まひるよりも『大人っぽい』
まひると同じ髪色に染め上げられた長い髪の毛。大きな瞳は好奇心と興味の色をたたえており、肌の色は白く透き通っていた。その容姿は幼いものの、真也が今まで出会った中でまひるよりも『大人っぽい』と感じた女性は初めてだった。
その少女の姿を一目見て真也は確信する。『彼女こそが本物のまひるだ』と。その証拠はいくつもあるが、その最たるものは真也が昨日『まひる』と呼びかけた時に見せたまひるの反応だろう。
少女は、まひると同じく『感染者』であるという事だ。その事が、彼女が『まひる』であることを証明していた。しかし。その瞳の奥底から発される『敵意』を真也は見逃すことができなかった。「あなた、誰?」
真也が静かにそう尋ねれば少女は笑顔を浮かべた「私は間宮まひるです。あなたの妹です」
しかし、真也が「違う」と短く言葉を漏らせば少女の笑顔は固まった。『まひる』は、シンヤの世界における唯一の肉親であり、たったひとりの家族である。そんな存在であるからこそ真也にとって大切な存在ではあるが。その感情が家族としての愛情のみで構成されているかと言われれば否である。
真也は、目の前の少女に言い表せないほどの怒りを覚えていた。
まひるにそっくりの見た目をした、真也の大事な人の皮を被った『何か』がまひるの名前を名乗ったことに彼は激しい憤りを感じていたのだ。
「お、お兄ちゃん? どうしたの?」
真也の様子の変化に気付いた真矢が心配して声をかけるも、今の彼にとってはその声さえも腹立たしいものとなっていた。真也は真矢を押しのけベッドから立ち上がり、その少女に向けて拳を振り上げた。「やめて!」
真也が拳を握り、少女へ振り下ろす瞬間。まひるは大声をあげて真也の前に飛び出た。
そのまひるの姿はまるであの日の『シンヤ』のようで、その行動は彼の心に小さな影を落とした。「お兄ちゃん! 大丈夫だよ。この人はまひるのお姉ちゃ……お母さんだよ」
その言葉で、真也の動きが止まる。「……お、お母さん……?」
真也は目の前の少女をまじまじと見つめる。
確かに言われてみればその外見は『まひるの姉、真弥』そのものに見えるし、その行動もまひるに似ていた。とはいえ、目の前の少女はまひる本人だと真也は断言できたし、また目の前の少女も真也を偽者だと認識しているはずだ。にもかかわらず、真也は彼女の言葉を聞いてしまう。
これはまひるのもつ能力の一つだった。彼女は他人の意識を『自分と同じような境遇のもの』『自分と同じ姿を持つもの』などへ向けさせることができる力をもっていた。真弥をまひるだと認識させてしまったのは彼女のその特性を利用したものであった。
ただ、この力は真也自身にしか使えない。真也がこの世界にきた時『自分』と真矢が認識されたのはこの力があったためでもあるが、なによりその力を真也自身が一番有効的に使えるからだった。真矢が真弥に対して警戒した様子を見せたのもそのせいであった。真也はそんな事には気がつかず。自分が騙されているという事に気がつくことはなかったが。彼の頭の中でひとつの仮説が生まれていく。
(この子が……『俺の本当の妹』?)
その考えが浮かんだが、しかし真矢の言葉によってすぐに否定された。「いえ、違いますよ。その子は……えっと、そう、この子の妹はもっと背が高いですよ。まひるよりずっと大きいはずなので。……それにその人には……耳があるし」
真矢の言葉に少女が「そういえばお兄ちゃんも角がありますね」と言いながら真也に近づき、頭に手を伸ばそうとしたが。真也はそれを払い退けた。「ひっ……」
真也は妹だと思い込んだ少女の行動に驚くとともに、やはり自分は騙せていなかったのだという失望を覚えた。「お、お兄ちゃん」
真也の様子を心配するまひるであったが真也はそれに応えることなく少女を見つめた。
目の前にいる少女が本物の『真那』でない事は分かった。であれば彼女がまひるであるとはどういうことか。
それはきっと真那の皮を被った誰かであることに違いない。真也は目の前の少女をまひるとして認めてしまったが、その実、真那ではないと確信していた。
それはつまり。
(俺は、やっぱりまひるのことを、まだ受け入れていないのか……? でもまひるの言動も行動も全部、本当に、全部まひるじゃないか)
真矢から告げられたその事実に真也は困惑した。しかし同時に。
(まひるが、俺のことを受け入れてくれているのか不安だったけれど……)
『まひるのことを、愛してくれませんか?』
真夜のその言葉が脳裏によぎり、それと同時に真也は胸のあたりにチクリとした痛みを覚える。
(いや、俺はもう……)
その思いは今なお変わることはないが、それでも、まひるは今まさに彼へと手を差し出しているではないか。今度こそ守るべき存在であるのだから、差し出されたその手にすがらねばならないのではないか。『守るため』という理由だけでいいのか。
自分の心の底からの気持ちではないのだろうか。
真也は胸元のシャツをぎゅう、と握り、唇を噛む。自分の中の答えは未だ出ることは無かったが。ただ一つ、これだけは分かる。
自分の『まひるに対する想いは本物』だ、と。
だからその『偽りの愛情』に負けてはならない。
(俺もまひるも……幸せにならないと、ダメだろ。だって、兄妹なんだから。血の繋がった。たったふたりの家族なんだから)
「なぁ、間宮まひる。俺のことを、もう一度信じてほしい」
真也はゆっくりと口を開く。真那がまひるであるという確証はなかったが、その可能性を否定することも出来なかったからだ。
真矢は2人の会話の行方に息を飲む。それはそうだ。なぜなら目の前には『偽物』がいるからだ。しかも、昨日現れた少女の方ではなく、本物の方の。
もし彼女が本物の間宮まひるで無かった場合。彼女は、間宮家の家族構成を変えかねない存在であったからだ。
だからこそ、慎重に事を運ぶ必要があると考えたのだ。
しかしその慎重さすら。
「もちろんです! 私にとってお兄ちゃん以外はみんな偽者だから大丈夫です!」
真也の一言によって簡単に打ち砕かれたのであった。真也の言葉を聞いた真由美は大きく笑い声をあげる。「アッハッハ! そりゃ、そーだわ! あんたらが他人なんて思うわけないじゃん! あたしらは家族だもんねぇ! 真奈美ちゃんと美咲ちゃんも、ほら、そんな顔してないの!」
二人の姉妹は真由美の言葉に大きく安堵すると同時に真由美から放たれた爆弾発言に大きなショックを受けた。
真奈はその大きな胸に目線を落としながら大きな溜息をつく。(家族……わたしの入る隙間なんか最初からなかったってことかあ)
真矢もそんな真奈美を見て小さく笑みを浮かべる。「あはは、それはまあ。確かにそうかもしれませんけど……。ちょっと複雑な気分ですよ」
その言葉を真矢は小さくつぶやく。
しかし、真也の次なる言葉は彼女たちをさらに驚愕させた。「ああ、よかった。まひるにもちゃんと話さないとな」「は?」
真奈は聞き間違いではなかろうかという疑念を持ってしまったが。それはどうやらうっかり漏れ出た言葉だったようで「あ、いや、違うぞ。そういう意味じゃなくて、まひるはちゃんと説明しとかないと」と慌てる様子を見せた。