21
「そうですね。何事もやってみなければわかりません。これからの方向性を決めましょう」
「方向性?」
「そうです。今日はもうすぐお客様も来るでしょうから長く時間は取れないはずです。ですから方向性だけ決めて明日改善点を決めませんか?考える時間も必要でしょうし、頭の中も整理する時間も必要じゃありませんか?」
「確かにそうね」
話の主導権は本格的におばさんに移っている。これは前向きに捉えていいことだと思う。おばさんに受け入れてもらえれば家族の中で反対できる人はいないと思う。お兄さんは反対意見が言える人ではないはずだ。信頼関係ができたとは言えないだろうけど受け入れてはもらえたように思う。正直に助かったと思えた。
わたしは顔は真面目な表情を保ちつつ気持ちの上ではホッと安心していた。
「まずはどちらの方向で行きますか?さっきも話したように値段は下げずにサービスに手を入れるのか、それともこのまま値段だけを下げるのか。どちらかになると思います」
「でも、ウチは儲かってないんだよね?」
おばさんからの確認。そこは理解してもらえたようなので、否定する理由はとこにもなかった。
「はい。正直に申し上げて儲かっているとは言いづらいですね。お世辞でもギリギリとは言えません」
「そんなに儲かっていないんだね」
おばさんは肩を落として現実を見つめようとしている。私はそれを肯定して静かに頷くだけにしておいた。
「どうしたらいい?」
おばさんは結論を求めようとする。考えもせずに結果だけを求めようとするのは間違いだ。失敗したときに考え直すことができなくなってしまうから。考えることを放棄するのは間違いなく良い結果は出てこない。
わたしはその事も伝える。
「おばさん。気持ちはわかりますけど、考えもせず結論を出すのは良くないですよ。後からなにかあったとき考え直す事ができなくなりますから」
「そんなこといったって」
「大丈夫です。少しづつ決めましょう」
おばさんは救いを求めるように私を見る。
わたしは安心させるように、穏やかな笑顔を見せる努力をする。わたしが慌てては周りも落ち着かないと思うし。
「まずは、値段を下げるか、サービスを増やすか、そこから決めましょう?そこを決めれば何をしていくかは出てくると思います」
「そうね。確かに最初の話もそうだったしね」
「はい。さっきの話でお客様の希望もわかりましたし、どっちにしますか?」
私の投げかけに、おばさん達3人は顔を見合わせる。
もう一つの選択肢があったがわたしはワザとその選択肢を外していた。
ネガティブな選択肢をわたしから投げかける必要はないと感じたからだ。
三人の話し合いにさっきまで手間を増やすのは嫌だとゴネていた感じはどこにもない。やはり赤字経営と実感したのが大きかったようだ。
私が見つめる中で3人の話し合いが始まる。やはり方向性は違うらしい。
聞いているとお兄さんは手間は増やしたくないみたい。仕事が増えると言っていた!おばさんは、手間は増やしても良いけど、客足が戻るか分からないのが不安みたいだ。おじさんはとにかくやってみよう、といった感じだ。
三者三様、意見が纏まらないようだ。
この調子では決まらないので、私が間に入ったほうが良さそうだ。
「皆さん、落ち着いてください。少し話し合いましょうか?皆さんの意見を纏めた方が良い気がします」
「そうね、みんな意見がバラバラだしね」
「一番の話ですけど宿屋の経営は続けたいと思っているんですよね?」
「もちろんだ、俺が作った宿屋だ。辞めるつもりはない」
誰よりも先におじさんがキッパリと言っていた。わかってはいたがやめるという選択肢は考えていなかったみたい。それなら続ける方向で今後を考えれば良いだけだ。