初対面と役割は唐突に
「ここがロベリア邸だ。どうだ? 大きいだろ?」
「……っ」
馬車から降りるとそこには大きな屋敷が建っていた。屋敷全体は紫色の色で統一され、屋敷の庭は色とりどりの花たちが咲き誇り、その真ん中には屋敷へと続く一本道が伸びていた。
アース様はびっくりしている俺を見ろして軽く笑みを浮かべると、先に屋敷に向かて歩き出す。そんなアース様の背中を追いかけて、俺も辺りに目を配りながら真っ直ぐ伸びた花園の道を歩いて行く。
こんな色とりどりの花を一体誰が手入れしているんだろう? 見たことがない花々が広がっていて、まるでここだけ花園みたいんだ。
そんな事を思いながら後ろを着いて言っていた時、屋敷の扉の前で数人の人影が見えた。
「あっ! 父さん! お帰り〜」
三人いる人影のうち、一つの人影がアース様に向かって大きく手を振った。
「お、何だお前たちか。こんなところでどうしたんだ? まさか俺の出迎えか?」
「え? そんなつもりなかったよ。たまたま父さんがタイミングよく帰って来ただけだよ」
何てさっきアース様に声をかけた少年は、おそらく悪気はないんだろうけど、ヴァイオレットモルガナイト色の瞳を瞬かせると首を傾げた。
「お、おお……そうか。じゃあ何でお前たちはここに居るんだ? ウラノス・イクシオン」
アース様に名前を呼ばれた二人は、ちょっと困ったように表情を歪める。
「実は……ちょっと今みんなで人探ししててさ」
「ん? 人探しか? 何でまたみんなで人探しなんかしてるんだよ?」
「父上。お帰りになられたばかりで申し訳ないのですが、あの子を捕まえるのを手伝ってください」
イクシオンは真面目な顔つきでアース様に言う。
その表情からして、彼らが探している人と言うのはとても大切は人なのだろう事が分かった。
帰って来るなり早々に人探しか。ま、俺には関係のない事だろうな。この人達が誰を探しているかなんて、面識のない俺にとってはどうでも良いことだ。
「あ〜……またか」
とアース様は困ったように額に手を当てる。
そんなアース様の顔を見上げた時、突然ひょこっとウラノスの顔がどアップに瞳に映りこんできた。
「うわっ!!」
当然びっくりした俺は慌てて後ろへと飛び退いた。
「初対面の人にいきなり『うわっ!』って失礼じゃないかな?」
「い、いきなりお前が顔を近づけてくるからだろ!」
「ねぇ、父さん。この子誰なの?」
って、人の話は無視かよ!
ウラノスの言葉に、イクシオンも目を軽く細めるとじっと俺の凝視して来る。
その目からは警戒されている事が見て取れた。
このイクシオンってやつ、このマイペースなウラノスと違ってちょっとは話が出来るやつなのかもしれない。
普通見知らぬ子が父親の側に立っていたら、誰だって警戒して当然だろ。なのにこのウラノスって奴は、警戒するどころか興味津々に俺の事を見てきてる。
やっぱり兄弟と言っても性格は違うもんなんだな。
そんな事を内心で思っていた時、額から手を離したアース様は後ろに居る俺に目を配ると口を開いた。
「そうだな、今お前たちにはここで紹介しとくな。こいつは……執事見習いでやって来た少年だ」
「はぁ……執事見習いですか? しかし父上、今のところ新しく執事を雇っていると話は聞いていません。それにこの少年は俺達よりも年下に見えますけど?」
「へ〜執事見習いか。じゃあ誰の執事になるのかな? もしかしてボクかな?」
何て勝手に紹介され話が先に進み始めている。
確かに執事見習いになると決めたのは俺だけど、まさかこの二人の内どちらかの執事見習いをやる事になるのか?
それだったら、話の分かりそうなイクシオンが良いけど……。
「待て待て、順番に喋れっての。おい、少年。お前から見て左に居るのが三男のイクシオン・ロベリアで、右に居るのが五男のウラノス・ロベリアだ。多分ウラノスと歳は近いだろうが、一応この二人はお前の主になる。だから礼儀だけはしっかりしろ」
「…………分かりました」
と言われても、執事見習いとしての礼儀作法さんて知るかっての。
三男に五男……てことは、あと長男、次男、四男が居るのか。
どんだけ兄弟いるんだよ。いや、全員男なのかも疑問に思うところだが。
「この顔を合わせると思うが、長男はヘリオス・ロベリア、次男はレイン・ロベリア。この二人は双子で今は屋敷に居ない。今年から学校の寮に入って、今度帰って来るのは来年の末だ。そして最後に四男のシヴァ・ロベリア。おそらくシヴァはこいつらと同じく、一番したの子を探し回っているだろうな」
と、アース様が言っていると。
「お〜い!! 一体どこに隠れたんだよ!!」
屋敷の中でおそらくシヴァと思われる甲高い声が、この場に居る全員の耳に届いた。
「う、うるさ……!」
「全く……シヴァは相変わらずだな。おい、ウラノス。俺たちも捜索の続きをするぞ」
「え〜イクス兄ちゃん。ちょっとは休もうよ!」
「うるさい、休んでる暇があったらとっとと探して見つけるぞ」
イクシオンは俺たちに一礼すると、ウラノスの手を引いて屋敷の中に入って行った。
「帰って早々に騒がしいったらないな」
「あぁ、全くだな」
俺は腕を組んで軽く息をついた。そしてさっきアース様が言っていた言葉が脳裏を過ぎった。
「おそらくシヴァはこいつらと同じく、一番したの子を探し回っているだろうな」
一番下の子を探し回っている……。
ん? 一番下の子? てことはこの兄弟は六人兄弟!?
あ、アース様の奥様って一体どんな人なんだ……?
「まああの子の事はあいつらに任せて、少年よ着いて来い」
アース様の後ろを着いて行きながら、俺はロベリア家の邸宅に足を踏み入れた。
☆ ☆ ☆
「お〜い、ヴィーナ。今帰ったぞ」
屋敷の中を通って中庭に出ると、アース様はそのまま俺を連れて大きな庭園へと出た。庭園の奥を歩いて行くと、ヴィーナと呼ばれた女性が優雅に紅茶を飲みながら、ティータイムの時間を満喫しているところだった。
太陽の光に照らされる真っ青な髪に、こちらへと向けられるターコイズブルー色の瞳は、俺たちの姿を映すと数回瞬きする。
ヴィーナ様は持っていた本を机の上に置くと、ゆっくりと立ち上がってこちらへと歩いて来る。
「あら、アース。お早いお帰りね。ユリウス様とカトレア様はお元気だったかしら?」
「あぁ、相変わらずだったよ。ヴィーナ、紹介するよ。こいつは今日からここで執事見習いをする事になった少年だ」
「あらあら、執事見習い? 少年?」
い、いきなりそんな直球で説明して大丈夫なのかよ? この人びっくりしているように見えるけど?
「私は全然おっけいよ。あなたの好きにしてちょうだい」
「おう! お前ならそう言うと思ってたぜ」
「っ!」
会話の流れに俺は思わず脱力した。
ぎ、疑問も何も抱かないのか!? 見ず知らずの、しかも記憶を失って出自も分からない子供を、こうも簡単に受け入れられるのか?!
こ、この人は……いやこの二人は……只者じゃない。
そう思いながら顔を引きつらせていた時、突然ヴィーナ様の体が小さく左右に揺れた。
「ん?」
アース様とヴィーナ様はお互いに顔を合わせると、嬉しそうに微笑した。
「まったく、この子ったら。本当にかくれんぼがお上手なのね」
「一体誰に似たんだろうな?」
二人は会話を交わしながら、ヴィーナ様は自分の後ろに隠れていた子を抱き上げると、こちらへとゆっくりと振り返った。
「ほら、カンナ。ご挨拶しなさい」
「……っ」
俺は目を瞬かせた。
ヴィーナ様に抱き上げられた女の子、アース様と同じヴァイオレットモルガナイト色の瞳は、アース様の隣に居る俺に向けられてた。
紫色のうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、お互いに目が合うと彼女は少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「少年、紹介するな。この子はカンナ・ロベリア。六人兄弟の中の末の子で、たった一人の女の子だ」
「えっ! てことは、今さっき彼らが探し回っているって子が」
「そう、この子だ。そして今日からお前がこの子の執事になるんだ」
「は……はあああ?」
いきなりの発言に俺は思わず声を上げた。そして顔を引きつらせながら、俺はお嬢様へと視線の先を向けたのだった。