⑦
「どうした? 元気がないじゃないか」
リゲルが首をかしげてライラを見た。玄関へ出ていくのは、ゆっくりと、そろそろとした歩みになってしまっていた。常の自分とはまるで違う様子になってしまっていること。良く自覚している。
けれどいつものように笑えない。なんて情けない。
「この間からこうなの」
ライラの母も、ちょっと心配そうな顔になった。
「……次の試験が憂鬱なだけよ。なんでもないわ」
でもライラはそんなつまらない言い訳しかできないのだった。玄関に居る、二人の前までやってきたものの。
ライラの言葉に、母とリゲルが何故か顔を見合わせた。
なにかある。そう察されたのだろう。
試験が憂鬱なんて、ライラにあったためしがないのだ。そしてその『試験が憂鬱』なんて発言するときは、なにか言い訳に使っているのだということもわかられている。
「そうなのか。そんならいいが」
でもリゲルがここで追及することはなかった。
わかっているけれど。
あとできっと、言わされる。
隠し事。
しておくなんて許してくれないだろうし、ライラもこの不安を抱えたままでいたくなかった。
だから言わないといけない。それでもどうしても、それこそそれは『憂鬱』。
「そうね。さっさと終わらせておしまいなさい。さ、リゲルくん、入って。少し早めの七面鳥を買ったのよ。グラタンにして、今、焼いているわ」
「ほんとですか! 美味しそうな匂いがしますね」
母も話を終わらせてくれて、リゲルを家の中へ招いた。リゲルの声が輝く。ちょっとだけ『無理に言った』という響きではあったが。
「いいチーズも買ってきたの。山羊のお乳でね」
ほっとして、ライラも話に加わる。
廊下はそう長いこともない。キッチンとダイニングはすぐそこだ。その短い歩みを終えて、ダイニングに入る前。
ライラの手に、そっとなにかが乗った。リゲルの手。
「あとで散歩でも行こう」
そっと、近くで言われる。ライラの胸がとくりと高鳴った。
そのとき、きっと言わなくてはいけない。
嫌だった。こんな醜い自分、晒したくない。
けれど確かに胸の中、安心もしていた。この詰まったような苦しい感情を、吐き出せてしまうことに。
リゲルならちゃんと聞いてくれる。そのあとの反応がわからなくても、そのことくらいはわかっていたから。
「……うん。行く」
だからライラは笑った。こんな、あからさまに不安定な様子を見せてしまっている自分。そんな自分を気遣ってくれる、リゲルのやさしさが嬉しかったから。