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やだやだ。お義兄ちゃんったら二股かける気ぃ〜

「ちょ、ちょっと待ってください! 間宮先輩は、その、お兄さんが二人いる、んですか?」その様子と声色はまるで浮気を疑う妻のようであり、それを見ていた真吾は「やだやだ。お義兄ちゃんったら二股かける気ぃ〜!?」などとわざとらしく声を上げたが、その声色からは隠しきれない愉悦を感じ取れたので恐らく本心から楽しんでいるだけであった。
真矢もまさか目の前の少女からそんな事を言われると思っていなかったためか口をぽかんと開けて驚きを示した後、「……へ?……へぇっ!? どゆ……ことぉ?」と可愛らしい声を出したのだった。
真也と真姫の関係を知る者はもちろん真矢だけである。そのため彼女から見れば今のまひるの発言は、真也が『妹から異性として扱われている』ことを示唆したことになるのだ。真也が真姫と兄妹関係ではないということは、つまり二人は『そう言った仲』、『交際関係にある』ということと同義なのだ。「ふぅん。やっぱり真也君、まひるに手を出してたんだ」
真姫の表情を見たまひるは慌てて真也の前に出て両手を広げた。まるでその行動は自分が盾になっているかのように見えたが、その動きはむしろ真也への援護射撃にしか見えず、真矢はいよいよ混乱し始めていた。「ま、待ってよまひる! お兄ちゃんにはお兄ちゃんの世界のお兄ちゃんがいるかもしれないの! ……だから」
真矢がそう言い募るが、真也はその腕を優しく下ろしながら微笑んで見せた。
まひるが『その世界の兄』の存在を認めることは真矢にとっては朗報ではあったが。同時にこの状況において最悪に近い回答でもあった。「お、おにいちゃん、それ本気で言ってるの……? も、もしかして、まひるが『お姉ちゃんとまひるのことを知ってた』から……お兄ちゃんも『お姉ちゃん』と『妹』のこと知ってるのかな……それで、その……」
真也は頭を振ってみせる。それは「いや、俺は何も知らない。そもそもまひるは妹じゃない」という意思表示であったが、真也の返答はまひるを絶望させるものだった「お兄ちゃん、まひるね、『あの』こと……お母さんに言っちゃいました。ごめんなさい、怒られるのが嫌で黙ってました。ほんとにごめんなさ」
まひるのその言葉を聞いた瞬間。
シンヤはまひるの両肩を強く掴む。それはもう。『この世界での妹を傷付けたらお前を殺す』と言うように力強く。真也の眼は今まで以上に吊り上がっていた。
その様子に真奈たちは絶句した。真矢だけが何かを理解した様子だった「……まひる。それは……誰に、どこまで聞いたんだ……!」「……ひぅっ!」その形相のままに真也が問いただすと、まひるは泣き出してしまった。
だが、ここで泣けばまた事態がこじれるだけだろうと真矢は察し、何とか涙を飲み込んでから口を開いた。「……お、落ち着いて下さいお兄さん。多分私が言うのもあれですが……」
そこまで口にしたところで。
バンッ!!! という大きな音を立てて扉が開かれたかと思うと、誰かが大きな声をあげた「そんなの絶対ダメですわ!」
現れたのは金髪の少女、シャーロットであった。「わぁー、びっくりしましたわね……」「急に入って来るの、マナー違反だよぉ……」
突然の大きな音を間近で浴びたソフィアは顔を青くしており、まひるはそんな彼女を介抱するように抱き起こしていた。
シャーロットが部屋に乱入したのは。今の状況と彼女の性分からすれば至極当然のことであった。
今、彼女たちの居る病室は男性陣の寝所である。そこにノック無しに入ろうとしたところを止められたために先程の音がしたのだ。
部屋の中にはベッドに横たわるシンヤとその傍らに立つレイラ、入り口付近に佇む伊織、窓際に立つ真那、真那の腕にしがみつく美咲。その足元には不安そうな面持ちの真由美がおり、さらにその背後にはソフィアがいた。
シンヤは未だ熱に冒されている。真也と会話中に突如として倒れ込んだのだ。
彼の様子を見るに、もうしばらく目を覚ますことはないだろう。
その部屋の異様な光景に対して最初に口火を切ったのは他の誰でもない、シャーロットであった。
「そ、そそ、そそそ、そのようなことが許されるとお思いですか!」
真也の瞳を見据え、震える声でそう問いかけたのは他でもない。彼が想い人へと手を出す事を認めたからではない。
真也とまひるの関係を知ったからだ。
真也は真由美を一撫ですると、今度は美咲の手を取って立ち上がるのを助けるために立ち上がらせる。真由美は頬に朱が差し始めており、その手付きは優しいものであった。
「……いい加減にしてくれ。これ以上俺の周りを引っ掻き回されてたまるか」
真也はシャーロットの方を向いたまま静かに呟いたが、シャーロットの耳には入っていなかった。なぜなら彼女は真也が自分以外の女の子に触れていることに対し、憤っていたからである。
その様子はまさに修羅のようであり。彼女が握り締める『槍型の異能武装』がその感情に呼応して、その刃の先端を鈍色に光らせていた。
しかしシャーロットはその事実に気づいていないのか、「だ、だって! お姉さまとお呼びしているのです! お慕いしてると言ってもいいほどです! それなのに! 他の方とくっついたなんて!」と叫ぶようにして続けた。
(……こいつ。何言ってんだ?)
その叫びの内容について、真也は眉間にシワを寄せながらも必死に考える。が、しかし全く理解出来なかった。
真姫と自分を勝手にカップリングして盛り上がっているのは理解できるのだが。何故、そこで自分が出てくるのだろうか。
真姫と自分が恋人のような関係性であるという事は、この世界に居ない以上知るはずもないことのはずである。真也はこの世界の真姫と自分は他人だと強く感じ、思わず鼻で笑ってしまった。「……なんだそれ」
真也の言葉を聞いたまひるの目には再び怒りが満ちていく。その視線の先には自分の大切な存在が侮辱されたように思えたからだ。「なっ! なんですか、貴方! お兄ちゃんの事馬鹿にしてるんですか! ふざけるのも大概にしてください!!」
そんなまひるの様子を見て真姫は真也が何かをしたと確信した。「ちょっと真也!?」「まひるちゃん落ち着いて!」
真姫が駆け寄ろうとするよりも早く。二人の少女は真姫を静止させつつ真也を守るように前に踏み出した。真矢と真奈美の二人は真也の前に出る。その背中はまるで『守るべき主人を傷つける者を通さない』と言っているように見えた。「ちょっと! 間宮先輩がどうとか言ってますけど、まひるのお兄ちゃんのことじゃないですからね! お姉ちゃんのお兄ちゃんは、まひるだけのお兄ちゃんですから! 誰にも渡しませんから! まひるが許しませんからね! わかってるんですか!」
真姫がまひるに声をかけようとしたところでまひるから更に大きな声が発せられ、真矢たちの動きは止まった。「ちょ、真奈ちゃん!?」
真奈の声の大きさにまひるは驚き声をかける。「真矢ちゃんは知らないかもだけど……この世界ではそう決まってるんです!」「いや、そうって言われても……。それにまひるちゃんもそんな言い方したら」
真奈とまひるの間にも火花が散っている。

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