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コンビニナカンコンベ その3

『コンビニナカンコンベ 店長 ミワ ユキカ』
 そう書かれている名札をつけている小柄な女性を、僕はマジマジと見つめていました。

 このユキカですが、緑を基調にした制服を身につけているのですが……僕はこの制服にどこか見覚えがありました。
 いえ……忘れようとしても忘れられないといいますか……

 そうです……僕が元いた世界に存在していましたコンビニチェーン店業界のトップに君臨していたあのお店、コンビニセブンセンテンスの制服と瓜二つといいますか、その物と言っても過言ではありません。
「その制服って……ひょっとして、セブンセンテンスの?」
 僕がそう言うと、ユキカは目を丸くしました。
「はい!? セブンセンテンスを知ってるのあなた!?」
「あぁ、そりゃあ……僕が元いた世界では一番人気があったコンビニだしね……」
 僕の言葉を聞いたユキカは、
「うんうん、そうよねそうよね、さすがセブンセンテンスだわ、こんな異世界くんだりにまでその名がとどろいているなんて!」
 そう言いながら満足そうにウンウンと頷いています。
「あ、いや……そうじゃなくてというか……僕もそっちの世界の住人というか……」
「へぇ、そうなんだ、私の世界の住人……って……」
 そこまで口にしたユキカは、再度目を丸くしました。
「え? ちょっと待って……この世界にすっ飛ばされてきた日本人って、私が始めてじゃないわけ?」

◇◇

 そんなユキカの説明によりますと……

「なんかね、朝起きたらね、お店ごとこの世界に飛ばされててね、この家と店が合体しちゃってたのよ」
 とのことでした……

 いやいやいや……それで全てを理解しろってことですか?
 さすがにそれは……と、思いかけた僕なんですけど、よく考えたら僕自身も似たようなパターンでこっちの世界にすっ飛ばされてきたんでしたね……
 朝起きて、いつものようにコンビニの開店準備を始めようとしたら、この世界に飛ばされていたという……

 スアが調べてくれた結果、僕は他の異世界でおこなれた召喚に、店ごと巻き込まれてしまったらしいんだけど……ひょっとしたらユキカも同じようにどこかの世界で発生した召喚に巻き込まれたのかもしれませんね。

「そこはさぁ、マリリンが調べてくれてるんだけどなっかなかわかんないのよねぇ」
 そう言いながら、ユキカは自分の横に立っているトンガリ帽子の魔法使いの肩を叩きました。
 かなり小柄なその魔法使い~マリリンですかね、は、ユキカに肩を叩かれると顔を真っ赤にしながらうつむいてしまいました。
「そ、その……何分私、まだまだ未熟ですので……」
 そう言うと、最後はごにょごにょと口を動かすばかりで、何を言っているのかよく聞き取れませんでした。

 ちなみに、このお店ですが……
「元々マリリンの魔法雑貨のお店だったんだけどさ、なんか私の店とくっついちゃったのよねぇ」
 とのことでした。

「あぁ、それで外見は古めかしいのに、内装は新しいんだ」
「そう、そういうことなのよ」
 ユキカは、そう言うとウンウンと再度頷いています。

「ま、最終的には元の世界に戻るつもりだけどさ、その方法が見つかるまでの間にこの世界でコンビニナカンコンベを大人気にしちゃおうって魂胆なわけよ」
「コンビニセブンセンテンスじゃないんだ?」
「そこはほら、郷に入り手は郷に従えっていうじゃない? 最初は皆さんに馴染みやすくするためにこの都市の名前を使用させてもらったわけよ。ゆくゆくはチェーン展開していくつもりだし、その時ね、セブンセンテンスを再度名乗るのは」
 そう言うと、ユキカは僕へ再度視線を向けてきました。
「で、お客さん、何買っていく? オープン記念だしさ、目一杯買ってってよ」
 そう言いながら、ユキカはニカっと笑っています。
「あ、いや……なんていえばいいのかな……僕もさ、この都市でコンビニを営業してるんだよ」
「へ? そうなの?」
「うん……コンビニおもてなしって言うんだけど……聞いたことがない?」
「うん、ない」
 僕の問いかけに、ユキカはきっぱりと答えました。
 一瞬の躊躇もなく。
 
 まぁ、仕方ありません。

 セブンセンテンスは全国展開しているコンビニチェーン店ですし、言葉遣いから察するに、ユキカは関東方面の人間みたいですしね。
 一方、僕が経営していたコンビニおもてなしは、中国地方の片田舎でほそぼそと営業していた弱小コンビニチェーン店です。
 関東地方でセブンセンテンスのコンビニを経営していたユキカがコンビニおもてなしのことを知らなくても仕方はありません……出来れば知ってて欲しかったんですけどね、ははは。

「じゃあ、あなたは私のライバルってわけね」
 そう言うと、ユキカは僕に向かって右手を差し出してきました。
「全国ナンバーワンのコンビニチェーン店セブンセンテンスの店長のこの私が、すぐに追い抜いてあげるから覚悟してなさい」
「はは……お手柔らかにお願いしますね」
 ユキカの勢いに気圧された僕は、苦笑しながらその手を握り返していきました。

 なんというか……すっごくポジティブな女の子だなぁ。
 この世界にやってきてすぐの頃の僕は、生きて行くためにどうしたらいいだろうって、そんな事ばかり考えながらあれこれ模索し続けていたわけだし……

 で、ユキカと握手を交わした僕は、
「一応、僕の方が先にお店を出しているわけだし、何かあったら遠慮無く相談してよ」
 そう言いました。
 そんな僕に、ユキカは
「ありがとう、お言葉だけありがたく受け取っておくわ」
 満面の笑顔でそう言いました。

◇◇

「リョウイチお兄様、よろしいのですか?」
「どうかしたのかい、シャルンエッセンス?」
「どうしたも何も、リョウイチお兄様に対して失礼この上ありませんわ、あの態度。せっかくリョウイチお兄様が何かあったら相談にのるよ、と、申し出ておられますのに……あの物言いは、『そんなもの不要』と申しておりましたも同然でございましょう?」
「あはは、まぁそうかも知れないね」
「でしたら、一言文句を……」
「いや、それはいいから、シャルンエッセンス」
 僕は、コンビニナカンコンベに駆け戻ろうとするシャルンエッセンスを引き留めました。

 ……あれだけ自身満々なユキカですし、今、僕があれこれ言っても聞き入れてはくれないでしょう。
 ですので、まずは暖かく見守らせてもらうと言いますか……

 そんな事を考えながら、僕はシャルンエッセンスと一緒にコンビニおもてなしへと戻っていきました。

◇◇

 そんなやり取りがあってから1週間が経過しました。

 コンビニナカンコンベは、最初結構話題になっていました。
「なんか新しいコンビニが出来たらしいぞ」
「へぇ、そうなんだ」
「ちょっとのぞいてみるか」
 そんな話し声が、コンビニおもてなし5号店西店の前でもよく聞こえていたそうです。

 最初の頃はシャルンエッセンスが
「まったく、にくたらしいですわ」
 と、プリプリ怒っていたのですが、そこはさすがシャルンエッセンスです。
 そういった様子を店内では一切見せることなく営業に専念していた次第です。

 コンビニナカンコンベと、コンビニおもてなし5号店西店は比較的近いこともありまして、コンビニナカンコンベが開店してすぐの頃は、5号店西店の売り上げが若干下がったのですが……3日もすると売り上げは元に戻っていた次第です。

 そして、1週間もすると……コンビニナカンコンベの噂をまったく聞かなくなってしまいました。

 シャルンエッセンスからそのことを聞いた僕は、さすがにちょっと心配になりました。
「あとで様子を見に行ってみようか……」
 そんな事をシャルンエッセンスと相談していると、
「タクラ店長、陣中見舞いに来てあげたわよ!」
 元気な声で店内に入ってきたのは……コンビニナカンコンベの店長、ユキカでした。

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