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出立前

「どうだった?」

 洞窟から出て、下着1枚で服の吸った水を絞っている男二人に対して、ルーチャが尋ねる。暇だったのか、近くの影にある岩に文字や絵を描いているのが見える。食べ物の絵柄が多いように感じるのは気のせいだろうか。

「収穫はあったな。奥にここいらから栄養を吸い上げたらしき植物が見つかった」
「ああ、あんたのお陰で奥まで探索することが出来た。ありがとう」

 レストリーが素直にお礼を言う。もう初めて会った時のような当たりの強さは見られない。というよりも、こっちの方が素に近いのだろうか。村人たちに対する自衛の手段の延長であのような態度をとっていたのだろうか。

「へえ、どんなものだったの?」
「これだ」
 
ギリーは洞窟で燃やさずにポケットに入れていた戦利品を少女の前に掲げる。手には小さなピンクの花。

「かわいらしい花だね。これがまさか…」
「ああ、元凶だ」

 大きく目を見開く少女の疑問に対して、レストリーが川面を見つめながら答える。

「その種名はライガスト、別名『神宿草』といって忌み嫌われてきたんだ。寄生植物で、宿主の体を用いて周囲の土壌から養分を根こそぎ吸い出す生物だ」
「こう見えてやってることが恐ろしいワケか…その『カミヤドリグサ』ってのはきれいだからってこと?」
「いや、単純に恐ろしいからって意味なんだが…」

 さっきと似たようなやり取りをしたレストリーがふと二人に聞く。

「もしかしてアンタらの世界じゃあ、神って『素晴らしい存在』として語られてたりするのか?」
「そう・・だな。ルーチャはどうだ?」
「うん。そうだね。もしかして…」

 答えた二人が思いつくと同時に少年が話し出す。

「俺の世界じゃ『神』ってのはアンタらの思ってるほどいい存在じゃないんだ。聖書とかを呼んでると出てきたりはするが、強大な力を持つがゆえに、己と同等程度の者にしか興味を示さない、とか、他のすべてを実験対象程度にしか考えてないって感じの記載が多い。神同士が勝手な都合で争った挙句、人間が巻き込まれて大量に死んでいったなんて話はしょっちゅうある」

 異世界ゆえの価値観の違いだろうか…そう思いながら聞いている二人に少年は続ける。

「なら悪魔ってのはどうだ?」
「悪い存在として、かな」
「へえ、それは変わらないのか。俺たちの国では神を信仰してる奴らもいれば悪魔を信仰してる奴らもいたらしいんだが、そういうのはどうなんだ?」
「オレの島じゃあ特にそういうのはなかったな」
「ボクのとこだと神を信仰する宗教はあっても、悪魔をってのはなかったかな。少なくとも表立ってってことはなかったよ」

そんな話をしながら、三人は誰もいない川べりでゆったりと過ごしていたのだった。



日が沈み始めるあたりで3人は家に歩いていく。朝にレストリーの側について子供たちに注意したためか、村に帰っても村人の反応は良いとは言えなかった。明らかに避けられているのがこちらに伝わっており、気まずいことこの上ない。
彼らに明日にでも出発すると伝えた時には安堵していたような様子だった。レストリーへの仕打ちを考えず、旅人としてきたという点から考えれば、手から謎の火を出す人間を村に二晩置いてくれただけでも十分と考えるべきだろう。

現在は今夜出るための準備を着々と進めている。準備、とはいっても大層なものではない。棚にあった昔使われていたバッグをつかえるか確認したのち、ものを詰め込んでいる状態だ。3人分のリュックがあったため、それぞれが荷物を持つことにした。二人が魔法で水を生成出来る手前、砂漠を歩くのに重要な水を持ち込まなくてもいいというのがかなり効いているように感じる。

植物の育たなくなったこの村においては、基本的に石を加工し、食器や道具として用いている。生活に用いる水は川から確保し、石で作ったバケツに入れて持ち歩く。体やモノを洗う際にはそうして家に持ち込んだ水を使って生活している。そのため、ここから家にあるものを持ち出すには重いものが多く、あまりこぞって持っていくようなものはない。

その代わり、ここに移動してきた際に使っていた衣服のような布類は多く持って行っている。昼夜の気温変化や日中の日差しよけに欠かすことは出来ない。

レストリーは個室の方へ歩いていき、地面に手をかける。隠し蓋になっており、彼の元へ歩いていくとそこにはいくつもの本があった。ここから彼は本を取り出していたようだ。

「この本は…」
「両親のものだ。学問に通じるものから娯楽のものまでいろいろとある」
「これもここに持ってきたものなのか?」
「ああ。父も母もかなりの本好きでな…」

旅にこれほど様々な種類の本を持ってくるというのは、相当の本好きだったのだろう。それとも、生まれてくる子を想ってのことだったのだろうか。

「どうして隠すような場所にあるんだ?」
「一度破られかけたからここに隠したんだ。これは両親の形見だから絶対に手放したくはなかった。もともとは爺さんが金物を隠すときに使ってたんだが、中にあったのは全部くれてやったさ」

聞いていた二人は改めてこの村の歪さを感じる。元々は皆、普通に暮らしていたのだろう。だが、一歩間違った思考や行動が広まると、それを止めるシステムというものが存在しない。多人数の思考や思想が正しいものとして押し付けられ、それが傍から見ればおかしいものであったとしても、当然のようにまかり通ってしまう。そして押し付けられた側はどうする術もなく、ただ耐えなければならなくなる。

 そんな過去をよそに少年はどこか楽しそうに旅立ちの準備をしていたのであった。

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