①
食事を済ませてリゲルと散歩に出かけた。
夜の散歩。ほんとうなら、若い娘が出掛けるには少し遅い時間なのだが、大人の男性の恋人であるリゲルならと、母も許してくれた。
「じゃ、ちょっとお借りします。遅くならないうちに帰しますから」
「そうね、そうしてちょうだい」
「ちょっと、リゲルもお母さんも私のこと、子ども扱いしないでよ」
なんて、やりとりをして。
コートを着て、外に出て、他愛もない話をしながら歩き慣れた道を二人で歩く。
リゲルが向かったのは、自分の家の方向ではなかった。逆方向だ。
どこへ行くのかな。
そう遠くへ連れていかれることはないと知っていたけれど、ライラは不思議に思った。
ライラの右手には小さなハンドバッグ。その中に入れてきたもの。『それ』の存在がライラの胸を、痛く締め付ける。
着いたのは公園だった。幼い頃、リゲルとよく遊んだ場所。ブランコやジャングルジムがある。遊具は夜の中に眠っていたけれど。リゲルが向かったのは勿論そんなところではなく、小さなベンチ。
「座ろうぜ」
話をする、という体勢にされて、ライラは覚悟を決めた。
ごくりとひとつ唾を飲んで、リゲルの隣に腰かける。ハンドバッグを開けた。
「あの、リゲルに渡すものがあるの」
「俺に?」
リゲルは想像もつかない、という声を出した。
リゲルの視線の注がれる中。ライラはそっと、『それ』をバッグの中から取り出した。
「これ、うちの地下室で見つけて」
リゲルはそれを見ても、すぐになんであるのかはわからなかったらしい。
茶色い、革張りの、小さめの、ノート。
しかし自分が使っていたものなのだ。数秒経って、はっとした顔をした。
「それ」
ひとことだけ言って言葉を切ったリゲルに、確認するようにライラは言った。
「……リゲルのだよね」
「あ、……ああ……」
リゲルはライラの言葉を肯定したけれど、直後、一気に顔が赤くなった。隠すように手で口を覆う。
その反応に、ライラの胸にかなしみが溢れた。
普段ならそういう顔を見れば、自分のことを意識してくれたのだと、照れ臭くなりつつも嬉しくなるのに、今は真逆だった。
リゲルが頬を染めた意味。わからないはずがないから。
「その、……ごめんなさい。お父様のものだと思って、開いてしまって、でもそれで字を見たらリゲルので」
でもライラは説明するしかない。わかっていても。
リゲルがそのノートになにを書いたのか思い当たったと。
それでライラがそれを見てしまったと。
恋をしていた相手への想い。いくら子ども時代のものとはいえ、見られて恥ずかしく思わないひとはいないだろう。
おまけにそれが、今の恋人相手であるなら、恥ずかしいだけではなくそれ以上にきまりが悪いに決まっている。
「……そうだったのか」
それでリゲルは観念したのだろう。口から手を離して、ふぅっとため息をついた。そのあとしっかりライラを見てくれる。