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観劇は誰と

 閻魔庁で裁判が終わる。陪審員の指摘によって証拠の集めなおし、再審となる。深雪は緊張が解けて安堵の表情を浮かべ、玄助と遅昼を食べるために公園に行く。玄助は深雪のサラダ弁当をじっと見る。

「みゆみゆって、熱いもの一切入ってないね。熱いものも摂れるようにならないと、妖力落ちちゃうよ?」

たまに肉類が入っていたかと思うとサーモンロールのような冷えたものだ。言い返す材料が欲しくて玄助の持ってきた手作り弁当を見る。

「クロだって油揚げばっかりじゃない」

料理できない彼は弁当のほとんどを油揚げで埋めてきている。揚げ豆腐の元の大豆は万能食品だから、深雪よりは良さそうだった。美味しそうな匂いがすると鳥が集まってきたりするが、鳥の判定は玄助の勝ちらしい。

 公園には大きなトランクを背負った者がやってきて、無料の上映会をしようとしている。トランクからシルクスクリーンと映写機、シネマトグラフを取り出す。レオン・ブリーやリュミエール兄弟が明治中頃に発明したものだが、原型というべきものらしい。

「あら? もうこんな時間に」

公園の時計は4時を指している。塔季と話したり玄助と駄菓子の残りを食べたりしながら、閻魔庁の資料をめくっていたのが原因らしい。

「今見ようとしている妖しの子供たちと見ていこうよ」

玄助の心はまだ子供だと思う。深雪はうなずくと公園の椅子に座り直した。
 映画は差勁(ちゃち)なものだ。2軒の食堂が喧嘩をしながら売り上げを競い合うだけで、内容らしいものが見当たらない。深雪の雑貨店によく来る豚顔の妖しが出ているように思える。

「1つ目の彼は、撮影に協力したのでしょうか?」

役者が特殊メイクで彼に化けているのかもしれない。彼の料理の腕は確かで、振る鉄鍋は踊るように炎を立ち昇らせる。

「色んな料理が出てきて面白いね。この海鮮料理、みゆみゆ作れる?」
「今度作ってあげます。そろそろ帰りましょうね?」

映画は後半になり、相手の店の店員をさらってきて料理するという残酷なものに変わってくる。深雪は目を背けるのに、玄助はまじまじと見ている。映画の妖力に汚染されている。

「もう時間ない……」

深雪は上映しているものの正体に気付く。影鬼と言って、映画を見せながら犠牲者を喰らう悪鬼に見える。日が暮れると正体を現す。しかし玄助は映画の虜になってしまっていて、動く様子はない。

「ディナータイム!」

喜びの感情に満ちあふれた声が、日の落ちた公園に木霊(こだま)する。次の料理に入れられるものは子供や玄助たちに違いない。
 深雪は立ち上がると静かに語りかける。

「わたしたちを殺して入れようとしていらっしゃいます?」

声は氷のように冷たく無感情に聞こえる。今までに深雪に刃を向けたものたちに対して向けた厳しい態度と似ている。敵意に反応したのか、シルクスクリーンから役者たちが立体化する。包丁を持った鬼たちが出てきて、術にかかっていない深雪だけを取り囲んだ。


 深雪の動きを雪の結晶に喩える。薄い六角形平面で、風に吹かれると舞うように動く。結晶は煌いて役者の目を妨げる。その身は繰り出される刃をひらりひらりと舞いかわす。何の変化もない時間が続く。影鬼のいらだちは頂点に達した。

「何をしている! 映画の終了はもうすぐだぞ!」

いくら怒鳴っても、深雪に刃を当てることはできない。役者たちはようやく気付き始める。

「バ……化け物だ!」

一切攻撃されないが、長く近くにいると(しん)が凍りつきそうになって武器すらとり落とす。得物は地に刺さったまま、銀幕の中に逃げ込んでいく。
 深雪は作ることができない映画の結末を聞いた。

「役者さんは戻って行かれましたが、最後の料理をうかがっても?」
「そ、そんなもの……うわああああ!」

影鬼はシルクスクリーンをトランクに仕舞い、一目散に逃走する。

「おかしな妖しですね」

深雪は(ほう)けている玄助に帰りをうながした。
 翌日の雑貨店では玄助が深雪に質問をしてくる。

「本当は小野田さんと見たかったんだよね?」
「映画は誰と見てもいいんです」

彼なりの気づかいに感謝しながらも同意はしない。許婚の彼(小野田)とは同じ風景を見た。今は玄助と映画を見る時間になった。

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