お嬢様まさか何も説明がないなんて言いませんよね?
懐かしい昔の記憶を思い出しながら、俺は金髪をかきあげて深々と溜め息をついた。
きっとこれ以上何を言ってもお嬢様は聞く耳を持たないだろう。
ならば仕方がない。
ここは腹を括ってお嬢様に着いて行くしかないだろう。
「分かりました、お嬢様のご提案に俺も同意します。しかしどうやってラナンキュラスご夫妻にお会いさせるのか、彼女の出自をどうやって隠していくか、それについてだけは俺からも意見を述べたいと思っています。なので、絶っったいにお一人で行動だけは起こさないで下さいよ!」
「はいはい、分かっているわよ。だからあなたにもちゃんと相談しているのでしょう? そんなにわたくしって信用ないのかしら」
「いえ…………信用は……もちろんしております。ただ俺はあなたの事が心配なんですよ」
お嬢様のことは心から信用している。でなければ心から忠誠を誓うなんて絶対にしない。
決してお嬢様の事が信用出来ず、これからやろうとしている事に賛同出来ないわけではない。
絶対にだ!!
俺は額に浮かぶ汗に拭いさり口を開く。
「では、お嬢様。さっそく本題に入らせて頂きますが、アザレア様をラナンキュラスご夫妻に会わせる前に、いったいお嬢様がどんな風にアザレア様をお幸せにしたいのか、そしてアムフィオとは乙女ゲームとはなんなのか、恋愛フラグとはなんなのか、その全てを俺にご説明願います」
「えっ!!」
お嬢様は一瞬引きつった表情を浮かべると、俺からサッと目線を逸らした。
ん? この反応は……。
その様子に心当たりがある俺は、ニッコリと笑顔を浮かべてお嬢様が見つめる先に立った。
「なっ!」
そして逃しまいと思いながら、ぐっとお嬢様の顔に自分の顔を近づけた。
「ご〜せ〜つ〜め〜い、してくれますよね? まさか一切の情報提供もなく、俺に手伝えって言っているわけではありませんよね?」
「そ、それは〜……」
お嬢様は嘘をついたり何か隠し事をしている時、必ずと言っていいほど俺から目を逸らす。
下手くそな口笛を吹きながら、明らかに自分は何かを知りながらも知りませんよと言っている雰囲気をかもし出すので、お嬢様が何を隠しているのかなんて一目瞭然だ。
このまま強引に聞き出すのも良いが、無理に口を割らせても面白くないな……。
「……はぁ、分かりましたお嬢様」
「は、はぃ?」
俺はお嬢様から顔を離し背を向けた。
「俺は心からお嬢様のことを信用し、忠誠も誓っています。だから何事とも包み隠さずお話しすることができ、ご報告もしております。しかしお嬢様にとって俺は、まだまだ信用するに値しない存在なんですね」
「ちょっ! なんでそうなるのよ!」
「だってお嬢様、俺に話したくないんですよね? でしたら話してくれなくても大丈夫です。話してくれなくても、お嬢様が俺の事を信頼してくれていることは、先程あなた様のお口から得られましたので」
と言いながら、俺は横目でお嬢様の様子を伺う。
お嬢様は肩を震わせながら視線を下に投げている。どうやら自分の中で自分と戦っているようだ。
俺に話すか話さないのかと。
「……説明は……ちゃんとするつもりです。しかしまだ情報が全然まとまっていないから」
「え!? そうだったんですか? なのに『アザレアを幸せにする』なんて言い切ったんですか? お嬢様それはちょっと……」
「うっ!!」
どうしても俺に話したくないのか、お嬢様は必死に俺への言い訳やらどう言えば引き下がるのかを悩んでいる。
そんなお嬢様の姿が少し面白くて俺は軽く笑った。
本当はお嬢様がどうんな風にアザレア様を幸せにしたのかとか、アムフィオとか乙女ゲームとか、恋愛フラグの事なんて知らなくてもいい。
知らなくたって俺がやるべき事はもう既に決まっているのだから。
だから――
「お嬢様……やはり――」
「良いわ! 全部話してあげます!」
「え……?」
俺はポカンとしてお嬢様を見る。
「な、何ですかその顔は? あなたが説明をお願いしますって言ったのよ? だから全部教えてあげます!」
「で、ですがお嬢様、無理にご説明しなくても大丈夫ですけど」
「いいえ、この先あなたの力を借りていくなら、情報共有は必須になってきます。なのでわたくしが目指す『アザレアを幸せにする大作戦』の内容を、今ここで読み上げるます全部聞いて行きなさい!」
「っ!」
しまったと思った。
お嬢様は机の引き出しから自作であろう『アザレアを幸せにする大作戦』と、でかでかと黒字で書かれた本を取り出した。いや、本と言うよりも紙束って言えば良いのだろうか?
紙束の数がぱっとみても二十枚は越えているように見える。まさかお嬢様がお一人で、そのなんとか大作戦の内容を書き上げたのだろうか?
うん、物凄く、いや絶対にやばい内容に違いない!
それに今からその紙束に書かれた内容を読み上げるんだろ? 絶対今日中に終わらないやつだ!
「お、お嬢様! 全部は結構ですから、俺がお嬢様に尋ねた事だけをお聞かせ下さい」
「え? それだけで良いの? いつものあなたなら絶対最後まで聞くでしょう?」
「そ、そうかもしれませんが……」
お嬢様がお一人で書き上げたその大作戦の内容を、今日一日を使って全部覚えられる自信がなかった。聞かせられるよりも、まずは全部に目を通させて頂きたい。
目を通して俺が正した上で、大作戦の内容を改めてお聞きしたい。
そうだ、後でお嬢様にそう言おう。
「じゃあまずは、あなたがわたくしに聞いてきた『アザレアをどんな風に幸せにしたい』のかについては――」
「……はぁ」
アザレア様について語りだすお嬢様の姿は、いつも以上に輝いて見えるのは気のせいだろうか?