110 夢じゃない
カーヴィアル帝国より北に位置するルフトヴェーク公国の日の出は、やや早い。
いつ眠りに落ちたのか全く分からなくても、条件反射的に、夜が白みかけた頃に目が覚めるのは、職業病だろう。近衛なら、夜勤との交代時間が近いからだ。
とは言え、視界にある天井は、キャロルの知らない天井だ。
「……早いね。習慣?」
「⁉」
突然、耳元で聞こえた声に、ギョッとして視線を傾けると、すぐ真横にエーレがいて、柔らかい微笑を浮かべていた。
「おはよう」
「…お…はよう…?」
「うん、何で疑問形?」
徐々に目が覚めてくると、一切服を着ていない自分が、エーレに腕枕をされた状態で、同じ
「――っ⁉」
声にならない悲鳴をあげて、
「あまり、可愛い事をしないでくれるかな。――また、抱きたくなるから」
「⁉」
耳元で囁かれた声に真っ赤になっていると、それがエーレの理性をまた、揺さぶったらしかった。
「キャロル……
「あ…っ」
キャロルは起きぬけに再び抱かれる羽目になり、しかも、キスの嵐で呼吸もままならずに、呆然となっていた
「や…んっ…」
――自分のものとは思えない、甘い嬌声と共に。
そしてまた、何度も何度も
昨晩、キャロルが本当に「初めて」だと、後宮入りは表向きの事だけで、真実、アデリシアとは
皮肉にも、朝、立てないと言う現実が、アデリシアとは
「紹介がてら、侍女
「君なら、着替えまで自分で出来るのは分かっているんだけど、彼女達も、給金を貰って、仕事として引き受けている事だから、そこは役目の違いと割り切って、受け入れて貰えるかな。俺は着替えたら、残していた仕事を片付ける。多分、開門時間早々に、大叔父上と、レアール侯が乗り込んで来そうだからね。ドレスの調整は、その後になるかな?ああ、でも朝食は、一緒に食べよう」
「……手伝えそうな書類、ある?」
「……ああ、そうか。そうだね。君になら、大抵の事は頼めるのか……」
「読んで問題ある書類だけ、今、避けておいてくれれば……」
「いや。5年前はともかく、今はもう、そんな書類はないよ。じゃあ、数値の検算なんかを中心に、お願いしようか」
「うん。そうやって…色んな事を分け合っていければ良い、かな……」
「キャロル……」
エーレは僅かに目を見開いた後、片手で額を覆った。
「……君はどこまで俺を溺れさせれば気が済むんだ……」
「…え?」
「何でもない。侍女頭を呼んでくるよ……」
実はしっかり聞こえていたキャロルが、
そして、戻って来たエーレが連れていたのは、やはり昨日、私室の方に水を運んで来た年配女性だった。
「キャロル、侍女頭のリーアム・メイフェスだ。いずれ皇妃付の女官は決めなくてはならないが、それまでは、彼女に兼務して貰うつもりだから」
「初めまして、キャロル様。エーレ様付の侍女頭、リーアム・メイフェスにございます」
「キャロル…レアールです。……こんな格好ですみません」
「とんでもないことでございます、キャロル様。
「ああ……はい……オネガイシマス」
侍女の仕事として受け入れろと、エーレは言うが、身体のあちらこちらに付いた
そんなキャロルの心の内が分かっていながら、リーアムの後ろで笑いを堪えているエーレに、キャロルは手元の枕を思い切り投げ付けた。
「誰のせい⁉馬鹿っ!そもそも、立てないとか、どうなの⁉」
「はははっ!いいじゃないか、君の隣の席は、俺のものなんだろう?その
「⁉」
思わずキャロルが首元に手を当てたが、自分で分かる訳がない。
その隙に、エーレは部屋を出てしまい、後にはキャロルとリーアムが残された。
「エーレ様が、あのように気軽に……」
「あの…もちろん、次期皇帝陛下への態度として、褒められたものじゃない事は分かっていて…でも…私にだけは、皆と同じように、一歩引いたところで
「さようで…ございますか……」
「
この格好じゃ説得力がない…と、頭を抱えるキャロルに、一瞬の驚きからすぐさま立ち直ったリーアムが、好意的な微笑を浮かべた。