『私は……私は人類を滅ぼすもの』
『え?何これ。どういうことですか。うわっ!?痛い。目があ、目があ』片方の子が慌てて手で振り払うが、目の中に入ってしまったらしい。もうひとりの方もあわてる。『あれ、手がヌルヌルでうまく拭えないぞ』『くそう、この白粉花が目に染みる~。早く取り除かないと……ん、なんだこの変な感触は。なんかぬるっとしたものがまぶたについてるみたいだ。まるでナメクジが這い回っているような感覚だなぁ。しかも、だんだん大きくなって、あふぅ。こそばゆいよぉ』その子は手のひらに唾を付けて何度もこすってみるけど一向に取れないようだ。そしてようやく視界を取り戻したその子の目の前にあったものは白粉の被さった箱だ。『あれぇ。いつのまにこんなものが降ってきたんだろ。でもなんで白粉が被さっていたのだろう。ん?』と首を傾げて不思議そうな顔をするその子。どうやら今自分の置かれている状況をいまいち理解できていないらしい。『それより、ちょっとこの白粉が痒いな。それに気持ち悪いし、早く取り除けないかな』と思いながらも今度は手をグーにして強く目をこする。『うん、やっと取れてきた。やっぱり目は大切にしないとダメだよね。ん?』そこでその子の目に飛び込んできたのは、自分が今、両手を使って広げている箱の中からこちらを見ている二つの大きな眼であった。しかし次の瞬間、その子の顔から笑顔が消えた。なぜならその箱の中に入っているのは人間の目玉ではなかったからだ。なぜならそれは人間じゃなくて……そう。ゴキブリの眼球であった。『きゃー!!』と叫んでそれを床に落とすとそのゴキブリらしき物体はさらにカサカサと動きながらどこかに逃げていくのが分かった。そして箱を開ける。そこには大量のゴキブリが入っていた。おそらくあの時の白衣はゴキブリの死骸を洗ったものに違いない。ちなみにその中身を撒いた子はその後、ゴキブリ嫌いになったそうだ。
「あ、またいる……」『いるな』と芽衣子とロボは感じ取る。
二人はお風呂に入っている時も一緒に入っているわけではない。
しかし時々感じる気配があった。誰かに見られている感覚。でもどこに誰がいるのかまでは分からなかった。
「ねぇ私って幽霊見えるほう?」と聞くと、『さぁどうでしょう』と返ってくるだけだった。ちなみに幽霊と宇宙人の違いは肉体を持っているかどうかであるらしい。『宇宙人とは言ってませんよ』と注意されることもしばしば。幽霊と宇宙人が同格というのはなんだか嫌だけど…….そういえばあの人は宇宙人と仲良かったはず……とぼんやり考えていたら急に声をかけられた。
「え?誰!?いつからそこに!」
びっくりして振り向くと黒髪ショートの女性が立っているではないか。その女性はどこか懐かしい匂いがしたけど思い出せない。身長が高くスラリとしているのになぜか猫背気味だ。全体的に線が細く弱々しい印象があるものの瞳は爛々と輝いている。そして彼女の右手は日本刀を握っていた。その刃からは血の雫が滴っている。
これはきっと夢に違いないと決めつけた。芽衣子が目をこすろうとするとその手を押さえられる。その力は強くとても人間とは思えないほど力強い。そして彼女は左手を芽衣子にかざすように突き出している。まるで占い師のような所作であるが彼女の目は金色をしていた。
金色の目をした少女?が問いかける
「貴女の知っていることを話しなさい。私が聞いてあげるから」
芽衣子は震えながら口を開いた。その言葉はとても自分の口から出ていると思えないくらい流暢だった。
『私は……私は人類を滅ぼすもの』
「何を言うか。君はそんなことは望んでいない」と父親役の男は反論する。「これは夢だよ」
男の名は黒坂真琴と言うらしいのだが芽衣子は名前を間違えるのが好きではない。
真琴は娘の頭を膝に乗せて麦茶を飲む。
夜中なのでクーラーを付けているのに蚊がいる。
真琴は娘を睨むように注意を促した。
「おい。また夜中に何をやっている?」
開発芽衣子は夏休みの宿題で天体望遠鏡を作っている。
レンズの材料になる水晶玉を探すために近所の神社に来た。そこで石像の目がキラリと光った。
おでこの真ん中の髪の毛を上げてよく見てみる。それは確かに石ではなく眼球だ。芽衣子と視線があった。その時、石像はピタリとも動かず静止していた。
次の瞬間、石像はバラバラになって砕け散り石つぶてを周囲に飛び散らした。芽衣子が目を閉じ顔を伏せた隙を突いて誰かが石つぶてにぶつかった。痛みをこらえて目を開けると、そこには見覚えのある顔の少女が居た。少女の額に角のような突起がある。そう彼女は異世界人だ。
「なんで私を助けてくれたの?」
芽衣子の質問に対し「私は人間を愛しているのです」「あなたはもう一人前の異世界人でした。ですから助けたのでございます。私の同胞としてね」
その日、二人は運命的に結ばれた。
後日、二人は石神村へ行った。そこに祀られていた神様の瞳を見て芽衣子は確信した。
自分は神に選ばれた存在であると。
だが、それを邪魔するものが現れた。それは地球でもなく宇宙でもない異次元から来た者、すなわち神だ。
神が地球をおそおうとしていることを悟る二人。しかし、すでに手遅れだった。
芽衣子の父親が石の塔を建てた時、神の怒りに触れたのだ。神はその怒りによって時空を越えてやってきた。神の目は赤く輝きその眼差しですべてを呪縛してしまう力を持っている やがて神の手が二人のいる町に迫る、その危機を知ってか知らずにかメイは神社に願をかけた。その時芽衣子に不思議な感覚が訪れた、この世界線が消滅する。世界は巻き戻り、すべてがなかったことになろうとする感覚だ。これは夢だ、でもとてもリアルな……そこで目覚めた。
「今度またあの子と会うことができたら、もう放さない。二度と別れないんだから。きっとそうすれば私は神に選ばれるはず……」
神に対抗できるのは同じく神だけだ。だから神になる方法を知る必要があった。そのためにメイは神の力を借りることにした、それが神の目だ 一方その頃、メイの母が入院していた病院に一通の手紙が届いた。
『あなたの息子の命を助けたければ今夜〇時に廃屋にある井戸の底に隠してある薬を持って来い』と書かれていた手紙を見て不審を感じた看護師は警察に相談するが捜査の結果、悪戯だと判断された そして夜が更けていく。
月明りのない暗い夜道を走る芽衣子の姿があった。
セーラー服姿のままリュックサックを背負い必死の形相だ。
途中まで迎えに来た父親の車の後部座席に乗り込みメイを探すように言うと猛スピードで走り去った やがて芽衣子が目指す廃屋の前まで来た、錆びついた古い梯子を降りて行くと古井戸がそこにあった 水は張っておらず真っ暗な様子だ。芽衣子はリュックを降ろし、セーラー服のスカーフをほどき始めた。上着がめくれ体操服がみえる。そのまま両手をクロスさせてセ上着を脱いだ。半袖シャツになる。スカートのホックを外し、ジッパーを降ろす。ストンとスカートが落ちると下に赤いブルマを履いてる。体操着の背中にはうっすらとスクール水着が透けて見える。芽衣子は体操着とブルマも脱いでスク水姿になった。(なんとしても薬を見つけて帰らないと!)
しかし暗闇で何も見えず恐怖は倍増していた。それでも井戸の淵に手をかける ひんやりとした冷たい感触に震えが止まらないが勇気を出して飛び降りた。
ドスンッと鈍い音がしたが不思議と痛くはなかった。
それよりも早く地上に戻らなくては。でもどこに? とにかく走るんだ。そうすれば道がわかるはず。
その時、背後でガサッと草を踏む音を聞いた。
(もう追ってきたの!?)
慌てて振り返るが、ただの藪であった。
「あっち行け! どっか行っちゃえ!」
走り出す。しかしすぐに足がもつれ転ぶ。
「大丈夫かい? こりゃあ熱がある。さぁ私と一緒に来るんだよ」
男の声とともに担ぎ上げられどこかへ運ばれていく。
***
目が覚めると天井が見えた。木目だ。板の間だ。土壁だ。囲炉裏があった。
藁葺きの屋根だ。床が冷たい、いや熱い。薪の燃える匂いが鼻孔を突き抜けていった。
ここはどこなのか。自分は何をしているのか。わからない。
ただ胸の上に誰かが乗っていて重かった。その正体を確かめるべく寝返りをうつと少女の顔があった。髪は長く腰に届きそうだ。年齢は十代半ばから後半に見えた。
誰だろうと首を巡らせるとそこには大人の男女の姿があった。彼らは目を丸くしていた。
(あれ? 僕が驚かせることってある?)
芽衣子は戸惑った。この人たち誰だろう。見たことがない顔だけど。
男は着物を着ていた。女は割くっていた。
男は言った「おお神の子が現れた」「神に祈ろう。神に祈りを捧げよう。ああ神に感謝します」。男は土間に膝をつく。芽衣子は布団に正座したまま男をぼんやりと眺めた。男は手を組み頭を垂れる。まるで祈るようだと思った。神とはなんだろう。神が居るならばきっと自分はここにはいない。そのはずだ。芽衣子が神に問うと女のほうは答えると言った「この世は全て神の愛に満ちているのです。神はこの世を創造された。人はただ神の子として神を愛しましょう。あなたはここにいるべき者ではありません。さあ早く出て行ってくださいまし」「でもお母さん。あたしはどこへ行けばいいの?」「それは自分でお探しになって。ここではないどこかに。そうしないとあなたの居場所はありませんから」
そこで芽衣子は目が覚めた。汗まみれになってベッドの上。傍らで妹が大の字で眠っている。
時刻はまだ深夜だ。喉の渇きを覚え台所に向かうと父が酒を飲んでいた。どうやらもう寝る所らしい。コップ片手に芽衣子に気づいた様子。
芽衣子の顔を見て言った。
父さん、今晩は月がないぞ。「そうだね。月がなくて真っ暗だよ」芽衣子が応じると酒瓶を手に居間に戻った。そのままソファにどっかり腰かけ目をつむった。
芽衣子は二階の自分の部屋に戻るため暗い廊下に出た。窓から見える裏山は漆黒で何にも見えない。
庭の池から水の音が聞こえる。きっと鯉が泳いでいる音だ。今夜は満月で水面は光っていたはずだ。
階段を上りながら思う。なぜ私があの話を信じるのかしら。
それは多分………… 芽衣子は立ち止まり振り返った。何も変わったことはない。いつもの家の景色だ。しかしなぜか心がざわめく。
そういえばお父さんは何を飲んでいるのだろうか?あの匂いと音は何なのかしら?どうしてお母さんは何も言わないのかしら? 私の家族って本当に幸せなんだろうかと自問すると、心臓の奥から恐怖に近い不安が込み上げてきた。
芽衣子が二歳の時両親が離婚したのはまだ若かった母が幼い芽衣子を連れてこの田舎にやってきたのだ。母の親戚は東京に住んでおり頼れなかったようだ。父方の祖母はこの家に住んでいるので母を引き取った。父と別れた理由を聞いたのは父の死後であったから詳しいことはわからないが母は仕事人間であり、そのせいか芽衣子とあまり関わらずに育った。そして五年程前から病気で倒れた。入院中も仕事を続けており見舞いに行って驚いたものだ。「私の仕事なんてあなたが生まれる前に終わったの。今やっていることはすべて無意味だわ」と言うと病室からいなくなった。それから病状が悪くなったらしく、ある日容態が悪化し亡くなったらしい。葬儀に呼ばれたものの親族に疎まれていたために参列できず線香をあげに行くことすらできなかった。父の方からは葬式代は出なかった。父が残していった物は小さなリュックと預金通帳だけ。父が死んだ後、残された遺産を整理している時に、ある紙が出てきた。
『メイちゃんへ。これは君宛だ。きっと困ると思うのでここに書いておきます。もし僕が死んでいなかったなら一緒に暮らすこともできたんだと思うけど僕はこんな姿になってまで生きたくはないので君の好きなようにしてください。僕のお金で好きにしていいです。
ユウキ』
その文を読んで私は震えた。今まで一度も手紙を送ってきたことのない父がなぜ書いたのか? この結末のために私の人生があるのだろうか。それはあまりにも酷いではないか! 私の胸を締め付ける感情の名は絶望であったと思う。私は机に向かい筆を取った。便箋を取り出し父に向けて書くことは決まっている。
親不孝者ですみません。さぞかし辛いでしょう。でも私はあなたを許していません。
これから私がすることはあなたの思いを踏みにじるものですからどうか許さないで下さい。お願いします。
ただ最後に一言だけ言わせてください。生まれて初めてあなたに愛していますと書きたいと思います。
これが最後になるはずですから
『お父さん お母さんより先に逝くことになってしまったことをお詫び致します。お葬式の日取りが決まったらまた教えて下さいね。それから、お姉さんのことをよろしくお願いいたします。あの人、放っておくとご飯も食べないで機械いじりばかりしているので時々は注意してもらえたら幸いでございます。お二人とも身体にお気をつけて。くれぐれもお元気で過ごしてください。』
読み返してみるとあまりの薄情さに呆れてしまった。
それでも手紙を送ろうと思った。ただそれだけだ。
芽衣子はお風呂に入ってパジャマを着た後でもう一度読み返してみる。もうこれで最後だ。本当に最後の一通。この文面を読むと何だか悲しくなってきた。胸のあたりがむず痒い感じがして目頭にもじわりと水分が染み出てくる。芽衣子は便箋を封筒に入れて封をした。切手を用意していないことに気づいた。今時、郵便局は開いているだろうか。開いてなければ近くのコンビニまで走ればいい。そう思い立ち玄関に向かった。サンダルをつっかけて外に出ると蒸し暑く空気は熱を含んでいた。ドアを開けると同時に涼しい夜風がふわっと頬を撫でたように思えたがすぐに蒸発してしまいそうだ。アパートから少し離れたところにある自動販売機まで走ると案の定、自販機は光を失っていた。諦めかけたところで幸運の女神は微笑んだ。
月明かりを頼りに郵便ポストを探しあてて投函すると再び帰路についた。今度は走り疲れてしまい途中で座り込んで休憩を取ったほどだ。部屋に戻るとおでんが置いてあった。今日は父が仕事で遅いから夕食を作ってくれたようだ。レンジに入れるのが面倒だったのでそのままかぶりつこうとしたら芽衣子が居間に入ってきた。
父は芽衣子に食べさせようと作ったつもりだったので「冷めちゃうよ。早くお上がり」と勧めたら芽衣子も一緒に夕飯を食べて帰りが遅くなり母に怒られたので少し反省したようだ。でもまた懲りずに作るに違いない。父にとっては失敗作の煮物は美味しいものなのだから。しかし、芽衣子にも好きな食べ物がある。母の作った卵焼きや父の作ってくれるおでんの味は特に大好きらしい。
朝起きて歯を磨いていると、
「あふぅ……」
背後からあくびをしながら芽衣子が入ってきた。
どうやら今起きたらしく髪はボサボサでパジャマが乱れている。ブラジャーのホックも外れていて胸元から大きな谷間が見える。目の毒なので慌てて背を向けたが背中越しに声をかけてきた。
「お早う御座います。お兄様。私も一緒に行って良いですか?」
俺こと天城優也が朝食の準備をしている間ずっと後ろから抱きついてくる。
まるで飼い主の足音を聞き分けて付いてくる仔犬のようでちょっとかわいい 俺は手短に説明したが芽衣子は信じてくれなかった。そこで実際に連れていく事にしたら案外素直に従った。この妹にしてこの兄ありという事だろうか。まあそんなことは置いておいて今日も一日頑張るか。今日もモリモリおでんを焼いて、おでんを売って、売れ残ったおでんを食べて頑張ろう。ちなみに今週の目標は100人おでんを売り切ることである。目標達成に向けていざ出陣! 朝7時、起床ラッパで目が覚める。今日も1日のスタートだ。おでんの具と米と水を土鍋に入れてかまどにかける。昨晩のうちに仕込みをしたおでんに熱を通していく。おでんが煮えるまでの間に卵を割り砂糖と醤油でかき混ぜておく。これはお客さんの要望だ。あと大根の葉っぱの部分だけ残してあるのだがこれを細かく刻んで入れると彩りが良くなるし風味も出てくれるからこれも忘れてはいけない。他にもちくわ、こんにゃく、がんもの皮をむき串を打っている。
今日の天気も良いし、風もいい感じだ。これならいつも以上に沢山のおでんをさばけるだろう。お昼休みになったら、弁当と一緒に売り切りたいな。まずは目の前の仕事を全力で取り組もう。おでんは逃げないし。
僕は自分の持ち場で、おでんの販売に集中しようとしたけど……。
(あれ? なんで今日は客が多いんだ?)
朝見た時よりも明らかに人が多すぎるぞ。それに店先に並んでるおでんの鍋が凄いスピードで無くなっていく。おでんの鍋ってそんな速く消える物なのか? と僕が戸惑っているとおでん販売所の中に見慣れない少女がいた。
しかもおでんが無くなったと思った瞬間補充している!?︎ どういう事だと思っていると、おでんを販売している少女と目があった
『貴方、早く並ばないと無くなるわよ』
どうやらこのおでんを売っているおでん販売所の店主が知り合いみたいだ。
「そうみたいだね。でもどうしてこんなに繁盛しているんでしょうか?」
僕はおでんの販売所の中で働いている少女に聞いてみた。
すると少女はため息をつく「お馬鹿ねぇ、今何月だと思ってるのかしら。11月よ。十一月。冬のボーナ h5ngスでおでんで一杯やりたいと考えている人なんて五万といるでしょう。ほら見て、私だって冬に向けて大量に仕入れてるわ」
お嬢様言葉で喋りながらも慣れた手つきで大根を切って鍋に投入してゆく その顔は少しだけ赤らんでいて額に汗が浮いていた。
お昼前だと言うのにかなりの熱量を出しているようだ。
僕も急いでおでん用の器を用意し始めた
「あら。あんた見かけない顔ね」
声をかけてきた女に僕は見覚えがなかったけど相手はすぐに思い当たったらしく僕の胸倉を掴み上げながら叫んだ
「おでんじゃなくておでんの素じゃない!!」
芽衣子お嬢様には最近悩みがあった。それはおでんを食べている時に限って現れる謎の人物のことである。ある日の夕食時であった。おでんに舌鼓を打ちながらお椀の中の出汁に目を落とした。
(あれ?なんかいる)
目を凝らすとお玉杓子に黒い物が乗っていた。
そっとつまんで口元まで持っていくと猫であった。
しかし猫は鳴きもしないし暴れもしない。むしろお腹がぽっこりと膨れていた。どう見ても子猫ではない。しかもこの黒い毛並みどこかで見た事がある そう思った瞬間、猫はぱっくり開いた口におでんの中味を吸い込みはじめた。おでんのお揚げに、牛すじにがんもどき。あっと言う間に胃袋の中に消えたおでん達を見送り、芽衣子はそっと箸を置いた。
「あんた誰なの?」
おでんを食べるときは猫に注意せよ これはおでん好きの間で常識中の常識だ。
「ねぇ知ってる」「なにを?」
昼休みに弁当箱を抱えてやってきた少女が言う。
彼女は二ノ宮由香里 幼馴染でありクラスでは席が隣同士の仲の良い友達である。お世辞抜きに美人さんであるが少し残念なのは頭が悪いこと、そのおかげで僕が勉強を教える羽目になるのだが そんな彼女に見覚えのある顔があった。あの子、朝会った猫娘じゃないか! 芽衣子はそそくさと自分の教室に帰っていった それから一週間後。お腹を大きくした猫娘の口から大量の血液が噴き出して絶命する事件が発生したらしいがそれは僕の知った事ではなかった。なぜなら、もう関係ないからね 僕は学校をさぼる事が多くなった。
別に授業内容が退屈とかじゃない。むしろ教師の熱意を感じている。
だけどどうしても気分が乗らないときもある。
だからこうして屋上にやって来て一人、弁当を食している。
「おい、またここでメシか? ここはお前の居場所じゃないんだから帰れ」
「なんだ真介君か 相変わらず冷たい言い方だなあ」
彼女は僕のクラスの委員長 黒髪ロングで眼鏡を掛けている。いつも眉間にしわが寄っている 名前は相楽真冬。学級委員長であり生徒会長候補 真面目を絵に描いたような存在なのだ しかし今日に限って機嫌が悪いようだ。まぁどうでもいいけど……んっ よく見ればこの子は以前見かけたことがあるような……そうだ! あの事件だ。芽衣子が殺した猫少女の知り合いかなにかか!? いやいやまて僕。落ち着け冷静になれ。僕はこんなにもクールな人間だ。慌てることはないさ 真冬に話しかけるとするか
「なぁ、君はどうしていつも仏頂面でいるんだ?」
「うるさい黙れ 私がどんな表情でいようが勝手だろう そもそもあなたが話しかけてきたせいで授業が始まってしまうじゃないか 迷惑だ消えてくれないか?目障りだ」
こっちを見てもくれない これは相当嫌われているらしい。それにクラスメイトに聞いた話では、普段から笑ったりすることはほとんどないらしく友達もほとんどいないらしい。確かに今の態度を見るに納得だ それでもなぜこんな奴がクラスの中心人物なのかわからないな。そんなことを考えているうちに授業開始のチャイムが鳴る
(キーンコーンカーンコン)
はあ~やっと終わったでもまだ終礼が残っているのか憂鬱でしかないさっさと終わらせてほしい 教室移動で廊下を歩いているとまた声がかけられる 今度は誰だよまったくめんどくさいなー(主人公)お前何組だ! なんなんだこいつは俺のことを見下すつもりか!? まあいいか俺は1組のあいつとはもう喋りたくない そう言って自分の教室に戻った ホームルームが始まる前に帰ろうとしたが先生に止められた
「どこに行くんだ」
と、言われると嫌そうな顔をしつつも席に着く 担任の話は短くて助かると思っていたら最後に一言こう告げられた「あ〜今日も遅刻か」するとクラスのみんながクスッ笑い出すしかし俺にとってはすごく気分が悪い話が長くなってもいいからこの話はなしにして欲しいと思うほどだったそれから少したったあとようやく解放され帰ることができた
(放課後)
学校が終わるとすぐに帰りたくなっていたのですぐに帰ることにした。
早く帰って勉強しないと親父や母さんに悪いなと思いながら走っているとその途中でトラックが信号を無視して突っ込んでくるのが見えたが反応が遅れてそのまま衝突してしまう。意識が遠のいていく。あぁ死ぬなと思った。しかし芽衣子はそのことに安堵した。これで人類の滅亡が阻止できるから。
そして、死んだ
「ん?ここは一体・・。俺はどうなったんだ」
とつぶやくと周りを見渡してみる そこはどこかわからない真っ白な空間が広がっていた。
目の前には神様が立っているようだったのだが その姿を見て思わず絶句してしまった。
その姿があまりにもかわいすぎたから。見た目は中学生くらいで身長140cmほどで髪は黒でストレートヘア、目はパッチリしていて肌の色は雪のように白い美少女だ。
俺は思わず「は?」と言った感じの声を発してしまった。
そのせいか向こうは怯えるように縮こまっている そんな姿を見ているとさすがに申し訳なく思いとりあえず話しかけてみることにした そう思って声をかけてみると 返事が来たことに安心してくれたようで少しずつ会話ができ始めた 名前を教えてもらったので俺の名前を名乗ると向こうも名乗ってきた
「わしの名はアルフじゃよろしく頼むのぉ~」
と言ってきた。なのでこちらも自己紹介をし返しているうちに少し打ち解けてきたようだ。
(あれ、この子が神ならなぜ俺が死んだのか聞いてみたほうがいいんじゃないか)とおもったので、その質問をしてみる。すると案外すんなりと答えてくれた
「それはお主たちが魔王討伐の旅の途中で勇者一行の1人の女魔術師を殺したのだろう?それを聞いた女神が激怒し、他の4人と2つの魂で神の世界へ来てもらいそこでいろいろあってのう。最終的に3つに減らされたわけじゃ。その後、残ったのがそなただ。それで転生させてやったということだな。お主が殺された理由についてはまぁ・・・あまり深く聞くでない」
(なるほど。やはりあっちの俺とやらは女殺しまくってたんですね。納得です。俺が殺された理由って、あれですか?)
ふと見ると向こうに見覚えのある建物があった。丸、三角、四角…おでんの形をしている。どう見てもあのマルテンタワーだ(おいいいいっっ!!ふざけるんじゃない!あんな物まで作り始めたのか)芽衣子は絶叫しながら走り出す「芽衣子は行くのよ!あの鉄塔の元へ!もう二度とこんな世界には戻ってこないのよ!」芽衣子は大急ぎで支度を済ませると新幹線の切符を買いに飛びだしていった。そして東京駅に着いた芽衣子はホームへの階段をかけ上っていった
『東京行きのひかりがまいります』
電車の到着を告げるアナウンスが流れる その時、突然、大きな地震がやってきた。
芽衣子は足を踏み外して線路へと落下してゆく「あっ危ない」「キャァー!!!誰か!!」
その瞬間、 ドッガーーーン と爆発音と共にマルテンタワーは崩れ落ちた
(あ……よかった)
芽衣子が目を開けたとき目の前に人だかりが出来ていた。「大丈夫ですか?今救急車が来るからね。お母さん見える?」
白髪の老人の優しい声。芽衣子はうなずいた。
しかし芽衣子の目には崩れたおでん鉄塔の破片と真っ赤に染まった空が見えて何も見えなかった「ねぇママどこ?どこにいるのぉ!?ママァー!!!!」
これが人類の破滅かと思った。それは絶望的な風景だ。
だが、違った。
芽衣子の母メイは芽衣子をしっかりと抱き締めたまま瓦礫に埋もれて息絶えていたのだ。母が抱きしめていなければ自分も即死だったかもしれないと知った芽衣子は泣いた。
泣き続けた。その日から芽衣子は笑う事がなくなった
「私がママを殺した。私がママの敵をとるんだ」
メイコは芽衣子から笑顔を奪ってしまった。
数年後、マルテン大崩壊事件により世界の人口は半分以下になった。人々は天を仰いで嘆き、神に祈ったが助けは無かった。残された時間はあと少ししか残されていない。
それでも、
『おでんの神様どうか娘をお守りください』
祈りを捧げ続けた父の姿を思い出し、芽衣子はおでん屋でアルバイトをする事になる。
マルテン大崩壊したあの日、奇跡が起きた。芽衣子が見上げ続けたおでん鉄塔が消えたのだ。
ただの鉄塊となり崩れ去ったのだ!
「やったー」と喜ぶ芽衣子に鉄筋業者のおじさんはこう説明した。
『鉄塔はもうすぐ倒れる所じゃった。君のお陰で被害を最小限に抑えられたんじゃ、ありがとう!』
それは本当に喜ばしいことだと思えた 芽衣子と両親は大喜びで抱き合い喜んだ これで世界は救えるんだ きっと明日もいいことがある この日だけは夜空を見上げて眠ることができたのだ 次の日は朝から曇りだった。雲の向こうではおでん鉄塔が崩れているはずだ。
世界を救うのは自分なのだ 芽衣子は制服を着て自転車に飛び乗った。雨は止んでいたが厚い雲が太陽を隠して昼だというのに薄暗い。街ゆく人は傘を差したまま俯きがちで表情もよくわからない。
JR環状線を西に進みおでん鉄塔へ近づく。
その手前に黒いスーツを着た男たちが立ちふさがっていた。ヘルメットを被っており正体はよくわからなかったが一人ひとりが凄腕の戦士である事は空気で感じ取れた。芽衣子は彼らを見て自分がこれから戦争に赴く事を悟った。
彼らは何も言わず、また道を譲る様子もない。どう見ても話し合いなどで道を開けてくれる雰囲気ではない。
しかしマルテン鉄塔を壊す使命を帯びた少女を止める術などない。
だから戦うしか道はない。たとえ相手が人間ではなく戦闘ロボットであっても。そう決意した瞬間、芽衣子は男に殴りかかっていた 相手は明らかに武道の達人だ そのパンチをかわし足を払うと相手の身体はアスファルトを転がった。だが受け身を取るやすぐに飛び起き、間髪入れずに攻撃に転じてくる。
速い。とても素人とは思えない まるでボクサーのような鋭い動きだ それでも所詮は人間の動き 隙はある 芽衣子は男のパンチを受け流しつつ、顎を狙ってカウンターをぶち込んだ。すると男は大きく体勢を崩し地面に倒れた。
「やったか!」
「まだだ!手加減しろと言っただろうが!!」
後ろの男が叫んだ。
仲間?増援がくるとは思わなかった。
芽衣子は背後に忍び寄った気配を感じ、振り向きざまに裏拳を放つ。それは正確に相手の顔面を打ち抜いて鼻骨が折れる感触が手に伝わった。その男は地面の上で二回転し白目をむいて痙攣していた。
「こいつ……」
強い どうなっている 芽衣子は警戒を強めつつ、もう一人のほうへ向く すると視界に入ったのは大きな銃口であった パン、と乾いた音が鳴る 肩に焼けるような衝撃が来た 撃た……れたのか 痛くはないけどなんだこれ、熱い、でも血が流れて服に赤いしみができる 芽衣子はそのまま仰向けに倒れる 霞んだ瞳で見た先には二人の黒ずくめの男たちが立っている 片方がもう一人を撃ったようだ この人たちが私を……なぜ そこで意識を失った
「はっ!?」
夢か。いや現実にそんな事はない
「大丈夫?」
声の方向に目を向ける。隣りに座っている少女だ。制服を着て学生鞄を傍らに置いている。眼鏡をかけて、髪は長くストレートで顔立ちが整っているため知的な雰囲気だ。芽衣子は彼女を見て一瞬、誰なのか理解出来なかった。しかし少し考えてから思い出す。同じクラスの委員長である。
そうだここは学校の一階廊下にあるカフェテラスだ。期末試験の成績上位者だけが集まって放課後勉強会をしていた。今日は委員長と二人だけだ。いつもなら他にも数人はいるが用事でいない。二人は飲み物を手に窓際の席についている。外はもう真っ暗になっている。
芽衣子は起き上がって自分の左肩を眺める。撃たれたところに包帯が巻かれていて血が滲んでいる
「ちょっと怪我をしたのよ。それで病院に行く途中なの」
嘘ではない。さっきまでのは夢だった。あれがなんだったかはわからない。
ただわかることといえばあの二人は人を殺すということだ 何の罪もない女の子の命を奪った。
しかもそれは芽衣子が関わっている そう思うと芽衣子の怒りは頂点に達した。
「許さない。絶対。殺してやるわ」
物騒なことを口にしていた その横でメガネ委員長が呟いていた。
「人類の敵だね」と。
* * *
芽衣子と委員長はカフェを出てから帰路を急いだ。
二人の手の中にはおでん屋で売っていた容器に入った汁だ。おでんの具と出汁の入ったスープだ。これがまた熱い。でも美味い。火傷しないように少しずつすする。冷めるとまずいからだ。猫舌なのだ。
夕暮れ時の住宅街はまだ人が多い。犬を散歩させているおばさん。部活帰りの学生達。帰宅途中のサラリーマンにOLの群れ、子供連れのお母さん。買い物を終えた主婦や老人。芽衣子のような制服姿もちらほらと見受けられる。芽衣子はこの雑踏の中で一人になる瞬間が好きだった。
二人きりで歩いている時、二人は黙っていることが少ない。
話題を提供しているのはもっぱら芽衣子だ。彼女はおしゃべりな女だ。
今日もいつものように芽衣子は喋りまくる。
「ねぇねぇ私が作ったマルテン鉄塔の話覚えてる?あのとき私が何を言ってたのか聞いてなかったでしょ?」
「ああ。聞いていなかったけどわかったことがあるんだ。君はとんでもない人間だってことがわかった。君ほどじゃないにしても」と僕は答える。彼女の才能を僕は全く評価していないから。
彼女が話したことはほとんど意味がなかった。彼女は天才だけど馬鹿だ。
その日あったことを一時間ぶっ通しで喋っても内容を覚えてないこともあるぐらいだし。
それに、彼女から語られたことに何の価値もないことがすぐにわかる。
彼女は自分が作ったものにほとんど価値を見出せないタイプの人種だからだ。
ただひとつだけ、僕に聞かせてくれたことはあった。マルテン鉄塔を建設したのは父を止めるためだというのだ。そのために僕は鉄塔の頂きを目指すと決意した。父を止めることができるならなんだっていい。たとえ悪魔と契約してでも成し遂げる覚悟だ。この世でもっとも憎い男を止めなければ僕らの平和は訪れないのだから。
芽衣子は自分の発明品が人を殺めるところを何度も見てきたのかもしれない。そんな芽衣子に言わせるのならば、僕の復讐は無意味ではないらしい。
「あなたがやっている事は正義だと思う。それは誰にも止められないから止めてはいけないと思うの」と芽衣子は続けた。まるで自分に言い聞かせるように、
「もし止めるとしたら、きっと私の役目なんじゃないかしら。私が鉄塔を壊したら、あなたはその先に行ってもいい。あなたの願いが叶うまで」
芽衣子がそう言ってくれたことでようやく僕は自分の気持ちに整理がついたように思う。今までの感情はすべて父に対するものなのか、それとも自分自身の恨みによるものか。おそらくどちらも正しい。だがその決着をつけるのが父の破壊活動を阻止する事に繋がるだろう。鉄塔を登れば分かる気がした。だから行くんだ。
芽衣子と別れて夜の森を走ること半日ほどだろうか、ついに目的地に到着したようだ。目の前にある鉄塔が目的だ。鉄塔は巨大すぎて、もはや天に向かって聳えるというより山のように横たわっていた。頂上は雲の中に隠れている。しかし麓からの眺めでも十分にその高さが実感できた。天にそびえ立ち天を貫きそうな威圧感があるからだ。塔の基部は森で覆われているが中腹あたりから先は開けていて展望台のようになっているようだ。今は暗く月明りで見るだけだが日中であればそこから富士山や大阪方面の風景が見えるかもしれない。展望台のさらに向こう側はどうなっているのかここからは見通せない。鉄柱は太くて先端に行くにつれて細くなっているため展望デッキのようなスペースになっているのだろう。そしてその基部、天に向けて真っ直ぐ伸びている部分のすぐ傍に金属製の小さな看板が設置されている。
そこには『鉄塔建設の由来』という文字が記されていた。僕にとってはこれが鉄塔の名の由来になるはずなのだが一体何が記されているのであろうか。僕はそれを一読することにした。
== 我が社は創業百三十年を迎える伝統ある会社ですが当社は創業当初から常に新たなチャレンジを忘れず、現在では国内シェアにおいて二位以下を大きく引き離し、市場占有率においては五位以内に入る優良企業となっています。
しかし、当社の歴史はそれだけにとどまりません。今から五十年前、当社創業者である先代社長は「日本の夜空を変えてみせる!」と言い残し単身海外に渡りました。その言葉どおり先代社長が持ち帰ったのは当時の最新技術を駆使した鉄塔。それは当時の最先端電波望遠鏡に匹敵するほどの高さを持つ建造物でした。その後この鉄塔は日本各地に建設され現在に至ります。
先代の社長は事業を成功させ莫大な資産を築きましたが後継者に恵まれず会社は分裂しました。
その争いに勝利した二代目社長が現在の当社会長兼CEOになり、先代から受け継ぎ築き上げた富と権力を駆使して更なる発展を続けています。
そして近年に到り宇宙開発事業にも参入し月への打ち上げを目指しております。また宇宙ステーションの建造も検討中です。しかしこれは実現すれば宇宙へ人を運ぶことが可能になるでしょうがその際には膨大なコストがかかり我が国の財政を圧迫することは免れないでしょう。その為に政府は国民から徴収する税金を増やすと予想されており、一部の議員からは反対意見も出ており今後の政局がどう転ぶかわかりません。しかし我が社は決して諦めず必ずや人類のフロンティア開拓を成し遂げると決意しています。
一時間目が終わった休み時間にクラス委員長の女子生徒に呼び出されて屋上へ行くと芽衣子が待っていた。手すりに背中を預けながら足をプラプラさせている。
「何?」
「あんた、お父さんとお母さんに言ってるでしょ? 私に弟がいるって。それもすっごく可愛くて賢い子なんだから。今度会わせたいから絶対連れてきてよね!わかったわね!」
一方的に捲し立てて帰って行った。
それから間もなく芽衣子は転校することになった。両親は反対したが彼女が決めた事だ。最後に会った時に言われた一言で決心がついた。
「私は、絶対にあきらめない」
芽衣子は最後の望みをかけて両親に黙って家を抜け出してきた。彼女の秘密を知る者は数少ないが、この世界線でその事を知っていた人物は彼女以外全て死に絶えてしまった。それでも彼女は止まらない。ただ一つの可能性を胸に鉄塔へと走った。それはある意味で世界で一番孤独な旅であった。
だが、芽衣子に奇跡が起こった。鉄塔に向かう途中に彼女はトラックに轢かれそうになった所を同じクラスの女子生徒である田中理恵に助けられたのだ。そして、二人は鉄塔へと向かった。そこにはすでにマルテン大おでんタワーは存在しなかった。代わりに巨大な人型の黒い影があった。彼らはマルテンおでんタワーを破壊してくれた者を探していた。しかし、彼らが探しているのは人間ではない。その証拠に、マルテンおでん鉄塔は破壊されたまま残っていた。
「私は、人類の味方。私はあなたの敵ではありません」
芽衣子は両手を広げて彼らの目の前に現れた。そして、語りかけた。
マルテンおでん大鉄塔の麓の展望台からその光景を見ている人影があった。それは誰あろう。
芽衣子が出会ったクラスメイトであり今まさに鉄塔を爆破しようとしていた田中理恵子だ。彼女はマルテンおでん大鉄塔を破壊したら世界が終わることを直感的に悟っていた。芽衣子と出会っていなければきっと彼女は躊躇わず鉄塔を爆弾で破壊していたことだろう。
田中の表情は暗く沈み、絶望に染まっている。世界は終わらないという現実を受け入れることを拒否したように、首を横に振り、口は何か言いたげにもがくが音にならない声を発していただけだった。しかし、ついに意を決すると手にした爆弾を投げようとした時
「待って!」と背後から声をかけられ、驚き振り返るとそこにセーラー服の少女がいた。
「その様子だと私と同じものを見たみたいね。でももう手遅れ。私たちに出来ることは……」
少女の目は遠く鉄塔を見ていた。
その時、上空から爆音が轟き黒い煙の柱が立ったかと思うと鉄塔の先端が崩れてゆっくりと地面に倒れた。
それを見届けてから少女たちは別れ、それぞれの日常に戻ったのだそうだ。
――完
『芽衣子』と表紙に書かれた本を棚に戻したときその向こうの通路に彼女を見つけた。
「あら。こんにちは。奇遇ですね。今日も来てくださったんですか?」
「ああうん。このお店よく来るので、つい来てしまいました。ここいいですか?座っても?」
そう言って私は隣の椅子を指差す。どうぞと笑顔で応じてくれる女性に少しドキッとした。
私はその席に座って鞄から本を出すフリをしながら店内を見渡した。
狭い。天井は低い。空調設備がないのか蒸し暑い。それに古書独特のカビ臭い空気が立ち込めていて落ち着かない。客層は学生が大半だ。ここは私の場ではない。
そんな事を考えている間に目の前にホットコーヒーが置かれた。顔を上げると眼鏡の女性店員がニコリと笑っていた。愛想良くすれば私が常連になるとでも思っているのだろうか。まぁいい。私はカップを口元に運びひとくち飲んでから言った。
「ありがとうございます。ところでこの本を……あっちの棚に戻してもらえますか」
「わかりました。ちょっと失礼しますね。こちらの棚ですね。これで最後です」
手渡された本のタイトルは『芽衣子~マルテンおでん鉄塔建造物語~』「……なんでこんなのが売れるんだ。これ絶版じゃないか!」
本を床に置いて足で思いっきり踏みつけた。表紙の角で足の親指を擦ってしまったが構わない。痛い。痛い。
店員はビクッと肩を震わせて後ずさりした。この女がやった。絶対にそうだ。証拠はあるのだ。
「あなたは私の名前を知っているわ。どういうこと?」
そう言った途端、店内の温度が上がった気がする。エアコンが壊れたのか? 私は額に浮き出た汗に舌打ちすると、ポケットから名刺入れを出して店員に差し出す。一枚の名刺が指先に触れる。そこにはこうあった。
〈店長〉 なるほど店で一番偉い奴が私の名前を知っていてもおかしくないな。だが、まだわからないことがある。
「何者ですか?」
「……」
沈黙で返したのは卑怯だと思うな。私が黙っているうちに彼女は自分のことを語りだした。
「……私の父がマルテン食品の役員をしておりまして。よく差しいれに来ているんです。いつもご贔屓にしてもらっていますから、お名前だけは。それにしても芽衣子さんは有名人なのですねぇ。うちでも大人気ですよ」
「まぁ一応。そんなことはどうでもいいけど、どうして父の名刺を持っているか教えてもらえますか?」
彼女の口元は笑ってるが目は真剣そのものだった。まるで嘘や誤魔化しは許さないと訴えているようだ。私は唾を飲み込む。
「それは……企業秘密です……」
彼女はゆっくりと椅子の背にもたれかかった。そして大きな溜息をつく。
もう何も喋らない。ただ目を瞑ってコーヒーを飲んでいる。私も同じ様にカップを傾ける。香り高い液体が喉を通っていく。少し温くなっているな。
「そろそろお会計にしましょうか」
彼女は伝票を手に取り立ち上がった。その動きに一切の淀みがない。本当に慣れてそうだ。さっきの話は本当なのかもしれないな。
ドアを開ける前にもう一度彼女に向き直った。
「最後に質問をしていいかな?あなたの名は?」
その問いに対して少女は初めてにっこりと笑った。
とても可愛らしい素敵な笑顔で、だけどどこか寂しそうに感じたのは何故だろう。しかし、すぐに表情が元に戻る。
彼女は静かに告げた。その唇から出てきた言葉は意外な人物の名前だった。
「私が誰か、ですか……。残念ですがお答えできません。あなたは私の事を忘れると思いますが。いずれ再び会うでしょう。その時、全てわかるかもしれませんね。それまでお互いの幸せを願っております。さようなら」
私は意識を失った――
次に目覚めるとそこはベッドの上だった。
窓から見える太陽の高さで昼頃だろうか?随分長く眠っていた様だ。ゆっくりと身体を起こす。
どうやら自室のソファーの上で寝ていたようだ。部屋は暗く窓はカーテンが閉まっている。
一体何時なんだ。それにここ数日の出来事は夢だったのだろうか…… そんな事を考えながら立ち上がり背伸びをする。
すると自分の服装に違和感を感じた。
(ん?)
何故かパジャマに着替えさせられていたのだ。いつ着換えたか記憶がないが確かにそれは自分ものだった。胸元のリボンを指でいじり確かめる。やはり私の部屋だ、間違いない。でも変だ昨日の夕方からの記憶が無い。確か学校の図書室にいたはずなのだ。
そして
「そうだ!アイラ!」
一緒に図書委員をしていた友人の顔を思い出す 彼女の名前はアイラ、黒髪セミロングに整った容姿の可愛い女の子。私より2つ歳上の先輩である。私は彼女が大好きだ。いつも側にいて欲しい大切な人だ。彼女も私の事が好きなはずだ 慌てて部屋を飛び出す リビングで昼食を作っていた母親に声をかけるが無視された そのまま二階に駆け上がり部屋のドアを開ける
「母さんっアイラはどこ!?無事なの?」
部屋に居たのは父だけだった。机に向かいノートパソコンを開いている 顔を上げた父は何も言わず顎でしゃくる。視線を辿るとその先にベッドがあった。
アイラだ、私がプレゼントした猫型抱き枕と一緒に眠っている。安心しきった安らかな顔をしている。
しかし、何かが違う 何かが決定的に違う。芽衣子は恐る恐る近づきその頬に触れる 柔らかな弾力、暖かく確かな感触。息をしている 呼吸をして生きている 生きて、いる
「うあぁあああ!!」
大声をあげて、ただ泣いて 泣いて、泣いて、叫んで その瞬間、世界が壊れて崩れていく音を聴いた。
*
* * *
目が覚めると見慣れた天井が広がっていた。
窓のカーテンは開いておりレースの隙間から朝陽が差す 芽衣子はゆっくりと上半身を起こした 少しだけ頭痛がするが問題なく体は動く。意識の方は……? 自分の手を見たり部屋を見回したりしても違和感はなかった。いつも通りの部屋である どうやら自分は無事に帰ってきたらしいが昨日のことが思い出せない ただ漠然と自分が取り返しのつかない事を行った。そんな感覚だけが残っている その罪に胸が締め付けられ心臓の鼓動に合わせて痛みが増す 耐えきれず吐いてしまった。
洗面台で口をゆすいで顔を上げるとそこに鏡があった。
髪はボサつき目は充血していて隈ができていてとてもひどい有様だったが そこには確かに見知った少女の顔があった。開発芽衣子ではない、元の姿の自分自身。それは記憶喪失ではなく時間逆行によるものだったようだ なぜこうなったのか、これから何が起きるかを思い出しているうちに頭痛が増してくる もう立っていることすらできなくて芽衣子は膝をついて頭を抱え込む しばらくそうしていると玄関のドアを開ける音がした 足音の感じから父さんが帰って来たみたいだ。リビングルームで話し声がするのでそちらへ顔を覗かせるとスーツ姿の男性と鉢合わせた この男性は誰だ?
「ああ起きたんだねメイコ、心配しなくてもパパはここに居るよ?」
そう言って男性は父の隣に立つと両手を広げてきた。なんだかその腕に抱かれることが恐ろしくて後ずさりしてしまう。そんな私の態度を見た男性は少し悲しげに笑みを浮かべるとそのまま廊下の先に去っていってしまった。その後すぐにまた別の男性の怒鳴るような声が響いて思わず肩をすくめてしまった。なんだろうか一体……今のやりとりは何を意味してるのだろうか
「……あの男はだれなんです?それに母さんのことも聞きたいですし」
そう問いかけるが父は私と目を合わせようとはせず俯いたまま何も答えてくれなかった。
すると今度は二階の寝室から母の泣き叫ぶ声が聞こえる。
急いで向かうと部屋着姿で髪を乱し布団に顔をうずくめて泣く女性と必死になだめようとする男性の姿があった。その二人の間に子供が産まれるはずだったのだろう。しかしそこには赤子が居た形跡はなくただ女性がすすり泣いているだけだった。その様子を見た父は深いため息をつくとその女性の方に近づき優しく背中を撫ではじめたその姿に女性は更に感情的になったのか激しく暴れ始めたが、やがて落ち着いたようで男性が手を差し伸べるとゆっくりとその手を握り立ち上がる
「今日はとりあえず家に帰りなさい……」
そう言う父の言葉に従ってその場を離れることにした私が去り際に見たものは、こちらに向けて深く頭を下げる二人の男達と私の足元に落ちた一枚の写真。それを拾おうとしてしゃがみこむと母と同じ顔の人間が映っている写真に一瞬驚きつつもすぐにその写真を拾い上げた私は玄関に向かって歩き始める。後ろでは男が一人扉を開いて待っていてくれたのに気づくこともなく ただひたすら階段を降りる足にだけ力を込めて歩く、歩く、歩いていく……やがて外に出ると目の前に車が止まっていた 運転手はその車に乗るように手で指示してくるが、この車はおそらく父が用意したものなのだろうと思い
「ありがとうございます。でも私電車があるので大丈夫です。」
と伝えると男は軽く驚いた表情をしたそのまま駅の方へと歩いていきながら私はさっき見たものを反駁していく、確かに似ていた…… あの女性は私の母の妹に当たる人で間違い無いだろう。いやそもそもなぜ母の妹であるはずの彼女が母の家で暮らしていてしかも父と結婚して子供もいるのだろうか?あれじゃあまるで家族の一員のような立ち振る舞いだ まぁそんなことを今考えても仕方が無いので、とりあえず今日の宿を探すことにしようかと思った時、先程の女性が近づいてくる 何を言うでもなく、ただ微笑みながら手招きしているのでついていった先には一台のタクシーが停まっているどうせならこれも使ってしまおうと乗り込む 車内では女性に色々と聞かれたが適当に誤魔化しながら質問をしてみたが結局わかったことは
・名前は美紀恵(ミキ)
年齢は不明で多分40代ぐらいだと思うとの回答
・何故この家の居候なのかわからないとの事 ただその美貌ゆえ昔は父の友人達によく襲われかけたりしていたのがトラウマになっているからかもしれないとのこと
なるほど しかしそうなるとますます疑問が浮かんで来る あの男性が彼女の父親で間違いないとしてだ、いくら親戚とは言えここまで面倒を見る義理があるとは思えない、となるとこれは一体……まさかとは思うが彼女にそういう趣味があるのでは?と疑いを持ったがそんなことあるわけないかと思い直しつつとりあえず話を進めようとした すると今度はこちらから質問をして来た
えーっと名前を教えて頂いてもよろしいですかと聞いてきたため俺は本名を名乗り 年齢は34歳であることを伝えた
「そうなんですね、私20歳になったばかりで大学生なんですよ でもなんで私の親父のことをご存知だったのですか?」……やはりおかしい どう見ても親子に見えるが実は赤の他人とかそういったオチならありえるのだが、それにしても俺を父親と勘違いしている理由がわからなかった そこで更に会話を進める事にしたが彼女からの返答で少しばかり戸惑うことになった まずは彼女の名前が『真白』ということ 苗字は言わずもがなだと言うと彼女は「へぇ〜、なんか珍しい苗字ですよねぇ、あはは……」などと笑いながら言っていたが、明らかに困っているようにしか見えなかったため「おでん。変わった名前ですよね。もしかして、あれと関係ありますか?」と地平線の向こうにそびえるタワーを示した。するとその表情が一気に暗くなり顔色が悪くなっていくのがわかった それから彼女が震える声でこう言った「はい。うちの家ってちょっと変わってるんです。それで、そのぉ……父の仕事って建築業でタワーを建ててるみたいなんだけど……ある日を境におかしくなっちゃったんです 仕事を辞めろって言われたけど無視し続けちゃって、そうこうしてるうちにいつの間にか借金ができていてもう逃げ道が無くなってしまったので私は今ここに居るのです」……なんじゃそりゃ え? マジであのおででんタワー建設って彼女の家が関係してたのか 確かに妙だとは思っていたが、あのタワーを建設した会社の名前はマルテン食品、おでん関連の大手企業であり彼女がバイトしている所だ。もしやと思ったが本当に関係者であるようだ さっきから黙りこくっていたのは言いたく無かったのではなく、言うタイミングを見計らっていてくれていたようではあるが……何でそんなこと知っているんだと言いそうになったところで、はっと気づく ああ、なるほど。そういう事なのか……この人は恐らく そしてその予想を裏付けるように彼女はとんでもない事を口にしたのである
「はぁ、私は別にいいかなって思うんだけどお母さんがね、どうしても大学に行くなってうるさくて、だから学費だけは出してもらえないか頼んでみたところなんとか了承してもらえまして、今は実家のお金だけで生活しています あ、一応仕送りもお願いしてあるのだけどあまり当てにならないので生活費はなるべく節約したり自分で何とかしないと駄目ですね。でもそんなこと言っていられないからアルバイトも探さないとな~」
そう言いながら、少女の口から出る言葉の数々が信じられない。
今この子は何と言った?大学生と聞えたような気がするが、どうやら聞き間違いではなさそうだ。しかし、こんな子供がどうして――――。
俺はしばらく固まって思考停止していたようだ。目の前の少女から話しかけられるまで呆然と見つめ続けていたらしい。その事に気付いた彼女は慌てて俺の目を逸らすように横を向いてしまった。頬をほんのりと赤らめているが……まぁいい。とにかく落ち着こう。さっきから心臓がドキドキ鳴っているせいか息苦しい感じだしな……。深呼吸をして気持ちを静める。……ふぅ。よし落ち着いた。もう一度話を聞き直せば良いだけじゃないか。何を驚いているんだ。ただの高校生だろ。きっと勉強ができて大人びた雰囲気があっただけで本当は年相応なんだ。そう考えると先程までの違和感にも納得がいく。
「えっと、何だって?」
「そっそんなに何度も同じ事を言わせないでください!もうっ!」
少女は再び顔を赤くしながら怒ったような表情をしている。うん可愛いけどちょっと落ち着きたいので後で読もうね!
『マルテンおでん鉄塔』
おでん屋チェーンのマルテン(大阪発祥)とNASAとJAXAの共同事業で開発されたマルテンおでん大鉄塔プロジェクトである。おでんを電波塔にして打ち上げ花火のように天空に放とうと試みた。しかし技術的には成功したのだが肝心のマルテンおでんタワー本体の落下事故が発生した。これによりプロジェクトは失敗となるはずだったが……? 【マルテンタワー 高さ 千おでんメートル】
「えぇとそれで……」芽衣子は怒りながらも再び説明を始めた。俺は一度聞いている内容だったが、一応メモ帳を開く。ノートは落書きばかりでとても読めないからだ。
「この世界線の過去において私は鉄塔の破壊に挑んだの」
マルテン大鉄塔破壊作戦。それは昭和の時代に計画された。当時マルテン大鉄塔はおでんを飛ばして天空へ届けるという壮大な夢がかなっていた。おでんは大気圏を抜け宇宙空間に到達するまでに燃焼するだろうという見積もりであった。しかしその見積もりは不正確なものだったらしい。
そもそもマルテンおでん鉄塔の打ち上げ技術はロケットではなくミサイルを流用したもので宇宙への飛行を想定していなかった。その設計思想が災いして発射段階で問題が発生する事が想定されていたのだ。
そのため、打ち上げ時に何らかの不具合でマルテンおでん鉄塔が崩壊するリスクがあった。それを事前に回避するためのマルテンタワー建設プロジェクトでもあった。その計画の失敗によって世界線は変動したのだという。俺が知っている話よりもずいぶんスケールの大きな話に聞こえる。
「それで?」と続きを促した。
しかし芽衣子は首を横に振った。「もういい」と言ったのである。
なんでだよ?と思ったが黙っていた。
「私の目的は達せられなかったのね。私の計画は失敗に終わったの。だけどその時、私は見た。天界より降臨する『神』の姿を。神はマルテン大鉄塔を拳の一撃で打ち砕き、さらにマルテン大鉄塔を破壊しようとした人間たちに告げたのです」「なんだっけ?」思わず口を挟んだ「あなたたちは神に挑戦する資格を得たと」「ああ! そういえばそういうシーンもあったわ」俺は相槌を打った。芽衣子はため息混じりにこう締めくくった「でもまぁどうでもいいことよね。そんなことは」
***
その年の夏は例年より涼しい夏の始まりになった。今年は梅雨が長い。七月になっても晴れ間は殆ど無く連日曇りや雨ばかりだ。
気象庁が発表する予報は当てにならない。二週間前までの天気が嘘のように変わる。
この前だって一時間後には快晴になると天気予報では言っていたが突然、土砂降りの雨が降ってきた。ゲリラ豪雨である。そのおかげで俺達は傘を差しても服はずぶ濡れになってしまった。
学校帰りに商店街へ立ち寄ったときの事だ。八百屋の前に人だかりができていた。みんな店の奥を覗いているようだ。
「なんかありましたかー」声を掛けると中から顔を出したのは恰幅の良いおばさんだ。白髪を短くカットしている。年齢は四十歳前後だろうか。化粧っけのない頬に笑窪が出来る。目尻に小じわが刻まれて優しい印象を受ける。
その奥にあるカウンターからひょっこりと出てきたのはまだ十代に見える女の子だ。長いストレートヘアと透き通るような白い肌から外国人かなと思った。髪の色が真っ赤な事もそれを確信させた。でも言葉の発音は日本語なので多分ハーフとかクォーターなんだろう。
「あああんたねーちゃんと知り合い?」
若い男が声を裏返らせた。なんだこいつは気持ち悪いぞ。
女の子は俺の顔を見て目を丸くすると、ふわりと微笑んだ。そしてゆっくりと口を開く その瞳は深い闇よりも暗く、深海よりも澄んでいた 俺は吸い込まれそうになった
「あなたが新しい世界線さんですか?私の名前はアリスですよろしくお願いします。ところでお名前を聞いてもいいですか」
「俺は佐藤洋一。えっとそれでどうすればいいの?」
とりあえず挨拶を交わしたもののこれから何をすればよいのか分からない 目の前の女の子――アリスと名乗る子はニッコリとほほえみかけてきた。とてもかわいらしい
「はい、そうですね。今世界線が一つ消滅しそうなので世界線の管理者である私が新しい世界線を召喚しました。そこで問題が発生したので対処をして欲しいのです。この手の依頼は初めてなので少々お時間を頂くかもしれませんが必ずやり遂げます。ちなみに私の好みの世界線でしたら嬉しいな~と……まぁそこはおいおいということですけど」
いきなりのことでよく分からなかったがとにかく困っている人がいるなら力になりたいと思う 俺はこくりと大きくうなずき その願いを聞き届けることにした すると少女の目が一瞬だけ光を失い闇の中に沈んだように感じた しかしすぐに元に戻るとにっこりとした笑顔を浮かべ 右手をスッと差し出してくる まるで舞踏会の招待状を渡すかの様に
「さすがにこのままというわけにもいかないから何かしらの形で対価をお渡ししたいと思います。何がお望みですか?お金でも名誉でも権力でも世界平和だって可能ですよ。もちろんそれ以外でも可能です」
俺の頭の中には様々な選択肢があったが 最終的に決まったのはこれしかあるまい『魔法』
やはり男の憧れは魔法使いだよな! 剣とか槍とかよりずっと男心くすぐられるわ!!
「わかりましたお任せください。あなたにふさわしい能力を付与しましょう。どんな能力が良いか考えておいて下さいね!」
こうして俺たちは異世界へと旅立った。
「また変な世界線が暴れてるわ。これいつまで続くの?永遠?」
学者ロボが頭を抱えた。彼女の名はメイコという。作者の名前を貰った。その開発芽衣子はじっと考え込んでいた。
「おでん鉄塔を潰そうとすればするほど歴史は修復される。だったらいっそ、鉄塔を温存する別の方法を考えなくちゃ」
「しかし、開発博士。鉄塔を放置した世界線ではロケットになってに飛んで行って宇宙人と戦争になったじゃないですか」
「うーん。ループかぁ」
芽衣子はますます悩んだ。
「そのループですよ」
メイコは世界線をループさせる新たな作戦を提案した。おでん鉄塔の存在する世界線をすべて閉じた時間の中に封じ込めるのだ。
「そんなことができれば苦労はしないわ」
芽衣子が笑った。するとメイコは「ただいま計算が終わりました。ピピーっ」と言って、とある数式を書いた。
「これは!」
芽衣子はがんもどきのように目を丸くした。
「芽衣子さんにノーベル賞を取られたくないから黙ってたんですけどね。おでん粒子というものを発見したんですよ」
おでん粒子とはすべてのおでんから発生する一種のサイコエネルギーである。それは『おでんを食べたい』「おでんを早く食べたい」という人々の願いがにじみ出たものである。だからこのおでん粒子は時空に作用するのだ。
メイコの立てた作戦はこうだ。おでん鉄塔は大阪環状線の内側に立っている。したがって環状線沿いにおでんの屋台やで店を配置すれば、「いつでもおでんが食べられる」という思念で包囲することができる。
「そんな荒唐無稽な」
芽衣子は一笑に付したがメイコは真剣だ。「おでん屋さんなんかおでんを売るほどありますよ。他の世界線からつれてくればいい」
「そ、そうなの?」
翌日、芽衣子は大阪知事に協力を要請したがおでん屋さんを優遇すると他の飲食業に影響を及ぼすし独占禁止法違反になる。ただし店の営業は許可するので勝手にしろということだった。
芽衣子は「大阪環状線おでんプロジェクト」と題して各鉄道会社にコラボキャンペーンを持ちかけた。こうして環状線をおでん列車が走ることになった。
作戦開始である。キャンペーン開始と同時におでん列車のチケットは飛ぶように売れた。環状線沿いのお店も大阪のためになるならば、とおでん屋台を出した。
こうしてマルテンおでん鉄塔は「おでんをおいしく食べたい」というみんなの願いで囲まれることになった。
もう、おでん鉄塔は倒れないし、飛んでいくこともない。おでん鉄塔があって何が悪いのだ。
エピローグ。
おでん鉄塔を打ち上げたいという芽衣子の願いは別の形で実現された。「大阪環状線おでんプロジェクト」の「うちあげパーティー」である。
「なるほど」
芽衣子の父親は感心した。不倫と隠し子の存在がバレて母親と離婚することにはなったが、おでんプロジェクトの利益で慰謝料は払う事が出来た。そして親子でおでん鍋を囲んでいる。
おでんじゃなくてもいいだろうという意見はこの際、気にしないことにする。おでんならなんでもオーケー。みんなで楽しくおでんを食べようじゃないか。
しかし娘が作ったおでん鍋を眺めながら父親はふと考えた。これはなんだ。本当におでんだっけ。この煮えたぎっている黒いスープはいったいなんだ? そう思ったら口の中に唾液が大量にあふれ出た それはそうだろ、おでんでなければこんなにも旨そうなわけがない。
お父さんはこの料理を作った芽衣子を誉め称えるべきだ 芽衣子が「人類の敵は私の敵」という謎めいた台詞を吐く。おでんですけど。
父親に褒められ嬉しく思うが芽衣子は同時に戦慄を覚えた。
私がやったのは何だったのか、何をしてしまったのか。これからどうなってしまうのか。私は私のままなのか。誰か教えてくれないかしら、そんな事を考えてしまったのであった。
翌朝。
父親が仕事に行く時だ。
「今日は朝ごはんおでん?」
「おでん……」
おでんでしょ?
「あれはおでんじゃないだおでん。あの世で食べてくだち。
「……わかった、行ってくるおでんね」その日から世界線が分岐し始めた。
おでんでしょう! その一時間後、世界線は収束する。全て元通り。
こうしておでんの神様が満足して眠りにつくことができたのである。おでんでんでぇん。
芽衣子はまだ気付いていないのだが彼女は人類に破滅をもたらす魔女になりかけているのかもしれない。それでもおでんに生きる人々は明日もおでんを食べるだろう。
おででん、おででん、おででん おでん万歳!!
「さぁーっ 皆の衆。
よく集まってくれたおでんじゃ」
「「おでんです」」
芽衣子とマルテン鉄塔建設委員会の面々が揃って挨拶する。
「ついにこの時が来たおでんだじゃ。この巨大建造物を撤去する事で我々人間は再び空を飛ぶ力を取り戻す事になるおでんである。諸君らはその偉業達成の為に集まった勇士たちなのだおでん」
おでん委員長の演説は続いた。
「おでんは偉大なりおでんは偉大なりおでんは素晴らしいのだおでん」
おでん万歳、マルテン鉄塔をぶっ壊せ。
芽衣子は巨大なハンマーを振るい、マルテンおでん鉄塔に叩きつけた。
ドゴォーンとすさまじい衝撃音があたり一帯の空気をビリつかせる。
コンクリートは発泡スチロールで出来ているように軽い。だが強度は高い。
それはまるで鋼鉄の壁を叩きつけてるようであった。
何度も繰り返し叩くことでマルテン鉄塔の頂上部がひしゃげていく。
鉄筋のフレームが歪み鉄骨が崩れ落ちる。おでんプラスチックはもう溶けて原形を失くしていた。
やがてマルテン鉄塔が根元から折れ曲がり傾く。その重みで支えを失った巨大構造物の体が沈んでいく。
そして、芽衣子は跡地におでんの串をさした。「これはおでんのお墓です。今までありがとうございました。ごちそうさま」
芽衣子に合わせて皆も合掌する。ごちそうさま。
おわり。------
この物語を書くために芽衣子は様々な資料を漁った。
例えばNHKのドキュメンタリーでは、
・人類が地球上から消え去ったらおでんの売り上げはどうなるか。
・おでんが売れた後、世界が滅んだ場合、その終末で生き残るのは誰か。
などが考察されていた。
・隕石が落ちてくるとして、一番最後まで生き残れるのはどのくらいの時間か? など宇宙的テーマにも取り組んだ。
(芽衣子がおでん鉄塔を破壊しているのは「マルテン大鉄人プロジェクト(仮称)」という架空の事業だ)芽衣子はそれらを調べつくし納得できるストーリーを作り上げたのだ。
ただひとつ心残りなのはおでんのお墓の件だ。お供え物が足りないというクレームがある。もっとたくさんの具材が必要だと言う意見もある。その答えは見つかっていない。
またどこかでお会いしたいものである。その時はよろしくお願い申し上げる所存である。
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参考文献
「人類の終焉~終末シナリオ集1」ロバート・D.P著 早川書房 1月25日発売の「人類の終わりと最後の審判 2nd Season」(電子書籍)にて、第1シーズン完結編となる本稿の続編が掲載されます。是非ともお楽しみください。
――人類滅亡の預言書 完
「今日から君達の仲間に加わることになった新人だ。みんな仲良くするように。ええと、名前はなんだっけ?」
教壇に立つ男の言葉が、静まり返る室内によく響いた。窓の外はまだ明るく、校庭では運動部が掛け声を上げて走り込んでいる。そんな放課後に似つかわしくない雰囲気の中で、生徒達の目は教室の入り口に集中していた。
視線を浴びながら一人の男がゆっくりと歩み寄ってくる。黒髪を後ろに流し、少し猫背で気怠げな雰囲気だ。その表情からは何一つ窺い知ることはできない。黒い革ジャンの下に灰色のセーターを着たその姿はまるで死神のような印象を受けた者も少なくなかった。
教室の中央まで来てようやく男は立ち止まり口を開いた。「……ジャックです。皆さん、どうぞよろしく」抑揚の無い声だったがその口調は、何故か親しみやすそうに感じた。同時にどこか機械的な印象を覚える。しかしすぐにそれは違和感ではなくある種の安心感のようなものへと変わる。
ざわめき始めた生徒達は互いの顔を見合い、囁き合った。「なんか暗そうだね」「根暗そうなヤツじゃん」
それらの言葉に耳を傾けることなく、男はポケットから一枚の封筒を取り出し机の上に載せる。そして再び口を開こうとした時、突然その封筒をビリリと破り中から折り畳まれた便箋を取り出して広げる。そこには丁寧で読みやすい文字でたった一行だけ書かれていた。
『初めまして、私の名前は山田太郎といいます』
クラス