復活の蔵
不思議な蔵
「あっ。これこれ。この蔵がお目当てなのよ」
「へえ…… これが『復活の蔵』ね。なんか神秘的な感じするわ」
「でしょ」
「これで、今年のクリスマスは元カレと寄りが戻るかもね…… 」
「だと良いけど」
「鰯の頭も信心からよ」
うちの庭には、白壁の蔵がある。
隣が神社になっていて、パワースポットだという噂が立ち、この蔵を『復活の蔵』と呼んで、写真に収めようとたくさんの観光客がやって来る。
なぜか恋愛の寄りを戻す『復活の蔵』と誰かがネットで広めたようだ。
他人の家の庭にズカズカ入っても、罪悪感を感じないのは神社と繋がってるせいだろう。
「何となくその心理はわかるんだけどね…… 」
十蔵は、窓から庭先を眺めていた。
『恋愛復活』と書いた、蔵のストラップをせっせと作っている。
「家の庭の通行料として、500円いただきますよ」
こうつぶやくと、完成したストラップをケースに詰めて、神社へ運んだ。
蔵の人気のおかげでストラップは、バカ売れしている。
「恋愛復活の秘訣は『復活の蔵ストラップ』を付けたからです」
萌えキャラのインフィード広告を付けた、こんな呟きをSNSで拡散している。
「買い忘れた方には、通販もいたします。遠方で、なかなか参拝できない方には、代わりに願掛けをさせていただきます…… っと」
広告のコツは、常に新しい付加価値を感じさせる戦略を、立て続けることである。
十蔵は、試行錯誤をしてそれを熟知している。
だからいつも蔵の傍に何かを置いて、新しい景色を感じさせる工夫をする。
そこに気づく人もいて、リピーターもいる。
ちなみに今はピンクのハートを貼っている。
「これって短絡的な演出なんだけど、蔵と一緒に見ると神秘的に見えちゃうんだな…… 」
幼い頃から蔵と共に育ち、名前にも『蔵』がついている。古風な名前だし、この家の住人という感じがする。
高校2年生で、16歳の津村十蔵は、アルバイト感覚でいつもストラップ作りをしている。
「はいよ。今日は何人来るかねぇ」
弟の蔵人は社務所担当である。交代で制作と販売を分担している。
こうして座っているだけでかなりの稼ぎになるのだが、日がな一日こうしていると退屈である。
だから蔵人もSNSをアップしたり、通販の発送作業を社務所でしている。
おかげで津村兄弟は文章を書く力がついたようで、国語のテストは大抵満点だった。
蔵やキャラクターのイラストは十蔵が書いて、ハメパチにしたり、UVインクジェットプリンターでプラ板に印刷したりする。
この蔵は、津村家を支える重要な観光資源だった。
「十蔵、今日は仕事だから、後は頼むぞ」
父は大手広告代理店の広告マンなので忙しい。津村兄弟が蔵をSNSで宣伝し始めたのも、父の影響が強いのである。
何が真実か
「ちょっと、兄ちゃん。これ見てくれよ…… 」
社務所の様子を見に行くと、蔵人が暗い眼で何かを訴えてきた。
「どうかしたのか? 」
「うちの蔵のこと、批判する奴がでてきたんだ…… 」
そのSNSはこんな内容だった……
「私はこの蔵のことを良く知っています。
恋愛復活とか、心願成就とか書いて高額なストラップを売っている悪質商法です。
蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です。
この家に住む兄弟がデッチ上げて、商売のために作った話です。
騙されないでください Restore00001」
「なるほど。大胆な書き込みだが、否定はできないな…… 」
「兄ちゃん! 他人事みたいに言うなよ! ついさっき書き込まれたみたいだ。心当たりはないかい? 」
「うん…… しかし、悪質商法とまで言われたくないな。これが悪質だったら、父さんの仕事はすべて悪質商法だ。自分でいつも自嘲してるからな…… 」
「俺は悔しいよ! こんなことを書かれて。一生懸命にストラップを作って、こうして一日中社務所に詰めて仕事しているのに。このRestore00001って、どこの誰だよ! 」
「まあ、落ち着け。今のところ、復活の蔵のあり方を批判しただけで、誹謗中傷したわけじゃない」
「だけど…… 」
「そもそも、この蔵の人気が出たのは何でだったかな…… 」
「わかんないんだよ。突然たくさん人が押し掛けるようになったんだ」
「じゃあ、俺たちが客寄せをして始まったわけじゃないな。でも、最近は事実無根なことも書いている。でも釈然としないなぁ」
「でしょ。兄ちゃんも、もっと怒っていいんだよ」
「ちょっと待て。それなら、この書き込みをした人と直接話すべきじゃないのか? この書き込みからは、何を訴えたいのかはっきりしないし…… 」
「わかったよ…… 」
「それじゃ、兄ちゃんがこの人にダイレクトメッセージを送ってみるから。蔵人は何もするな」
十蔵は、冷静に、さっきのつぶやきを分析してみた。
『この蔵のことを良く知っています』
まずこの文。
近所に住んでいるのかもしれない……
『高額なストラップ』
ここも引っかかる。
500円は観光のお土産として、適正な価格だ。
普段使いのストラップとして考えると、キャラものでもないのに少し高い感じはする。
だから、近所の人が文房具屋さんやファンシーショップのストラップと比べて、高いと言っている可能性がある……
『悪質商法です』
値段が高くても、悪質商法に当たるほどではない。
高いと思ったら、買わないで帰ればいいだけだ。
売りつけてはいない。
『蔵にご利益があるなんて話は、事実無根です』
ご利益があった神社があるのだろうか……
神社仏閣で願掛けをするのは、何か具体的な見返りがあることを期待しているわけではない。
気休めや、習慣、自分の決意表明などが入り混じった、曖昧な目的で拝むものだ。
『この家に住む兄弟』
自分たち兄弟が交代で社務所にいるから、両方を知っている人物ということになる。
1度や2度来たくらいでは、兄弟だけでやっていることを知ることはできないはずだ。
『デッチ上げて、商売のために作った話です』
これはその通りだが、始めは自然発生的だった。
それに、どこかの神社のご利益のようなものに真実があるのだろうか。
『騙されないでください』
ストラップを買わないように啓発しようとしている。
なぜ妨害したいのだろうか……
「やっぱり、何か変だね…… さすが兄ちゃんだ。こうして分析すると、近くの人が書いた気がする」
「遠くの、面識がない人が、いたずらしたとすると、不自然な点が多い…… 」
「復活の蔵」誕生秘話
蔵人を社務所に残して、家に帰った。
「さてと。Restore00001にどうアプローチするか…… 」
しばらく考え込んだ。
「あまり批判的な事を書くと、態度を硬化させるだろうな…… 基本的に、お客さんの一人として扱おう。この蔵に興味を持って、関わる人は皆お客さんだ。例え批判的であっても、攻撃的なことを返してはいけない…… 」
パソコンを起動して、ワープロを立ち上げた。
「Restore00001様
この度は、蔵に関する貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。
私はこの蔵の所有者である、津村蔵之助の息子の十蔵です。
つぶやきを拝読したところ、お近くにお住まいの方ではないかと思いました。
ご指摘の通り、弟の蔵人と一緒に、社務所で蔵ストラップの販売を行っております。
ご心配をおかけしたかと思いますので、これまでの経緯を説明させていただきます。
まず、この蔵を『復活の蔵』として恋愛復活のご利益がある、と拡散したのは私共ではありません。
ある日突然観光客が押し寄せるようになって、このような噂が広まったのではないか、と弟の蔵人が申しておりました。
私は、いつどのようにして人気が出たのか思い出せず、弟の言うことを信用しています。
最近は、様々な演出をして神秘性を感じさせるなどの、広告戦略をしていることも事実です。
ご指摘いただいた、ストラップは500円で販売しております。
この価格はお守りや観光のお土産として適正な市場価格であり、悪質であるという認識はございません。
価格は、私と弟が日夜制作している手数料、材料費、設備投資、社務所に詰めるという労働の対価を上乗せしたものです。
他にご質問や、ご不明な点がございましたら、お問い合わせください。
もし込み入ったお話になるようでしたら、直接お越しください
津村十蔵」
蔵人にも文面を見せた。
「うん。これなら、こじれないと思うよ。誠意ある対応だね。僕はちょっと感情的になってたよ…… 」
「もしかしたら、Restore00001が社務所に来るかもしれない。そしたら、俺に電話をかけて呼んでくれ」
「わかった。何だか安心したよ」
ネガティブな事を書かれても、復活の蔵の人気に影響はなかった。
しばらくは何ごともなく観光客が訪れ、ストラップを買い求めて行った。
そんなある日のこと。
せっせとストラップを拵えていると、蔵人から電話がかかってきた。
「大変だ! 兄ちゃん! 来たよ」
小声でささやくような声だが、興奮している。
「何が? 」
「例の人だよ! 」
「ん? …… おおっ! 今行く」
夜6時を回ったところだった。
高校から帰宅して、ボーッとしていたところに、ついにやってきた。
サンダルを突っかけて、小走りで社務所へ向かった。
すると、社務所の前に十蔵と同い歳くらいの女の子が立っていた……
「こんばんは」
とりあえず、普通に挨拶した。
「…… 」
小さく会釈したが、黙っていた。
「この人が、Restore00001だってさっき名乗ったんだ。お兄ちゃんと話がしたいって…… 」
蔵人が耳打ちした。
「ここでは何ですから、社務所の中へどうぞ」
促すと、少し距離を置いて椅子を出した。
「…… へえ。社務所って初めて入ったわ」
少女は中を見まわして、興味深げに物色し始めた。
「これが例のストラップよね。さぞかし儲かったでしょうね」
ちょっと棘がある言い方をする。
「突然、SNSに変なつぶやきしたのに、冷静に対処した、津村十蔵さんはあなたかしら? 」
「そうです。失礼ですが、あなたは? 」
「弟さんには名乗ったのだけど、Restore00001こと久藤桐乃。高校2年生よ。桐乃でいいわ」
なおも、社務所の中を見まわしている。
「私、この神社と蔵のことは、ずっと前から知ってたの」
狭くて何もない空間だが、何かを探しているのだろうか。
同い歳だと分かったので、少し安心した。
「桐乃さんは、近くに住んでるの? 」
「まあね。300mくらい先に家があるわ。あの文面からバレバレだったかしら」
ニヤリとして見せたので、強い敵意を持っているわけではなさそうだ。
「兄ちゃんは賢いから、あの文章をあっという間に分析して見せたんだよ。僕は嫌がらせだと思ったけどね」
「まあまあ。蔵人。悪い人ではなさそうだぞ」
「普通は、弟さんみたいに反応するものじゃないかしら。ダイレクトメッセージを読んで、一本取られた感じがしたわ。ちょっと悔しくて、来てみたのよ」
横目に十蔵を見つめている。
「それで、なぜあんな書き込みをしたの? 」
「つぶやきをするのに、いちいち理由があるかしら? ちょっとムシャクシャすることがあってね…… つい書いたのよ。内容は事実だし、別に謝るつもりはないわ」
いろいろ指摘した部分はあるはずだが、そこを突いても大した意味がない。
こういう人に、感情的な文章をぶつけたら、どうなっていたかは想像に難くない。
蔵人は自分の考えが浅かったと、内心恥ずかしかった……
「別に、咎めるつもりはないんだけど、こうして会いに来た理由は他にあるんじゃない? 」
面識があったとしても、こちらは全然覚えていないのだから、知人でもない。
普通はネット上のやり取りで済ませるはずだ。
「ふふふ。実はね。私が『復活の蔵』を産み出したからよ」
「えっ! 」
蔵人が声を上げた。
「そうそう。驚いてくれないと、張り合いがないわね。十蔵さんはどう思った? 」
「可能性は、あると思っていたよ…… 会いに来ると言うことは、よほどはっきりしたメッセージを用意しているのだろうと」
「あなたは探偵になるべきじゃないかしら…… ちょっと面白くないわ…… はあ…… 」
「僕は生まれたときからこうでね。その分蔵人が驚いてくれるよ」
「その、何もかも自分の掌の上ですって顔がね…… まあいいわ」
桐乃は立ち上がって、なおも周りを見まわしている。
「ねえ。ストラップ。私にも作らせてよ」
十蔵は、表情を明るくした。
「ああ。これは家で作ってるんだ。こっちへおいで」
「復活の蔵」とは
「おお…… これがハメパチマシーンね。本格的だわ」
パソコン、プリンタ、そして型抜きする専用マシーンを見まわして驚きの声を上げている。
「作ってみるかい? 」
十蔵は丁寧にレクチャーしながら、作って見せた。
「へえ…… 位置合わせとか、結構難しそうね」
「キットは、丸型、角型、ハート形、お守り形、ピック形なんかもあるよ」
「ちょっとやらせて…… 」
慣れないと、おっかなびっくりで時間がかかった。
「うわぁ。何とかできたわ…… 」
「それで、こっちがUVインクジェットプリンタ」
「うはあぁ。こんなに小さいのね。これで写真を? 」
「そう。ちょっと時間がかかるから、データを持って来てくれれば作ってあげるよ」
「ええっ! 作るわ。お願い」
「で。こっちがレーザー加工機」
「こんなものまで! 凄いわ! 高いんでしょう」
「UVプリンタも、レーザー加工機も、30万くらいだよ。父の伝手で少し安く買えたんだ」
「ねえ。時々来ていいかしら」
「はは。気に入ってくれたみたいだね。もちろん良いよ」
桐乃は目を輝かせて、すっかりハマった様子だ。
「もっとこじんまりとした、やり方してるのかと思ってた。本格的なのね」
十蔵もなんだか嬉しくなって、笑顔を返した。
帰り際、蔵人がいる社務所に桐乃がやってきた。
「蔵人くん。さっきはごめんなさいね。時々来させてもらってもいいかしら」
顔がすっかり綻んだ桐乃は、かなりの美人だった。
「えっ。いいですよ。もちろん、どうぞ」
「誤解がないように、話しておくけど『復活の蔵』のストーリーは、実話なの」
「そうですか。細かいことは、覚えてないですけど。1年くらい前でしたかね」
「友達がね。この蔵に願かけしたら、寄りが戻ったのよ。だから、事実無根なんかじゃないわ…… 」
「ありがとう」
エピローグ
それから、桐乃は時々やって来てはオリジナルストラップを作っている。
「やあ。桐乃ちゃん。ごゆっくり」
父も声をかけるようになった。
「ちょっと用事があるんだけど、社務所頼んでいいかな」
「いいわよ」
時々社務所も手伝うようになり、桐乃もローテーションに加わった。
「ねえ。私もイラスト描くから、受注生産してみたらどうかしら」
「うん。いいんじゃない? 」
「じゃあ、六天市場に店を出しましょうよ。十ちゃんが店長で私と蔵ちゃんが社員で」
「何か。すごいパワフルだね…… 」
「機材があるんだから、どんどん作ろうよ。ね」
こうして「復活の蔵」六天市場店が開店した。
店は話題を呼び、蔵で願かけしたストラップと共に、かなりの売り上げを上げていった。
商品のほとんどは「恋愛復活」の文字と共にキャラクターが描かれていた……
了
この物語はフィクションです