるらしいから、実際に購入しないと中身は読めないようになってる」
「へえ、そうなのか」

 昼間ルーチャと見た例の本にも続きがあるのだろうか。一瞬頭をよぎるが、すぐに振り払う。

「なにか読みたいものでもあったのか?」
「いや、特に」

 悟られまいと、必死に無関心を装ったギリーであった。

しおり