執事に馬鹿だと言われたので作戦練り直します①
リヒトにご説明願いますと言われた時は正直焦りました。嫌な汗が額に浮かんで、どうしようと思いながら心中で頭を抱えた。
確かにリヒトには何一つ説明をしていません。別に後でも良いかなって思っていた部分もありますが、一番の理由はわたくしが徹夜で考えた『アザレアを幸せにする大作戦』を聞いた後、必ず何かしら指摘してくるに違いないと思っていたからです。
だって、あのカンナ・ロベリアが考えた作戦ですよ? 絶対『やばい作戦に違いない』と思ったでしょう。
カンナ・ロベリアに転生したわたくしが言うのもなんですが、カンナ・ロベリアは超が付くまでいきませんが『馬鹿』なんです。
そう『馬鹿』なんです(大事な事なので二回)。
リヒトはその事を誰よりも知っているから、わたくしが考えたこの大作戦の内容を聞いて表情を歪ませる事でしょう。
でもこの先リヒトの力は必須といって良いほど必要になってきます。でしたらここは己の恥を捨て笑われる事を覚悟の上で、包み隠さず全てお話する事に決めました。
しかしリヒトは何故か急に、自分が尋ねた事だけに答えてくれれば良いと言い出した。
本来の彼なら必ず全部聞き出そうとするはずなのに、どういう風の吹き回しかしら? まさか最初から全部聞く気がなかったのかしら?
内心そう疑問に思いながら、わたくしは一枚の紙をめくった。
「じゃあまずは、あなたがわたくしに聞いてきた『アザレアをどんな風に幸せにしたい』のかについては、まず簡潔に言いますとですね、『彼女を攻略キャラたちから引き離し、わたくしが彼女を幸せにする』です」
「は、はぁ……。それは前にも言っていましたが、具体的にはどんな風にでしょうか?」
「とりあえず今段階で考えている事ですが、彼女の攻略対象キャラとなっている、あなたを含めた四人とはくっつけず、わたくしがアザレアを幸せに導きハッピーエンドを迎える、ですわ」
「…………お嬢様、発言よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「今お嬢様はアザレア様をご自身でハッピーエンドに導くと言いましたが、それはアザレア様を誰とも結婚させず、ましてやお嬢様も結婚せず、お二人で幸せにお花畑をウキウキランランで駆けて行く、と言う事でよろしいのでしょうか?」
「お花畑はないけど、リヒトがイメージしている通りよ。このわたくしがアザレアを幸せにするのだから、結婚なんてするわけないでしょう?」
と、自信満々に胸を張った時、リヒトは『何言ってんのこの人?』とでも言うように表情を歪ませている。
「な、何ですかその顔は? この際ですから、何か言いたい事があればはっきり言いなさい」
「では、失礼させていただきます」
リヒトはそう言うとわたくしが持っていた紙束を横取りし、手早く内容に目を通していく。その早さにドン引きしつつリヒトをじっと見ていると、全ての内容を見終えたリヒトは顔を真っ青にした。
あ、この反応は相当やばいやつだ。
そう思った時、リヒトが勢い良くこちらへと視線を移動させた。
そんな彼の背後に真っ赤なオーラが見えるのは気のせいかしら?
「お嬢様、本当にこれでアザレア様を幸せに出来ると思ったんですか?」
「だ、駄目だったかしら?」
わたくしは息を飲んで尋ねる。
彼が何ていうのかは薄々分かっている。そう、彼はきっと――
「では言わせて頂きます。お嬢様、『馬鹿』ですか?」
「うっ!!!」
『馬鹿』と言う言葉が鋭く体を貫いた。
うん、分かっていました。彼なら必ずそう言うだろうと! しかしそんなど直球に言わなくても?!
「あ、あなた……主に向かって『馬鹿』って言うのは!」
「ええ、失言だと言う事は重々承知しております。しかし俺の発言をお許しになったのは、お嬢様ご自身です」
「そ、それは確かにそうですけど……!」
真正面から『馬鹿』と言うのはどうなの?! 確かにカンナ・ロベリアが馬鹿なのはわたくしも分かっている事ですが、そんな正直に言うこともないのではないかしら!
「まず、お嬢様。アザレア様を誰とも結婚させないと言うところですが、それは無理だと思いますよ」
「なっ! ど、どうして?!」
「アザレア様をラナンキュラス家の養子として迎え入れさせると言う事は、アザレア様は将来ユリウス様の後を継ぐ事になると言う事になります。もし仮にユリウス様がアザレア様ではなく、他の人に後を継がせると言いましても、どのみちアザレア様のお相手となる方が、ユリウス様の後を継ぐお方になられます。ですので、アザレア様を結婚させないと言う手段は無理に等しいです」
「そ、それは確かに……」
「本当にアザレア様を誰とも結婚させたくないのであれば、養子にさせる以外の手段を取らなければなりません。お嬢様、他に何かお考えがありますか?」
リヒトの最もな発言にわたくしはぐうの音も出ませんでした。
彼の言う通り、ラナンキュラス家の養子に迎え入れられたアザレアは、ルートによっては将来家を継ぐ事になります。リヒトルートでは、ラナンキュラス家ご夫妻がリヒトをアザレアの婿として迎え入れます。
おそらくユリウス様はアザレアではなく、彼を自分の後継ぎにしたのでしょう。
ゲーム本編はその先を語っていないので、あくまでこれはわたくしの推測になりますけど。
他の三人のルートでも彼女は必ず結婚し、ラナンキュラス家の後継ぎの話が浮上する。
大体は彼女が選んだ攻略キャラたちが、ラナンキュラス家の後継ぎになるのですが、そうなるとやはり彼女は誰かと必ず結婚せざるを得ないと言う事になる。
なぜわたくしはこんな大事な事を忘れていたのでしょう。
「リヒト……ありがとう、ございます。あなたのおかげで目が覚めました」
ただ自分の気持だけで彼女を幸せにするわけにはいきません。アザレアを本当の意味で幸せにするのなら、ラナンキュラス家の後継ぎも視野に入れて考えなければなりません。
リヒトを含めた攻略キャラ四人は、確かにラナンキュラス家の後を継ぐ事が出来る程の実力を兼ね備えている。でもやっぱり……あいつらとくっつけたくは…………ない!!
「リヒト。一つご相談があるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「もし仮にあなたを除く攻略キャラ三人の中だと、一番誰が適任だと思いますか?」
「俺を除く三人ですか? その人物は一体誰なのですか?」
「えっと……まずは――」
二人目の攻略対象キャラクター二人目は、『フィリックス・ベルデ・ハルシャギク』。
髪色は翡翠色で目は黄緑色のツリ目で、とても整った容姿をしているハルシャギク伯爵家のご子息だ。
彼の趣味は読書で、一日の大半を読書をして過ごしている。そんな彼が彼女と出会うのは乙女ゲームの舞台である学園の大図書館だ。
アザレアは授業の予習をするために、大図書館へと足を運び本を探していた。そんな時彼女が見つけた本を、偶然フィリックスも探していて、お互い同時に手を伸ばして指先が当たる。なんてありきたりな出会いが、二人の馴れ初めになります。
「フィリックス様って……。前にお嬢様が公衆の面前でビンタをかましたお相手じゃないんですか!」
「ええ、そうよ。あいつったら、わざわざわたくしが遠い国から取り寄せた本を読みもしないでポイッと捨てて、『あなたにもこんな高度な本を読む頭を持っていたんですね。しかしあなたでは理解出来ないでしょう? あなたに読まれる本が可哀想だ』なんて言って来たのよ! そんな事言われたらわたくしだって堪忍袋くらい切れますわよ! あの本はわたくしが読むのではなく、お前のために買ったんだっつの!!」
この時のアザレアはフィリックスに惚れていた。今思えば何であんな男なんかに惚れたていたのかは謎であるが、前に彼が欲しいと言っていた本をプレゼントしたら、きっと喜ぶのではと思ったわたくしは、お父様に頼んでわざわざ取り寄せて、彼にプレゼントしに行ったのにあんの男は……!!
「あいつの事なんて今はどうでも良いのよ! 顔だって思い出したくもない!」
あいつはあの後謝罪にすら来ていない。
ゲームをやっていた時は正直『ざまぁ〜』なんて思っていたけど、いざあの時の事を思い出すと凄く悲しい気持ちになる。
好きな人にプレゼントを受け取ってもらえず、みんなの前で大恥をかかされた彼女は、きっと凄く悲しかったと思う。
「お嬢様がお嫌でしたら、フィリックス様は候補から外しても良いのではないでしょうか?」
「ええ、そうね。あんな男にアザレアを任せられるもんですか……。次行きましょう」
三人目の攻略対象キャラクターは『ニコラ』と言う平民の少年で、アザレアとは幼馴染でよく一緒に遊んでいた男の子だ。
髪は茶髪の単発で目は橙色。頬にはそばかすがあって可愛らしい見た目の子だ。
そのおかげで女の子たちからの評判も高く、みんなの輪に入るのが得意で話の中心人物になる事が多かった。そのトーク技術をある子爵に買われ養子として迎え入れられ、ゲームの舞台である学園の入学式でアザレアと再会を果たします。
「ニコラですか。聞いた事のない名前ですね」
「今の彼はまだ平民ですもの。聞いた事がないもの無理ありません。彼は後に『ニコラ・マロン・スターチス』と名前が変わりますし、アザレアと出会うのもずっと先です」
「スターチス家の養子に迎え入れられるのですね。それにアザレア様とも面識があり仲がとても良い。彼ならばアザレア様のお相手によろしいのではないでしょうか?」
「まあ、そう思うのも当然ですわね。しかしそれは彼の本性を知らないからよ」
「ほ、本性ですか?」
「ええ」
ニコラは可愛い男の子が大好きな女性陣からのファンが多く、ゲームをプレイする前の子たちは必ずと言っていい程『ニコラ君可愛い〜』、『まじ天使』、『お持ち帰りしたい』と言葉を口にする。
当然わたくしも最初はそうでした。しかしゲームをプレイして彼を見る目は変わった。
ゲーム序盤は確かに『あ〜可愛い』なんて思っていた。しかしゲームを進めいて行く中で、アザレアはどんどんニコラが作った罠にハマっていきます。
ニコラは可愛い〜ではなく、サイコパス〜だったんです。
「さ、サイコパス……ですか?」
「そう、サイコパスだったのよ、あの男は……。育った環境があれだったから仕方がない事だけど、彼はアザレアを自分の物だけにしようとして、自分が考えた作戦にアザレアを誘導していくのよ。それにアザレアはどんどんハマっていって、ニコラの思惑通り彼の事を好きになる。ニコラは影で彼女の事を狙っている奴らを排除していき、いつの間にか彼女に話しかける男子はいなくなっていたわ」
そう、アザレアの事を妬ましく思っていたカンナ・ロベリアも、ニコラは影で彼女の事を殺害、あるいは二度とアザレアに手出し出来ないように、精神攻撃をして彼女の心を壊した。
その事を知ったリヒトはニコラを許さなかった。しかしカンナ・ロベリアから離れる事が出来ないリヒトは、復讐にすら行く事が出来なかった。
これも全て彼の計画通りで、そんな事を知らない彼女はニコラと幸せな日々を送り続けていく。
「そ、それは……フィリックス様よりもやばい人ですね」
「そう、だからニコラは絶対に有り得ません。彼をアザレアに近づけるわけにはいきません!」
ニコラをアザレアに近づけない作戦も考えなければいけませんが、これは後でリヒトと一緒に考えましょう。
「そして三人目ですけど……」
わたくしは三人目の彼の名前を見下ろして表情を歪ませた。
「お嬢様?」
攻略対象キャラの中でニコラが一番やばい奴なんて言われていますけど、わたくしはニコラよりも彼が一番やばい奴だと思っています。
全ての事を影で操り、彼女を必ず手に入れるためにこのシナリオを考えた人物――この国の第一王子『ルーカス・ネグロ・ド・アウラ・ブーゲンビリア』。
彼こそが、カンナ・ロベリアを悪役令嬢に仕立て上げた張本人だ。