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小説家

 私の名前はルミス、20才の女だ。焼肉屋でアルバイトをしながら小説を書いて暮らしている。いつの日か自分の本を出版して人々に喜びと感動を与えたいと思い、小説コンテストにいつも参加しているが、一度も入賞した事はない。自費出版すると金がかかるためコンテストで選ばれるという道しかないのになかなかうまくいかない。もう小説家になる夢など諦めてしまおうかと何度も思ったが、他に生きがいを見出す事ができず、結局また小説を書き始めてしまうのだ。
 初めて小説の執筆を始めた頃は書きたい事が山ほどあり、スラスラと書く事ができたが、今では書くネタが尽きてしまって、なかなか筆が進まない。一週間に3000文字ぐらいしか書けないなんて事はしょっちゅうだ。起きてから寝るまで小説の事ばかり考えているのにどうしてアイデアが浮かんでこないのか。仕事中も作業をしながら小説のネタを考えているので、仕事が疎かになってしまう事がしばしばある。
 そんな私は友達と話す話題も小説の事ばかりだ。

「トーメスは小説の執筆進んでる?」
「全然ダメ。今回のコンテスト応募すんのやめようかなぁ…」
「えー、せっかく今まで頑張ってきたのにやめちゃうの?」
「だって、しょうがないじゃーん。アイデアが浮かばないんだもん」
「実は私もここんとこ全然アイデアが浮かばなくて困ってるんだ…」
「なんだ、ルミスもそうなの?まぁ小説書いてる人だったらだいたいそうだと思うけどね。次から次へとアイデアが浮かんできますなんて人は一部の天才だけよ」
「はぁー…私も天才として生まれたかったなぁー」
「私もー」
「あっ、そろそろ脳内マッサージの時間だよ!」
「うそ!もうそんな時間!?急がなくちゃ!」

 脳内マッサージとは魔法を使って、頭をリフレッシュさせてひらめきをよくするためのマッサージだ。一回の値段はそんなに安くはないが、少しでもアイデアを出やすくするために定期的に通っているのだ。はっきり言って見違えるほどの効果はないが、何もしないよりはだいぶマシになる。

「おばちゃん、いつものヤツお願い」
「はいよ」

 マッサージ師のおばちゃんは手のひらを私の頭に近づけて、魔法をかけ始めた。
 きた、きた、きた、きた!この感覚大好き!ホントくせになるわ!
 ひらめきを生み出す効果はそれほどないのだが、とにかく気持ちがいいのだ。もはやこの感覚を味わうためだけに来ているといっても過言ではない。ずっと我慢してた尿を思いっきり放出する時の気持ち良さより感動的だ。言葉ではうまく表現できないけど、とにかく一度味わうとやみつきになる事間違いなし!

「今日も最高だよ、おばちゃん」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
「なんだか小説のアイデア浮かんできそうな気がする」
「おや、そりゃあ良かったね。完成したら私にも読ませておくれよ」
「いいよ!楽しみにしてて」

 マッサージを終えるとアルバイト先の焼肉屋に向かった。焼肉屋にはもう何年も勤めており、アルバイトの中ではベテランの方だ。なぜ私が今の店を選んだかというと、ウチの店では従業員はタダで肉を食べられるというサービスがあるからだ。私は焼肉が大好きで毎日食べても飽きる事はない。特に好きなのがカルビだ。カルビだったら何人前でも食べられる。とはいっても一度腹の限界まで食べて苦しくて歩けなくなった事があったが。
 焼肉の匂いも好きだ。服に焼肉の匂いがこびりついているので、よく人から焼肉臭いと言われるが、そんな事は気にしない。というか香水代わりに焼肉の匂いをつけているのだ。
 私の焼肉好きはウチの店では有名な話だ。

「ルミスさん、今日のカルビはいつもより肉がしまってて食べ応えありますよ」

 後輩が私に最新の肉情報を教えてくれた。

「マジで!?じゃあ後で食べてみる」

 どんなカルビなんだろう?今から楽しみだ!
 私が今日のカルビに思いをはせていると…

「ちょっとー、そこの店員さん来てくれる?」

 客が怖い顔で私を睨みながら言った。

「なんでしょう?」
「俺はハラミって言ったのに、カルビが来たんだけど、どういう事だよ!」
「すみません、今すぐにお取替え致します」
「まったく、ふざけんなよ!もうこんな店二度とこねーからな!バカ!」

 たかが肉を出し間違えたくらいで何言ってんのよ。あんたみたいな客はこっちから願いさげよ。あー、せっかくテンション上がってたのに、一気に嫌な気分になっちゃったなぁ。
 あっ、そうだ!このやり取りを小説に使えないかな?
 なんでも小説に結びつけるクセがついているのだ。日々の出来事はなんでも小説のネタにしてしまう。こんな客でもちょっとは私の役に立つのかも。
 そうこうしているうちに休憩時間になった。

「いっただっきまーす!」

 私はカルビ5人前をガツガツ食べ始めた。
 あー、幸せぇー。この時のために生きてるようなものよねー!

「相変わらずいい食べっぷりですね、ルミス先輩」
「でしょー!あんたも食べなさいよ。若いうちはたくさん食べないとダメよ」
「そうですね。せっかくタダなんだし」
「そうそう」

 私は人目もはばからず肉をむさぼり食った。女のくせにはしたないとよく言われるけど、他人がどう思っていようがそんな事はどうでもいい。私は私の生きたいように生きるだけだ。
 休憩時間が終わり、再び仕事に戻った。何か小説のネタにならないかと作業しながら考えているが、ほとんど同じパターンの繰り返しなので、この場でネタを探すのはかなり難しい。さっきみたいな嫌な客の対応はあまりしたくはないが、ネタにはなるのでそういう事件が起こってくれないかと密かに願っている。
 3時間が過ぎた。結局今日はさっきの1件だけしか事件はなかった。仕事を終えた私は着替えて店を出た。すると懐かしい友人からテレパシーがきた。

「もしもし?ミレネだけど今ちょっと大丈夫?」
「久しぶりじゃない!今ちょうど仕事終わった所だけどどうしたの?」
「いきなりなんだけど、もし良かったらウチの事務所の正社員にならない?まだアルバイトなんでしょ?」
「うーん…そーだなー…私はまだ小説家になる夢諦めてないんだ。で、そのためには今の暮らしの方が自由に使える時間多いから、しばらく正社員になる気はないんだ。せっかく誘ってくれたのにごめんね」
「そっか…ルミスって魔法学園では成績優秀だったから絶対ウチの事務所来れば活躍できると思うんだけどなぁ…もしその気になったらすぐに連絡してよ」
「うん。ありがとね」
「それじゃあまた」

 正社員か…本当は迷ってるんだ。小説家になるなんて夢追いかけてないでそろそろ現実を見るべきなんじゃないかって前から思ってた。でも私は自分の人生に悔いは残したくない。たとえ夢がかなわなくても全力で頑張りたい!とは言ってもホントに今の暮らし続けてていいのかなぁ…はぁ…どうしよう…私がこんなに悩まないといけないのも、私の小説を選んでくれないコンテストの審査員のせいだ。だんだん審査員の人達が憎たらしくなってきたわ!でも自分の実力がないんだからしょうがないよね…はぁ…まいったなぁ…何かいい手はないかなぁ…
 はっ!そうだ!審査員の体の自由を奪っちゃえばいいんじゃないかしら?それで私の作品を入賞させてしまえばいいんだ!ロテスって探偵はなんでも請け負ってくれるって評判だから相談に行ってみよう!でも、インチキするなんてちょっと心が痛むなぁ…いや、私を選ばない審査員が悪いのよ!
 私は急いでロテスに相談にいった。

「コンテストの審査員の体を操ってルミスさんの作品を入賞させればいいんですね?」
「はい、できますか?」
「できますが、あとでどうなっても責任は負いませんよ?」
「わかっています。やって下さい」 
「覚悟はできているというわけですね。わかりました。やりましょう」

 やったー、ホントに引き受けてくれた!これで私も小説家の仲間入りね!うひひひ。こんなに簡単に小説家になれるならもっと早くに依頼するんだったなぁ。結果発表の日が楽しみだ。
 3週間が過ぎ、コンテストは締め切られ、選考期間に入った。
 ロテスさんちゃんとやってくれたかな?はー、小説家になってお金たくさん稼いだら何につかおう?編集者達とは仲良くできるかな?なんだかわくわくしてきた!早く発表されないかなぁ。
 ん?手紙が来てる。なんだろう?え?出版社から?うそー、こんなに早くきちゃったのー?しんじらんない!なになに…

 あなたは魔法を使い、インチキで入賞を狙ったため永久に我が社のコンテストで入賞
させません。

 そんなーーー、なんでバレちゃったのーーー!ロテスのバカー!もう私、小説家としてデビューできないじゃん…まさかこんな事になるなんて…どうしよう…どうしよう…
 私はすぐにテレパシーでトーメスに連絡した。

「もしもし、トーメス?私インチキして二度とコンテストに参加できなくなっちゃったのよ!どうしよう!?」
「落ち着いて、その出版社のコンテストに参加できなくなっただけじゃないの?」
「あっ、そうだった。他の出版社のコンテストに応募すればいいのか」
「でももう二度とインチキしない方がいいよ。チェック厳しいらしいから」
「もう絶対やらないよ。マジで恐ろしい」
「まぁ私も人のこと言えないんだけどね」
「え?なんで?」
「実はあんまり有名じゃない作家の作品を盗作したのがバレちゃってさー。今さっきルミスと同じように二度とウチのコンテストに参加できませんって手紙が来たとこなんだよ」
「あんたもやるわね。もう二度とインチキしない方がいいわよ」
「今度はもっと知られてない作家の作品を盗作する事にするわ」
「…あんたねー」
「うそうそ、冗談よ。これからもお互い頑張ろうね」
「うん。正々堂々とね」

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