忘れたころの神界出張所 その2
『アーストロア……
女神の使い魔としての適性を見いだされて下界から抜擢された元魔獣』
『ゴーストロア……
同じく抜擢された元魔獣で、アースとリアの実の妹』
マルンが持参してきた2人の履歴書を見ながら、僕は苦笑しか出来ませんでした。
いえね……
簡単な自己紹介の後、
得意なこと
苦手なこと
などを聞く設問があったのですが……それらの項目は全部未記入。
それでいて職歴欄には、今まで使い魔として使えていた女神様の名前がすごい数列挙されているんです。
……これ、どう考えてもおかしいです。
今、神界のスア担当になってくれているセルブアから聞いたことがあるのですが、
『基本的に私達使い魔は、生涯1女神様にお仕えすることになっている。もっとも、よっぽど相性が悪かったりすると、交代させられることもなくはないのだが、まぁ、そんなことは極々希なんだがな』
……えぇ、確かにそう聞いていました。
で、このアーストロアとゴーストロアです。
この2人の職歴を見るにつけ、セルブアの言っていた
『交代させられることもなくはないのだが、まぁ、そんなことは極々希』
な事態が、なんでこんなに一杯、というか、職歴欄に書き切れなくなって用紙の裏にまでびっしり書き込まれるほど発生しているのでしょうか……
僕が用紙の裏を気にしているのに気が付いた2人、
「あぁ、心配しなくてもいいよ」
「最近10年はそんなに転々とはしてねぇし」
そう言ったのですが
「なんせこの10年、誰にも仕えてないからな」
「どの女神のとこに行っても門前払いだったからな」
2人はそう言うと、その顔にドヤ顔を浮かべています。
……いやいやいや
今の会話のどこにドヤ顔を出来る要素が含まれていたのでしょうか?
すいません、少なくとも僕にはまったく理解が出来ません……
そんな事を考えていますと、僕の横にマルンがつつつと寄って来ました。
「あの~店長さん……この2人ってばちょこっと問題がありそうなんだけどぉ……2人を便宜的に預かっておられます女神のマグルマさんからも『お願いだから雇ってもらって!ホントお願いだから!』と、強く強くつよ~~~~~く言われてきておりますので、どうかひとつ……」
小声でそう言うと、マルンはその顔に笑顔を浮かべました。
うん……どう贔屓目に見ても引きつった笑顔です、はい。
っていうか、あれですよね……そのマグマ……じゃなかった、マグルマさんもこの2人のことを持て余しまくってるもんだからこっちに押しつけようとしてるってことじゃないんですかね?
どう考えても、そんなネガティブなことしか浮かんでこないんですが……
僕は改めて2人へ視線を向けました。
2人は、待ちくたびれたのか、いつの間にか座っていました。
ヤンキー座りです……僕が元いた世界でも死滅したと言われていた、伝説のヤンキー座りをしています、2人揃って……
で、そんな2人を見ながら苦笑していた僕なのですが……
「いいではないですか店長殿」
そこに、ブリリアンがやってきました。
「要はこいつらの性根を、この私が新人研修でたたき直してやればよいのでしょう?」
そう言うと、2人へ視線を向けました。
「た、確かにそうなんだけど……」
僕は、思わず心配そうな声をあげてしまいました。
と、言いますのも……
ブリリアンは魔王ビナスさん以前に新人研修を担当してくれていました。
その際の彼女の仕事ぶりはといいますと、どちらかというと無難といいますか、マニュアルに沿った指導を続けていくといった印象が強かったんですよね。
確かに、うまく出来ない人には、そのうまく出来なかったところを粘り強く何度でも繰り返して教えてあげるなど、とても素晴らしい指導をしてくれていたのは間違いなんです。
……が
今回の相手は、この2人なわけです。
神界の女神様達がこぞって手を焼きまくっている問題姉妹なわけです。
魔王ビナスさんならともかく、人種族であるブリリアンに務まるのだろうか……
「そうですね、確かに私1人では持て余すでしょう……ですが」
「ブリリアンお姉様には、この私がついておりますわ」
その背後から、スッと横にスライドするようにして出現したのはメイデンでした。
そ、そういえばメイデンは、元々はこの世界とは別の世界の超強力な魔法使いだったとか言ってたっけ……
「じゃあ、2人にお願いしてもいいかな?」
「はい」
「お任せくださいな」
僕の前で、2人は頭を下げてくれました。
一方
「あ?」
「なんだ? 今度はその2人がアタシ達の上司ってか?」
アーストロアとゴーストロアは、相変わらずヤンキー座りをしたままの状態で、ブリリアンとメイデンを睨み付けています。
で
そのまま立ち上がると、肩を怒らせながら2人に接近していき
「まぁ、よろしく頼むわね」
「夜露死苦」
そう言いながら2人の顔をやや下から睨み上げ続けています。
腰を曲げ、がに股で、ポッケに両手を突っ込んで、口を尖らせ……とまぁ、僕が元いた世界でも、そんな格好は今時誰もしないぞ……ってな感じの態度を取りまくっています。
その姿を前にして、僕もマルンも苦笑することしか出来なかったのですが……
「へぇ……アタシの大事なブリリアンお姉様にそんな態度をとるんだぁ……」
なんかですね……急にメイデンがその背後に不気味なオーラを発しはじめながら、そんなことを口にしました。
その背から、黒と紫が混じり合ったオーラが吹き出しているのが、一般人の僕の目にもくっきり見えます。
「じゃあ、ちょっと研修の前にアタシとお話しましょう……この中で」
そう言うと、メイデンは右手の中指をクイッと上げました。
うん……あれですね、よい子は真似しちゃいけない。あのポーズですね。
そして、次の瞬間……
ブリリアンをのぞいたメイデン・アーストロア・ゴーストロアの3人を、メイデンが噴出していたオーラが覆っていきました。
そのオーラはあっという間に大きな鉄製の大きな入れ物に姿を変えていきました。
どこか女神様の姿をしているその大きな入れ物……
僕の脳裏に、ある物が浮かんできました。
鉄の処女……
刑罰や拷問に用いられたと言われている中世ヨーロッパの拷問道具
……確か、この道具の内部って、中に入った人を突き刺せるように鋼鉄製のトゲがいっぱい出ていたんじゃあ……
◇◇
翌日……
「さぁ、今日も研修をはじめましょうか」
そう言ったブリリアンの前で
「はい、ブリリアン様」
「よろしくお願いしますブリリアン様」
ビシッと気をつけしたまま、腰を90度曲げて挨拶しているアーストロアとゴーストロアの姿がありました。
2人とも傷だらけでして、おもてなし診療所のテリブルアに治療してもらった包帯があちこちに巻かれています。
で……
2人の後方にはメイデンが立っています。
「……2人とも、ブリリアンお姉様の手を患わせるんじゃないわよ?」
そう言うと、その背からまたあのオーラを……
「わわわわかっておりますメイデン様」
「でででですからあのお仕置きはご勘弁を……」
その途端に、アーストロアとゴーストロアは、その場で土下座していきました。
……どうにか、2人がまともに研修を受ける気になってくれたのはありがたいのですが……あの鉄の処女らしき入れ物の中で、一体何が行われたのでしょうか……多分、知らない方がいいことだと思いますので、あえてメイデンには聞かないことにしようと思います。