洞窟の奥に
「これって…」
かがみながら驚くギリーに対し、隣にいる少年は満足そうな顔を浮かべて立っている。
大きな空洞となっている最深部には植物が存在していた。
地面から天井に向かって一本の木が立っている。葉は茂らせておらず、茶色の茎部分のみで立っているその姿は、不気味さを感じる。よく見ると、根元に小さなピンク色の花が木から生えている。葉の茂っていない大きな木と小さな花のコントラストもまた、きれいというよりはアンバランスさが目立つ。洞穴に立つその植物たちの姿は虫を見るのとはまた違った恐ろしさを感じさせた。
「村で植物が育たなくなった原因だろうな。木の方はアルザムって植物で、実を食べることが出来る。ここじゃあ日が照ってないから実どころか葉もつけてないがな。花の方はライガストって言って寄生植物で別名『神宿草』だ。こっちが村から緑をなくした元凶だろうな」
「神…ってことは何か恩恵をもたらしたりするのか?」
「へえ、あんたのとこじゃ神ってのはいいやつなのか。残念ながら忌み嫌われてつけられた名だ。そこらじゅうの栄養分を持っていくってことで農業に携わる奴からは大いに嫌われているそうだ」
「そう、なのか。こんな小さな花がどうやって?」
どうもこの世界の神というのは少し違う存在らしい。後でそれについて聞こうと思いながらも、ギリーは小さな花を見ながらレストリーに聞く。その問いにも少年はすらすらと答えた。
「ああ。ライガストは寄生した植物から栄養を吸い上げるだけでなく、根っこを際限なく伸ばさせる物質の分泌を誘導する。人の目の付く外で寄生したならともかく、ここら一帯は人もいないしそれを食むような動物もいない。土の中に根っこをやりたい放題に伸ばした挙句、村の土壌の栄養を吸い尽くしたんだろう」
人けはなく、天敵もいないこの小さな洞穴においてライガストは宿主に対し、根を張らせた。外からの被食が少ないこの砂漠の一地点において、それは猛威を振るった、ということだろうか。
「だが、植物が育たなくなったのは十年ほど前なんだろ?そうタイミングが重なるものか?」
「さあな。運が悪かったのかもな。それはこれを片付ければ分かる話だ」
そう言いながら少年は木の根元の土をこそぎ落とし始める。土の中にはいくつかの丸い黒い物体も混じっていた。
「これは?」
「ライガストの種だ。この種は地中で休眠に入って数年間やり過ごしたりするから、種を残してしまうとまた同じことが起こりかねない。これを全部掘り起こすぞ」
レストリーの指示に従い、ギリーも火を出していないもう一方の手で土を落としていく。
そこらじゅうの土中に眠っていた種を一通り掘り起こすと、種の山が出来た。
「これをすべて焼いてくれ」
「ああ、分かった」
指示に従い、積みあがった草の山の端に火を近づけると燃え広がり、数分もしないうちに灰が出来上がる。加えて木にも火をつけるとたちまち燃え上がった。土の持つ独特なにおいがモノを焼いたときに漂う独特のにおいと煙臭さで埋もれている。二人は辺りに漂う煙を払いながら来た道を引き返していく。
「俺の仮説はあっていたんだ」
少年がぽつりと呟き、続ける。
「親父が言ってたんだ。『起こりうる事象には必ず道理がある』ってな。分からないとか、知らないで物事を片付けるのが大嫌いな人だった。今ならその気持ちが分かる気がする」
「いい父さんだったんだな」
「いいや。ろくでもない頑固おやじだったさ」
少年はそっぽを向きながら答える。口調は穏やかだった。
洞窟の入口へと近づいたところでギリーはふと足を止め、後にいる少年に聞いた。
「あの木って根も絶たなくていいのか?」
「ああ。は地上部を断てば自然に枯れていく種だからな」
「…というより枯らして大丈夫だったのか?」
聞いた情報から察するに村の土壌の栄養を取り戻すための行動であることは分かるのだが、何も考え無しにやってしまっていいのだろうか。それに彼と話した結果、明日の夜にはこの村を出る。この行動の結果トルスパイツに植物を復活させたとしても、彼自身に対する恩恵は全くないのではないのだろうか。
「さあな」
少年はけらけらと笑いながら、投げやりじみた言い方でつづけた。
「さっきこの植物は宿主の根の成長を促進するって言ったろ?もし仮説があってるのならば、ここら一帯の土に根が張り巡らされてることになるわけだ」
「ああ、そうだな」
「根っこってのは栄養を吸い上げるための装置ってだけじゃない。その張り巡らされた土壌の安定化までになってたりするんだ。それを今枯れさせた。これがどういうことか、分かるか?」
「まさか…」
レストリーがギリーの想像を読んだかのように答える。
「ハハハ!あくまで『仮説』。ここに来た主目的は、ただここに植物が育たなくなった原因があるんじゃないか突き止めに来ただけだ。そしてその原因らしきものが見つかり、処分した。それでいいじゃないか」
言い訳のようにも聞こえるのは気のせいだろうか。これまでに見たことないほどに少年がよく笑っているのは、ただ目的が達成された喜びだけではないような気がしながらも、ギリーは洞窟の外へと歩いて行ったのだった。