秋の終わりのドゴログマ その2
ドゴログマにやってきたのは久しぶりです。
僕達が出現したのは、前々回、ここドゴログマにやって来た際に作成していた簡易小屋のすぐ横です。
神界の規定で、転移ドアを作成する場所は固定されているんですよね。
スアが本気になれば、その規定を無視して自由自在どこにでも転移ドアを作成することが可能なのですが……ルールはルール。子供達の見本になるためにもルールはきちんと守りませんとね。以前そのルールを破りまくっていただけになおさらです。
前回帰宅する際に、スアが強固な結界を張ってくれていたおかげで、今回もこの小屋は無事に残っていました。
「……いつも思うけど、スアの結界ってホントすごいなぁ……」
僕は小屋を見回しながらしみじみとそう言いました。
前回来たのは夏でした。
いろんな魔獣が棲息しているこのドゴログマで数ヶ月経っているにもかかわらず、簡易小屋は前回来たときと同じ姿を僕達の前に見せてくれていました。
そんなここですが……
前回ここに転移ドアでやってきたときって、この一帯を厄災のイモリっていう結構厄介な魔獣が自分達の拠点にしていたんですよね。
「まぁでも、前回スアがしっかり駆逐してくれていたわけだし、今回はさすがに……」
そう言って、僕は結界の外へ視線を向けました。
ギロリ
「ん?」
ギロリギロリギロリギロリギロリ……
……なんでしょう……結界の外に何かいます。
しかもそいつら、結界の外へ視線を向けた僕と目があったとたんにのそっと立ち上がりまして、一斉に僕へ視線を向けてきています。
身長は僕と同じ190cm前後といったところでしょうか……
全身が緑色っぽい毛で覆われていまして、目は赤くて大きいです。
口の端には鋭い牙が伸びていて、その背中にはトゲ状の物体が突き出しています。
そんな奴らが、立ち上がって僕を凝視し続けているんです。
……なんだろうこいつら……どっかで見たことがある気がしないでもない……
そんな事を考えていた僕。
僕の脳裏には、元いた世界で見たテレビ番組の記憶が蘇っていました。
『世界のUMA大特集』
なんか、そんな感じのタイトルだった気がします……その番組の中で、こいつらによく似た生き物を見た気がします……
ですが……いや、まさか……
そんなはずはありません。
あの南米で目撃例が多いって言われていた、あの未確認生物がこのドゴログマにいるはずが……
乾いた笑いを浮かべながら、僕はスアへ視線を向けました。
「……スア、あいつらって、なんていう名前なのかわかるかい?」
僕の言葉に、こくりと頷くスア。
そしてスアは言いました。
「……あれ、厄災のチュパカブラ」
そんなスアの言葉に、僕は軽くめまいを覚えました。
あぁ……やっぱりこいつらそう言う名前だったんだ。
ってか、僕が元いた世界の同名の未確認生物も仲間だったりするのかな?
……まさか、こいつらってば、僕が元いた世界で捕縛されてこのドゴログマに放逐された奴らだったりしないよね……
先ほど以上に乾いた笑いを浮かべながら、僕はそんなことを考え続けていました。
◇◇
……と、まぁ、そんな感じで登場した厄災のチュパカブラの大群ですが……すでに1匹もおりません。
スアが
『……邪魔』
の一言とともに水晶樹の杖を天に向かってかざしましたところ、そこにすさまじい落雷が直撃。
落雷のパワーをため込んだ杖の上部の水晶部分がそれを厄災のチュパカブラ達に向かって放電いたしまして……以上終わりでございます。
このスアの雷破壊(サンダーブレーク)魔法によりまして、登場からわずか2分少々で全員がまっくろけのけになってしまった厄災のチュパカブラ。
その遺体は、スアが魔帽袋にすべて回収いたしました。
さすがに、子供達に見せるのはアレな光景でしたので、その作業の最中は子供達には小屋の中に入ってもらっていました。
その小屋の中から、
「りょりょりょリョータ様、怖かったアルぅ」
といったアルカちゃんの声が聞こえていました。
そういえばアルカちゃんってば、前回来た時も厄災のイモリを前にしてすごく怖がってたもんなぁ
そんな事を思い出していると、
「わ、私だって怖かったんだからね!」
というビニーちゃんの声まで聞こえて来た次第です。
……えっと、ビニーちゃんってば、すでにオデン6世さんと一緒に魔獣狩りに行くくらい度胸も腕っ節も結構なものだってルアに聞いてたんですけど……
◇◇
「しかし、前回といい今回といい、なんで僕達が割り当てられている転移ドアの設置場所の周囲って、こうして厄介な魔獣もどきが巣くっているんだろうね」
僕は、周囲に残っていた厄災のチュパカブラの灰を、持参した竹箒で掃きながら苦笑していました。
そんな僕の横で、スアはしばらく腕組みしていたんですけど……
「……わざと?」
「え?」
「……私達に、厄介な魔獣を処分させるために、私達がここに来るのに合わせて、転移ドアの周囲に厄介な魔獣を放逐してる……とか……」
そう言いながら、スアは真剣な表情です。
……い、いくらなんでもそんなはずは……と、思いつつも、スアのすごい魔法の力を神界があてにしている可能性を頭の中から捨てきれない僕だったりします。
◇◇
「……今度セルブアをとっちめてみる」
スアがそう言って右腕をグッと握りしめたところで、厄災のチュパカブラの件に関しては一旦終了といたしました。
で
切り替えた僕達は、早速出かけることにしました。
コンビニおもてなしで販売しているスアの魔法薬。
その材料を採取しに来たわけですからね。
時間も限られていますし、少しでも多く採取して帰りたいところです。
……ちなみに、先ほど大量に採取いたしました厄災のチュパカブラですが、状態異常を解消させる薬の材料に使用出来る他、食用にもなるそうでして、食べると羊肉のような味がするそうです。
そんな雑学的知識をスアに教えてもらいながら、僕達は魔法の絨毯に乗り込んでいきました。
全員が乗ったことを確認すると、
「……じゃ、行くね」
スアはそう言うと、水晶樹の杖を前方に向かって一振りしました。
それに合わせて浮上した魔法の絨毯が、空中を高速で移動していきます。
「うわぁ! すごく気もちいいです!」
パラナミオが、周囲を見回しながら歓声をあげています。
それに続いて、他の子供達も同様に歓声をあげていきました。
子供達が喜ぶのも当然です。
魔法の絨毯は、青く晴れ渡った空の元、緑の絨毯のような森の上を滑空しているのです。
この光景は、いつ経験してもいいものです、はい。
魔法の絨毯の前の方に座っている僕。
スアは、そんな僕の膝の上にちょこんと座って水晶樹の杖を前方に向け続けています。
まぁ、これ……魔法の絨毯に乗った際の僕とスアのいつもの体制だったりまします。
最初はスアが僕に甘えるために始めたこの姿勢だったはずなのですが、今ではこれが当たり前になっている次第です。
「……こうして、旦那様と一緒……大好き」
小さい声でそう言うと、スアは僕に体を預けてきました。
そんなスアを、僕は後ろから優しく抱き寄せました。
こうして抱きかかえて見ると、スアはホントに小柄です。
こんな小さな体の中に、パルマ世界最高の魔力が宿っているっていうんですけど……ちょっと想像が出来ません。
やはり、僕にとってのスアは、伝説の魔法使いではなく、可愛い奥さんなんですよね。
そんな僕の思考を読み取ったのか、スアは
「……旦那様、ありがと」
嬉しそうに微笑みました。
そんなスアと僕を最前列に乗せている魔法の絨毯は、目的地に向かって滑空し続けていました。