エルフの料理
「さあて、何が入ってるのかな~」
テーブルにつき、鼻歌まじりににルーチャが風呂敷を開く。ご飯を目の前にして随分と機嫌がいい。それに倣ってギリーとレストリーも風呂敷を開いた。三つの木箱と一つの水筒。食堂に漂っていた青々とした香りとつんと酸味を想起させる香り、そして部屋での木の香りが混じって、大自然の香りが渋滞している。
料理の箱ごとに名前が記された紙がはせられており、ウガル、サラダ、イリオムと書いてあり、簡単な説明も書いてくれている。おばちゃんの親切心だ。
「おお、これは…」
「知ってるのか?」
「いや、サラダ以外は初めて見た」
「うん、美味しそう!」
ルーチャもレストリーも初めて見る料理のようだ。
それぞれ見ていくと、サラダは濃さの異なる様々な緑色の野菜をカットしたものが盛り合されており、薄褐色のドレッシングがかけられている。これは今までの世界で見てきたサラダと大差はなく、一番馴染みのある料理だ。
ウガルは熱湯にマヨという調味料を入れたのち、そこに白トウモコロシという野菜を粉にしたものを入れて練ったものであると書いてある。食べやすいようにという工夫なのか、手にもって食べやすいようなサイズにしてある。
イリオムはポタトという丸い根菜をゆでて潰した後、そこにグリンペースという豆を混ぜ込み、香辛料で味付けをしたというもの。潰すという調理過程を経ている以上、ウガルと違うのは色くらいで、食材をつぶして固めた物という印象からは外れない。
「いただきます!」
全員が料理を口に運び始める。木箱と一緒にフォークがつけられていたため、各々手に取って食べる。
ギリーは一番ボリュームのありそうなウガルから口に運んでみる。味は薄めだが、独特の甘味が鼻を抜ける。トウモコロシの味なのだろうか。なかなかにいける。なにか別の濃い味を持つスープと合わせてもよし、そのまま食べてもよしのいい料理だ。やりようによっては、この料理と様々な別の料理と組み合わせるだけでも十分にレパートリーが出来上がる。そんな可能性を秘めた料理。
続いてサラダを食べてみるが、こちらは想像していた味と変わらない。野菜のシャキシャキとした食感に加えて噛むたびに口の中に広がる苦みと甘味。それをうまく包むドレッシングのほの辛さがいい具合にかみ合って美味い。見たことのある料理ということもあり、安心して食べられる。
「うん、やっぱりおいしい」
「…」
美味しいとばかり言いながらどんどん食べていくルーチャに対して、レストリーは黙々と料理を口に運んでいる。
「どうした?レストリー」
「いや、あんまり慣れない味だからちょっと困惑してたんだ」
確かに、以前まで彼が食べていたのは魚の刺身と焼き魚だけであり、こうして野菜を食べるのは久々か、もしくは初めてになるのだろうか。魚ばかり食べていた生活から突然こうして野菜を食べると、一体どう感じるのだろうか。
「こういった料理を食べたことは?」
「記憶にはないな。もしかしたら小さな時に食べたことがあるのかもしれないが…」
物心ついた後は魚だけ食べて過ごしていたということになる。飽きが来なかったと以前言っており、村人も飽きたという様子はないようだった。それほどにおいしかったものを食べていれば、こちらで食べるものはもしかしたらイマイチに感じているのかもしれない。
「まあ時間はあるし、ゆっくり食べようぜ。もし食べられ無さそうなら…」
ギリーは食べることに夢中になっている一人の少女の方を向く。
「ん?」
両頬を膨らませたルーチャがこっちを見る。料理の入った箱はきれいに食べられており、カス一つ残っていない箱が一つ。残り二つが無くなる時間もそう遠くはないだろう。
「ルーチャ、これで足りてるか?」
「~~~~」
「飲み込んでからいい」
ギリーの問いに答えようと、口を必死に動かし、頬袋が揺れている。面白い。今度暇があったらご飯を与えてみようか、と考えているうちに返答が来る。
「足りてるよ!」
「そうか」
なら夜になって腹の音が聞こえることはないか、と安心していると。
「でも二人のどっちかが残したりするのなら、食べてやらないでも…」
ぼそぼそと言っている。腹を鳴らすことは多いが、それに対して食いしん坊というような印象を与えたくないのか、こういった話になると顔を赤らめたり、小声になったりする。もう少し考えてから聞くべきだったな、と反省しながらもレストリーの方を向いて言った。
「そういうことだから、まあゆっくり食べよう」
「ああ…」
そう言いながら、ギリーはまだ手を付けていなかったもう一つの箱を手に取る。イリオムという人名にも動物名にも地名にも探せばありそうでなさそうな料理名の一品。
一口掬って食べてみる。口に入れると、豆の持つさわやかな風味が広がる。ウガルと同様に薄味だが、その薄さを香辛料でうまく調整している。また、ウガルに比べてずっしりとした料理のようにも感じる。腹にたまるタイプの料理であり、想像していたよりも腹が満たされそうだ。
程よい食感、程よい味、程よいボリューム。食べることにおいて、どこかに突出することの無いバランスの良さが感じられる料理の優等生といったところだ。
そうして料理を味わいながら、三人はやっと訪れたゆっくりと過ごせる時間を満喫したのであった。