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浮気とストーカー

 最近仕事が増えてきた。俺の能力が評価されている証拠だ。人から認められるというのは嬉しいもので、この仕事を選んで良かったと心から思える。この事務所はだいぶ有名になってきているので、いずれは億万長者になるのも夢ではない。ぐひひひ。しかし金が得られる事は当然嬉しいのだが、仕事を終えた後、人々の笑顔を見られる事がなによりの報酬だ。

 カラン、カラン。

 おっ、今日もお客さんがやってきたか。
 今日のお客さんは40代ぐらいのおばさんだ。

「バステオという名の夫がいまして、その夫の浮気調査をお願いしたいのですが…」
「何か心当たりがあるんですか?」
「仕事から帰ってきた後の主人の服から女がつけるような香水の匂いがしたり、いつもだったら仕事が休みの日も仕事だと言って出かける事が多くなりまして…あと、夜帰ってくる時間も遅くなりました」
「なるほど…それは何かありそうですね。さっそく調べてみます」
「よろしくお願いします」

 しかし、女というのはちょっとした事ですぐに浮気を疑うんだな。それぐらい俺だったらなんとも思わないけど、女の勘ってするどいからなぁ、もしかしたら本当に浮気なのかも。俺は半信半疑でバステオの記憶を探ってみた。
 女と二人でベンチに座って話している記憶をすぐに見つける事ができた。

「バステオさん、いつになったら奥さんと別れてくれるの?」
「もうちょっと待ってくれよ、ヒ―リス」
「もう、いつもそう言って別れてくれないじゃない!やっぱりまだ今の奥さんに未練があるんでしょ?」
「そんな事ないよ。俺が心から愛しているのはヒ―リスだけさ!」
「ホントかしら…」
「これがその証拠さ」

 バステオはヒ―リスを抱きしめて、熱い口づけをした。
 これは完全に浮気だな。もう別れる気満々じゃないか。奥さんの勘は見事に的中したわけだ。さて、それじゃあこの事を奥さんに報告しようかな………
 でもなんか言いづらい、人が悲しむ顔を見たくないよ。でも仕事だからしょうがないよなぁ…はぁ、憂鬱になってきた…なんかいい方法ないかな………
 待てよ…バステオが浮気相手と別れてくれればいいんだよな…なんとかうまく裏工作できないかなぁ…
 うーーーん、あまりいい考えとは言えないけど、あれしかないか…とりあえず実験してみよう!
 バステオは今一人で散歩しているようだ。ちょうどいい。

「あなた!話は探偵から聞いたわ!浮気してるんですってね!」
「おまえ…なんでこんな所に…浮気なんてしてない信じてくれ!」
「嘘つかないで!もう全て分かってるんだから!慰謝料たっぷりふんだくってやるから覚悟してなさい!」
「そんな…誤解だよ…俺はお前しか愛していない、ホントだ、神に誓うよ」
「その言葉ホント?」
「もちろんだ」

 俺は変身をといた。

「今の言葉に偽りはありませんね?」
「誰だお前!妻に化けたりしやがって!」
「あなたの奥さんに浮気の調査を依頼された者です。もしあなたが浮気相手と別れないなら,今のやりとりが現実になりますよ?」
「俺を脅すつもりか?いくら欲しい?」
「金はいりません。ただ浮気相手と別れてほしいだけです」
「わ、わかった…もう浮気相手とは会わない」
「よろしい。もし嘘だったら奥さんに真実を告げますからね。それでは失礼します」

 これで良かったのかな?実際浮気をしてたわけだから本当は真実を奥さんに告げるべきだよなぁ?まぁ結果としてどっちも傷つかないわけだからこれでいいか!バステオが約束をちゃんと守るか分からないけど、これでとりあえずは一件落着かな。さっそくこの事を奥さんに報告しよう。
 俺は奥さんにテレパシーを送った。

「例の浮気の件ですが、奥さんの勘違いだったようですよ。バステオさんの記憶を探ってみましたが、女性と二人で会った記憶はありませんでした」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」

 ふぅー、終わった、終わった。
 俺は事務所に戻り、ナレアに全てを話した。

「うーーーん、それは難しい問題だね。探偵としては失格だけど、人としてはそれで良かったのかも」
「ナレアでもそうしただろ?」
「……そうね、私でもたぶんそうしたと思う。誰も傷つかないなら嘘だって許されるはずだよ」
「そうだろ?まぁたまにはいいよな」
「そうね。毎回嘘ばっかりついてたら罰があたるだろうけど」

 カラン、カラン。

 ん?鐘の音だ。お客さんかな?今仕事が終わった所だっていうのに…まぁたいして労力を使ったわけじゃないから別にいいが、もうちょっと休憩したかったなぁ。
 ナレアが客を俺の部屋まで連れてきた。今度の客は20才ぐらいのおとなしそうな女性だ。

「は、はじめまして…ユレアと申します。実は私…ス、ストーカーされてまして…何度もテレパシーで言い寄ってきたり、わ、わたしの家のポストに手紙が入っていたり…町を歩いていたらあとをつけられたりしてまして…昨日ついに付き合ってくれないなら私を殺して自分も死ぬとテレパシーで言ってきたんです…わ、わたし怖くて…」
「それは大変ですね。わかりました。なんとかストーカーを撃退してみます」
「お、お願いします」

 俺はまずユレアの記憶でストーカーの顔を確認した。なるほど…背は高いけど、太っていて、眼鏡をかけた暗い感じの青年だな。言っちゃ悪いが、見るからにストーカーしてそうなタイプの男だ。
 俺は次にストーカーの記憶を探ってみた。想像通りひどい人生を送ってきたようだ。

「お前の報告書読んだけどなぁ、5歳児が書いた文章よりひどいぞ!ちゃんと脳みそ機能してんのか?このバカ!もう一回書き直して来い!終わるまで帰るなよ、マーベス」
「はい」
「もっと大きな声で返事しろ!このクズ!」

 ストーカーの名前はマーベスというのか。それにしてもひどい言われようだな。まぁ社会人だったら誰しも経験があるかもしれないが、メンタルの弱い人は毎日こんな感じで怒られてたら狂ってきちゃうのかもしれないな。
 おっ、同僚との飲み会の記憶もあるな、ちょっと覗いてみるか。

「おい、マーベス、そろそろ結婚できたか?」
「まだだよ」
「だよな、お前が結婚なんてできるわけないよな。こんなデブ見ただけで女の子が逃げて行っちゃうよ。一生女には縁のない人生だろうよ」
「はは…」
「何笑ってんだよ、バカじゃねーの?」
「そうかも」

 この人同僚からも罵られてるんだなぁ。なんだか可哀そうになってきたよ。他の記憶も見てみたが、いつでもやられる立場の人間のようだ。そんな人間の唯一の楽しみがユレアにアタックする事だったんだな。だんだんこの人を応援したくなってきた。でもユレアは完全に拒絶しちゃってるから、俺がマーベスに化けてうまく口説いてみてもダメだろうなぁ。どうしようかな………そうだ!新しい恋を提供すればいいんだ!ユレアより美人だったらきっと好きになるはず!もうユレアをストーカーする事もなくなるだろう。さっそくさっそく試してみよう!

「なぁナレア頼むよー、ちょっとでいいからマーベスの友達になってあげてよー」
「えー、なんで私が?まぁこれも仕事だと思って諦めるわ。ちょっとの間だけよ」

 マーベスは今、一人で買い物をしている。チャンスだ。行け、ナレア!
 ナレアはわざとマーベスにぶつかった。

「きゃあ、すいません。よそ見してたもので…お怪我はないですか?」
「だ、だいじょうぶです」
「良かったー、あの、もし良かったらお詫びにそこのカフェで何かごちそうさせてもらえませんか?」
「え?僕と食事してくれるんですか?」
「はい」
「よ、よろこんでお付き合いします」
「それなら良かったー。じゃあ行きましょ」

 ふー、うまくいったようだな。これでマーベスはナレアにベタ惚れだろう。でも今度はナレアがストーカーされたらどうしよう…

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